◆3 馬鹿舌弟を煽りまくって、毒見役を放棄! 結果、王家で死者が続出しましたが、私は知りません!
レイブ伯爵邸では、玄関の近くに応接室がある。
その応接室の扉を、人払いをして閉める。
おかげで、応接室は、執事や侍女すらいない部屋になった。
そして、宰相の命を受けた護衛役サイファスを見届け人として、レイブ伯爵家の家族会議が開かれた。
両親と弟ポール、そしてミレーユで、食卓のテーブルを囲む。
このテーブルで、家族全員が顔を合わせるのは久しぶりだった。
ミレーユは毒見役として、王家の食事中、裏方に徹するため、その役割を日常化させるように、いつも共に食事をしなかったのだ。
いつも使っている食卓を前にして、母親のレイブ伯爵夫人はより一層、母親面になっていた。
「まったく、あなたは。
恥を知りなさい。
レイブ家を辱めるつもりですか。
貴女はおとなしく毒見役をやっていれば良いんです。
それしか能がないのだから」
ミレーユは両親を無視して、弟のポールに目を向けた。
弟はなんだろうと、緑色の目を丸くして、キョトンとした顔をしている。
半年後には十五歳になり、公爵家のご令嬢と結婚する、成人直前の年齢だ。
「ポール。
私が毒見役を辞めると言ったら、困るとお父様もお母様も言うのよ。
でも私は思うの。
ポールが家督を継ぐんだから、貴方が映えある王家の毒見役を務めるべきだ、と。
お父様は貴方に才覚がないと言うけど、私はそうは思わないわ。
貴方はただ単に訓練を受けていないだけ。
母親に甘やかされたので、無能に育てられてしまったのよ。
貴方自身も自分が無能だと思うの?
『馬鹿舌』だと思うの?」
両親はあっけに取られた。
父は叫んだ。
「誰がポールを『馬鹿舌』だと言った!?
そんな事は一言もーー」
「だって、そうでしょ?
『ポールには毒見を教えたところで意味はない。
毒も薬も見分ける舌を持っておらぬ』
と言っていたではありませんか」
「それは……」
父親は娘を睨みつける。
だがしかし、ミレーユは、臆するものか、と胸を張る。
かといって、父親の眼を見ると、いつもの習慣で身を退きかねない。
なので、弟のポールにばかり目を向けて、ミレーユは言った。
「私がやれる程度の仕事なんですもの。
男のポールができないはず、ないわよね?」
弟はフンと鼻息を出す。
「姉上にできたことだ。
もちろん、俺にもできるさ。
前々からそう思っていたんだ。
俺は教わっていないだけで、やりさえすれば、なんだってできるって。
お母様も、そう言ってくれてたし」
「そんなことを言ったのか!?
毒見を甘くみるな!」
父親は妻を詰る。
妻の伯爵夫人は、慌てて、溺愛する息子に向けて説得を始めた。
「そんな毒見なんて仕事は、姉のミレーユにやらせておけば良いのよ。
ポールはドンと構えて、一家の主をしていれば良いの!」
「ほほほほ!」
ミレーユは笑った。
「要は、ポールは、無用な置物のようなものーーいえ、何もできず、大飯食らいであっても、妻を娶れば跡継ぎを生むことはできるーーつまり、〈種馬〉扱いってことね」
「なんて言い方をするんだ!
男子を馬鹿にするにも程がある!」
ドン! とテーブルを叩く父親に対し、娘は冷然と言い放つ。
「だって、そうでしょう!?
お父様とお母様が言ってることは、ぶっちゃけて言えば、
『ポールは毒見役をこなせない無能者で、〈馬鹿舌〉だけど、〈種馬〉として置いといてやる。
だから公爵家のお嬢様を娶って、家督を継げ。
後継者を生み出せ』
って言ってるだけじゃない?
でも、そんな〈馬鹿舌〉な〈種馬〉ごときが、栄えあるレイブ伯爵家の当主になって良いのかしら。
毒見役くらいこなせないで、どうするのよ。
みっともない。
ね、ポール。
貴方にも毒見役ぐらい、できるわよね?」
父親は歯噛みする。
露骨な煽り文句だ。
誰よりも毒見の厳しさを知っているミレーユが、言うはずのないセリフだった。
それなのに、弟のポールは、やすやすと挑発に乗るばかりだ。
「当たり前だ。
俺はやったらできる。
今まで、訓練させてもらってないだけだ。
どうして姉上ばかりが、優先的に教師がつけられて教わっているのか、常々疑問だったんだ。
俺が跡継ぎなら、俺こそが王家にお仕えする毒見役を担うべきだ!」
思わぬ展開に、母親はオロオロし始めた。
「ポールちゃん。
よく考えて。
毒を口にするのよ?
見立てを誤ったら、自分が死んでしまうのよ?
そんな目に遭いたいの?」
久しぶりに、姉の私を前にしているから、格好をつけたいのだろう。
ポールはカッとなって、母親に向けて、怒鳴り声をあげた。
「お母様!
男ってのは、戦士のように、戦場で戦うものなんだ。
生命の危険に身を晒してこそ、男の真価は発揮されるものなんだよ。
女にはわからないんだ。
お母様は女だからな」
「そうそう!」
と、ミレーユはうなずく。
「お父様やお母様は、私を毒見のためだけに、この家に縛り付けようとしているんだけど、これから新婚家庭を築くポールにとっても、私が家にいては邪魔でしょう?
新妻になる公爵家のお嬢様も、そう思うに違いないわ。
毒見役をポールが務めるっていうんなら、私はこの家から出て行けます。
そのようにする許可を、宰相閣下からいただきましたから。
ね、ポール。
貴方、〈馬鹿舌〉なんかじゃないわよね?
だったら見分けられるわよね、毒くらい」
「ああ。姉上なんか、必要ない!」
ポールは席を立って、両親に顔を向けて訴えた。
「お父様もお母様も、俺の力を認めてくれても良いではありませんか!
訓練させてください」
父親は思わず叱り飛ばす。
「馬鹿を言うな!
味覚を育てるのはーー毒を見分ける識見を養うのには、時間がかかるものだ。
よほどの才覚がない限りは、な。
とかく物覚えが悪いおまえの認識力では、野草の中から毒草を摘み取ることも、毒の種を細かく砕いて生薬を生成することも、できるはずがないーー」
「ほほほほほ!」
ミレーユは口に手を当てて笑った。
「ほら、ポール。聞いたでしょ?
お母様はともかく、お父様は言っているわよ。
貴方が馬鹿だって。
舌だけじゃなく、頭も馬鹿だって言ってるようなもんじゃない?」
「姉上! 姉上は、俺を馬鹿にするのか!?」
憤慨して顔を真っ赤にする弟に、姉は微笑みを浮かべる。
「私は貴方を馬鹿になんか、していないわよ。
ポールを馬鹿にして、子供扱いしてるのは、お父様とお母様でしょう?」
このままでは、最悪の事態になってしまうーー。
そう思った父親と母親は、必死になってポールに向かって言い募った。
「父親として、息子であるおまえを、決して馬鹿になんかしておらん。
向き不向きがある、と言っておるだけだ。
おまえは何かと繊細さに欠けるゆえ、毒見役には向かない、と言っておるだけでーー」
「お母さんは、ポールちゃんを馬鹿だなんて、そんな酷いこと、言ってません。
ミレーユがおかしなことを言い出してるだけよ。
ポールちゃんは、何もしなくとも良いって言ってるだけでーー」
両親が発言すればするほど、弟のこめかみに青筋が立つのが見えて、ミレーユはおかしくてたまらない。
さらにもう一押しだーーそう思って、ミレーユは弟に向かって身を乗り出す。
「ほら、ごらん。ポール。
貴方は粗雑で、何もできないって、お父様とお母様がおっしゃってるのよ。
〈馬鹿舌〉だから、〈種馬〉なんだから、何もできやしないってーー」
ついに、母親が立ち上がり、ドンドン! と地団駄を踏む。
そして、ミレーユを指さして睨みつけた。
「自分の弟に向かって、なんてこと言うのかしら!
そんなふうに育てた覚えはないわ!」
滑稽な喜劇を見ているようで、ミレーユは却って冷静になっていた。
「お言葉ですけど、私はあなたに育ててもらった記憶なんかありませんよ。
私を育てたのはお父様と、毒見の教師、そして乳母だけです」
さすがに母親の姿をみっともなく感じたポールは、頭を掻きながら、姉に言った。
「わかったよ。
俺が家督を継ぐのだから、毒見役も立派にやってみせますよ。
〈馬鹿舌〉でも〈種馬〉でもないって証明してやります。
それで良いんですよね、姉上!」
「そうです、そうです。
ポールにそうしてもらえると、私は晴れて、この呪われた家から解放されます」
このままでは、ミレーユの思い描いたように事態が展開してしまう。
両親は息子に訴えた。
「無理だ、ポール!
おまえには、まだ毒のなんたるかを教えていない。
これから教えるにしたって、どれだけ時間がかかるかわからない」
「そうよ。
ポールちゃんが生命を張ってまで、仕事をする必要なんかないわ。
みんなお姉ちゃんのミレーユに任せて、貴方は公爵家のお嬢様と仲良く暮らしていけば良いのよ」
弟のポールは、今日、初めて親に反発した。
「嫌だ!
俺は立派な貴族家の跡継ぎとして、社会で活躍したい。
女子供のように、家に籠りたくはないんだ!」
この機を逃してはならない。
ミレーユは、弟に覚醒を促す発言を畳み掛けた。
実際、毒見役を引き受けたら、弟は窮地に追い込まれることになると承知している。
けれども、自分が毒親の呪縛から解放されるためでもあるし、なにより誇張はすれど、嘘は言っていないつもりだった。
「そうよ。
お父様とお母様は、ポールを家の中に縛り付けようとしているのよ。
ほんとうは私よりも優秀かもしれないのに、お父様もお母様も、ポールを社会に出したくない、自分の手元に置いておきたい、って思ってるのよ。
いつまでも子供扱いにしておきたいの!」
自分でも気付かなかった図星を言い当てられ、両親は心底、焦っていた。
「そんなことはない。
ポール、おまえのことは、第一に考えている!」
「私もよ、ポール。
貴方を愛しているわ。
でも、ミレーユ、貴女はーー」
母親は唇を噛み、ミレーユに向かって悪態をついた。
「貴女は、なんてひねくれてるんでしょう!
私が構ってあげなかったからってーー」
フンと娘は、愚かな母親を見下した。
「そうね。
幼い頃なら、私も、そう思っていたわ。
お母様に構ってもらいたい、遊んでもらいたいって。
でも、私は成長した。
今は違う。
それに、もし十分に構われていたら、単なる馬鹿な女になっていたかもしれないわね。
ポールみたいに」
今度は、ポールがミレーユを非難する。
「なんだって!?
姉上! 俺様を愚弄するのも、たいがいにしていただきたい」
頬を膨らます弟に対して、ミレーユは敢えて下手に出た。
「だったら、ポール。
レイブ伯爵家の家督を継ぐ者として、貴方が私に命じてよ。
『家督を継ぐ者に対して不敬である。家から出て行け!』と。
どうか、私を家から追い出してください」
弟は幾分、得意げに腕を組み、ふんぞり返った。
「ああ、追い出してやる。
レイブ伯爵家の新たな家督者である俺、ポール・レイブを愚弄するような女はいらない。
この家から出て行け!」
「はい。謹んで、お受けいたします」
意を得たりと、ミレーユは笑みを浮かべて席を立つ。
そんな娘の行動を、母親は先読みして、動いた。
「許しませんよ!」
ミレーユが応接室から出て行こうとするのを、母親が回り込んで立ちはだかる。
そして手を振り上げた。
彼女の手には果物ナイフが握られていた。
そして、もう片方の手で、ミレーユの口を開き、強引に指を突っ込んだ。
「舌を切り取ってやる!」
そこまで、やるとは!
母親の毒親っぷりを甘く考えていた。
娘は金切り声を張り上げた。
「いやあああ!」
バシッ!
張り手によってナイフを飛ばし、もう片方の手で、母親の腕を掴んで捻り上げたのは、見届け人として立っていた若い男ーーサイファスだった。
父親も弟も、呆気に取られるだけで動けなかった。
ミレーユを守るように動いたのは、家族ではない、部外者のサイファスだけであった。
母親は、自分の娘に罰を与えられないことが、心底、不愉快だった。
彼女からしてみれば、まさに「飼い犬に手を噛まれた」気分だったのだ。
「痛いじゃないの!
私の娘よ。
どう扱おうと、私の勝手でしょ!?」
「そんなわけあるか!」とミレーユが叫ぶより先に、サイファスが低い声をあげる。
「僕は彼女の護衛だ。勤めを果たせていただく」と。
そして、彼は立ち上がって、後見人として宣言した。
「結論は見えました。
レイブ伯爵家の家督は、あくまで弟君のポールが継ぐようなので、王家の毒見役も彼が担うものとします。
そして、ミレーユ嬢はレイブ家から追放され、毒見役を免除されます。
実際、父親のレイブ卿は、ミレーユ嬢を勘当すると言い、母親は娘の舌すら切り取ろうとするのだから、彼女は、レイブ伯爵家から出ていくほかないでしょう。
ミレーユ嬢の身柄は当分、宰相閣下の許で預かるよう、私がお願いしておきます」
サイファスは即座にミレーユの腕を引き、外へと出る。
一刻も早く、この場から逃れないと、いつまた親から襲われるか知れない。
彼は、ミレーユが愚かな親に虐げられるのを、これ以上、見たくなかったのだ。
一目散に馬車へと向かうサイファスと違って、ミレーユは家を振り返る。
未練はないが、長年、生まれ育った家だ。
自然と涙があふれた。
年甲斐もなく、泣きじゃくるミレーユの肩を、サイファスはポンと叩く。
「泣くな。晴れて自由の身になれたんだ」
ミレーユは涙を拭きながら、うなずいた。
◇◇◇
サイファスが馬車で導いたところは、官邸のすぐそばにある屋敷だった。
レイブ伯爵邸よりも規模が大きい、宰相マーク・ジオルドルフ公爵の邸宅だ。
その建物の、三階奥の部屋を紹介した。
白い壁に、金銀の装飾を施した、おしゃれな部屋だ。
隣にはベッド付きの寝室もある。
「これからは、ここに住むと良い。
代わりに君は、僕のために毒見役をしてくれ」
いきなりの交換条件に、いささか面喰らった。
証拠とばかりに、サイファスはミレーユに惣菜パンを一個、手持ちの鞄から取り出す。
「これを食べてみてくれ。
コイツはお昼に僕の食卓にのぼってきた食事だ」
ミレーユは一口、齧ってみて、ハッとする。
「これはーー毒!?」
微量ながら感じられる、神経性の毒だった。
コイツを食べつけていると、いずれは精神がささくれだって、幻覚を見るに至る。
ミレーユが看破したのを見て、サイファスは肩をすくめた。
「やはりね。
毒消しを食後にいつも飲んでいるから、今までなんとかなっていたけど、いいかげん胸やけがして……。
だから、僕は毒の知見を広めたい。
我が身を守るためだ。
僕の毒見役、そして毒の先生になってくれないかな」
「喜んで。
ーーでも、なぜ、毒が?」
彼は宰相マークのお世話をする、住み込みの弟子である。
だが、宰相閣下が、そんな弟子に毒を仕込むとは思われない。
サイファスは大きく頭を振った。
「僕の食事にだけ、毒入りになるのは、宰相閣下も困っておられるんだ。
料理人か、執事か、侍女かーーとにかく使用人の中に毒を仕込むヤツがいるんだろう。
じつは、僕は王弟の息子でね。
現国王夫妻に男児が生まれていないせいで、王位継承権第一位になってる。
それが王妃様は許せない。
彼女は、自分の娘である王女殿下に、王位を継いでもらいたいのさ。
おかげで両親も毒殺された。
見かねて宰相閣下が割って入ってくださった。
残された僕を保護してくれたんだ。
宰相にお仕えする行政官見習いとして。
もっとも、本音のところでは、宰相閣下も僕を愛してなんかいないだろうけど。
彼、僕を匿うに際して、開口一番に言ったんだ。
『お国のため、正統なるお世継ぎを、失うわけにはいかないですからな』ってさ」
サイファスは、自分以上に、ハードな人生を送ってきたらしい。
まさか、王妃様に生命を狙われる身の上とは。
毒見の際、何度かお姿を拝見したけれど、あの優しげに微笑む王妃様に、そんな裏の顔があるとは、思いもしなかった。
ミレーユはかける言葉が見当たらず、サイファスの手をそっと握った。
サイファスは照れながらも、手を握り返しつつ言った。
「そうさ。僕らはお互い、因習の犠牲になってるってわけだよ。
貴女は能力があるのに女性ゆえに跡を継げず、僕は王位継承権第一位なのに王弟の息子ゆえに跡を継げない。
もっとも、僕は別に王位なんて欲してない。
ただ殺されたくないだけなんだ」
「ええ。私も別にレイブ伯爵家を継ぎたくなんかない。
ただ愛されたかっただけなのに……」
自分でもビックリするくらい、涙があふれてきた。
そんなミレーユを、サイファスは優しく抱き締める。
「僕も君も、親や権力者の都合で、子供時代の幸せを食い潰された。
でも、これからは自由になって、自分自身の幸せを掴み取るんだ」
◇◇◇
そして、ミレーユがレイブ伯爵家を追放されてから、半月後ーー。
弟ポール・レイブ伯爵子息は、張り切って毒見役を始めた。
三ヶ月以上、見事に毒見役をこなせたら、晴れてレイブ伯爵家の当主として爵位を継承し、公爵家のお嬢様ナミア・デビスと正式に結婚できる運びとなっていたからだ。
一方、ポールの毒見の実力を知る父親にとっては、眠れぬ日々が続いていた。
じつは、父のレイブ伯爵は、半月前、息子に内緒で、現役復帰を申し入れていた。
だが、これは王家に拒否されていた。
「それならば、なぜミレーユに代替わりしたのか。
復帰すべきはミレーユではないのか」
と国王陛下は仰せになったという。
宰相マークも、
「一度、引退した毒見役が、現役復帰した先例はない」
と冷たく言い放つ。
レイブ伯爵は肩を落として、家へと帰るしかなかった。
だが、新任の毒見役ポールに、毒見の実力がないことを、誰よりも承知していたのは、父親であるレイブ伯爵だった。
彼の懸念が、実際の災難となって現れたのは、それから一ヶ月もしない頃だった。
国王陛下と王女の体調不良が始まったのである。
ポールは焦りつつも、「王家の食事に、毒は混入されておりません」と発表した。
事実、ポール自身も、国王一家と同じ食事を口にしたのに、ピンピンしていた。
とはいえ、油断はできない。
ある日、ミレーユはサイファスに語った。
「弟は元気だと言うけれどーー。
そもそも弟は、急拵えとはいえ、毒見の訓練を受けている。
それだけ、毒の耐性が付いているだけでは?」
毒見役としては、国王一家が倒れて、自分は無事というのは、いかにも恥ずかしいことだ。
それに、毒耐性が付いているだけなら、今後も毒入りの食事を口にし続けると、さすがに弟にも、じわりと毒が回ってくるかもしれないーー。
ミレーユは顎に手を当て、王家や弟に、身の危険を報せるべきか、と思案する。
ところが、サイファスは、明るく笑い飛ばすだけだった。
「いいさ。我々は高みの見物と洒落込もうではないか」
そして、さらに一ヶ月後ーー。
ついに国王陛下が倒れ、王女殿下までが寝込んでしまった。
それだけではない。
毒見役の弟ポールのみならず、先代の毒見役であった父親レイブ伯爵までが昏倒してしまったのだ。
王家とレイブ家の食卓に、毒が盛られたに違いない。
発狂した王妃は、すぐさま新たな毒見役を要求した。
そのほぼ同じ頃、レイブ伯爵家の奥方が、慌てて宰相閣下に泣きついてきた。
「娘は何処です!? 娘ーーミレーユを返して! アレに毒見役をーー」
宰相マークは、レイブ伯爵夫人の両肩をガッチリと掴んだ。
「優秀な娘さんを捨てたのは、母親である貴女自身でしょう?
それよりもーー」
宰相は、衛兵に命じて、レイブ伯爵夫人を縛り上げる。
そして、官憲を呼び込み、眼前に逮捕状を広げさせた。
宰相マークは、母親と王妃殿下を、毒殺未遂事件の犯人として捕らえたのだ。
ミレーユの母親は泣き叫んだ。
「どうして私が、夫と息子を殺すというのですか!」
王妃も甲高い声を張り上げる。
「愛する夫と娘を、私が苦しめるはずがないでしょう!?
真犯人を捕まえて!」
ところが、彼女らの発言を、宰相は完全に無視した。
王妃と母親だけが、服毒していないことが、そもそも怪しい。
王権の独占を企図した王妃が、毒の知識が豊富なレイブ伯爵家の奥方と結託して犯行に及んだ、とされたのだ。
でも、この〈物語〉は、さすがに嘘だとわかる。
「あのお母様が犯人であるはずはないわ。
毒についての知識なんか、あのヒトにはないもの」
ミレーユが小首をかしげると、サイファスは苦笑いする。
「でも、皮肉なことに、誰もが〈毒見の家〉の奥方なら、毒に詳しいに違いない、と思うからね」
さすがに、ミレーユは、この頃には気づいていた。
この人ーーサイファスこそが、王家とレイブ伯爵家にまつわる毒殺未遂事件の首謀者なのだと。
ミレーユの弟子であるサイファスは優秀だった。
紹介する毒草の効果をしっかり理解し、その毒草を山野から摘み取ってくるほどの識別力を、急速に養ってきていた。
おまけに彼は、潜伏性が強く、しかも強力な効果を持つ毒ばかりを好んで聞き出したがり、ミレーユも、長年積み上げてきた識見を活かせる喜びのまま、とことん教え込んだ。
サイファス自身が、立派に毒見役がこなせるほどに。
そして、ミレーユが教えた、レイブ伯爵家の「調合方法門外不出」とされてきた毒薬が、このたびの毒殺未遂事件に使われていたことは明白だった。
でも、それはミレーユと彼、サイファスだけが知っている(もしかしたら、宰相も)。
今回の事件を捜査しようにも、毒の検出と鑑別をしてきたのは代々レイブ伯爵家の当主だったから、鑑別できる者が存在しない。
ゆえに、今回の毒殺未遂事件においては、まさに好き放題に裁けるというものだ。
だが、実際に彼、サイファスが、王家の食事に毒薬を混入したとして、どこが悪いというのだろう。
彼自身と、私、ミレーユの生命を守るため、正当防衛を果たしたまでだ。
娘を盲愛するあまり甥を殺そうとする王妃と、愚かな息子を偏愛するばかりの私の母親とを、一緒に片付けるーー毒殺されかけ続けた彼と、不当に家を追い出された私とが、正当な復讐を果たしただけなのだ。
そんなミレーユの思惑を読み切ったように、サイファスは後ろから抱き締めた。
「君が罪悪感を抱く必要なんか、微塵もない。
能力がない者に、不当に高い地位を与えようとする老害どもの末路だ」
「ええ、そうね」
ミレーユは彼の胸にもたれて、うなずいた。
その日の夜、ミレーユはほんとうに安心して、ぐっすり眠ることができた。
三日後、毒で倒れた者たちが、相次いで死んだ。
国王陛下と王女殿下、そしてレイブ伯爵と、毒見役ポールの死亡が確認された。
危うく、ポールの許に、娘ナミアを嫁に出すところだったデビス公爵は、恐れ慄くとともに、深い安堵の吐息をもらしたそうだ。
そして、それからさらに一週間後ーー。
国王陛下らを毒殺した犯人として、王妃殿下とレイブ伯爵夫人が処刑された。
その頃には、亡き王弟の息子にして王位継承権第一位のサイファス殿下が、次期国王になると、誰もが思っていた。
さらに、国王の葬式が行われてから三年、喪があけたときーー。
ミレーユがサイファス殿下と結婚し、空席であった国王に、サイファスが新たに即位することになった。
宰相マークの指揮の下、整然とした即位式が執り行われ、披露宴では絢爛豪華で美味しそうなご馳走が並べられた。
そして、ミレーユ王妃殿下の毒見が行われた後、大勢の賓客が料理に舌鼓を打った。
これから展開するであろう充実した日々を思い、ミレーユ王妃はサイファス王の手を取り、幸せを噛み締めるのであった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。
今後の創作活動の励みになります。
●なお、以下の作品を、ざまぁ系のホラー作品として連載投稿しておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
【文芸 ホラー 連載版】
『滅国の悪役令嬢チチェローネーー突然、王太子から婚約破棄を宣言され、断罪イベントを喰らいましたけど、納得できません。こうなったら大悪魔を召喚して、すべてをひっくり返し、国ごと滅ぼしてやります!』
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●また、すでに以下の短編作品(主にざまぁ系)も、それぞれのジャンルで投稿しております。
楽しんでいただけたら幸いです。
【文芸 コメディー】
『太ったからって、いきなり婚約破棄されるなんて、あんまりです!でも、構いません。だって、パティシエが作るお菓子が美味しすぎるんですもの。こうなったら彼と一緒にお菓子を作って、幸せを掴んでみせます!』
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『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』
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