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◆2 お母様がおっしゃったのです。「王女なんかより、ウチの息子だ!」と!

 王宮を取り仕切る侍従長ダームの許に、毒見役を勤める伯爵令嬢ミレーユ・レイブがやって来た。

 そして、自分の家、レイブ伯爵家が王家に対し、謀反を企んでいるから、処罰して欲しいと言ってきた。

 侍従長は驚いた。

 どうやらレイブ伯爵家の家督相続問題が絡んでいるようだが、王家の毒見役を務める家のお家騒動とあらば、もはや公的な政治案件といえる。


 侍従長ダームからの連絡で、宰相マーク・ジオルドルフ公爵が、王宮に出向いてきた。

 わずか半刻後のことである。



 ミレーユ・レイブ伯爵令嬢は、席を立ち、深々とお辞儀をしたのち、お願いする。


「これから話す内容は危険なものですので、まずは、お人払いをお願いいたします」


 宰相マークとともに、ミレーユ嬢と同年代の若い男性が、王宮に来訪していた。

 だから、ミレーユは、わざわざ人払いを提案したのだ。

 しかし、宰相マークは、首を横に振った。


「この者は、サイファスという。

 彼は宰相である私の世話をしながら、私の立ち振る舞いを見習い、政治的見識を高めるための修養を行っている。

 ゆえに、私のいるところには、絶えず彼、サイファスがいるものと思ってくれ。

 もちろん、これから話す内容が、外部に漏れる心配は無用だ」


 サイファスという長身の青年が、ミレーユ嬢に向かって、深々と頭を下げる。

 早く話に入りたいミレーユは、彼を一瞥(いちべつ)したのみで、すぐに宰相マークに視線を移した。


「わかりました。

 では、これから私が話す内容は、前もって、政治の中枢を担う宰相閣下に、内密で相談すべきものと思いますので、そのつもりでお聞きください」


「うむ」


 宰相マークは背筋を伸ばす。

 彼女、ミレーユ・レイブ伯爵令嬢は、有能な人材だと聞いていた。

 毒見役として特異な舌を持つだけでなく、識見豊かな女性であると、学生の頃から評判であった。

 女性とはいえ、何を話そうと、もとより粗略に扱うつもりはない。


 彼女、ミレーユ伯爵令嬢が毒見役となったのは、一年半ほど前だが、彼女が職務に忠実であることは、周知の事実となっていた。

 それゆえに、年配の宰相は、年甲斐もなく、緊張していた。

 王家の食事に責任を持つ毒見役が、わざわざ政治部門の長である自分に、内密の用件があると訴えてきたのである。

 とすれば、当然、毒薬絡みーーそれも王家の誰かを暗殺しようとする計画が露見した、もしくは推定されるからやって来た、としか思えなかったからだ。


 ところが、たしかに「王家に弓引く陰謀がある」との報告ではあったが、彼女の訴えは、かなり荒唐無稽な推測に基くものだった。


「なに? 毒見役のレイブ伯爵家が、謀叛を?」


 宰相は、ミレーユに問いかける。


「実の娘である貴女が、そのように確信した理由は?」


「毒見役に就任した私が、家督を継げなかったからです」


 宰相マークは首をかしげる。

 今ひとつ、事情を飲み込めない。

 それでも、ミレーユは毅然とした態度で、両親の大罪を訴え続けた。


「まるで毒見ができない弟が、家督を継ぐーーということは、レイブ家が毒見役の務めを放棄するも同然ではありませんか。

 国王陛下や王妃殿下が毒に侵されても構わないという姿勢ーーこれを王家に対して弓を引く行為だと言わずして何でしょう!」


 宰相マークは、白い顎髭を撫で付けながら、うなずいた。


「ふむ。つまり無能な弟が家督を継ぐことになるのが納得いかん、ということか?」


 たしか、この娘の弟、レイブ伯爵の子息が、最近、デビス公爵家のご令嬢と婚約したはずだったな、とマークは思い出した。

 事実、デビス公爵が喜んでいるのを、閣議の際、彼は目の当たりにもしていた。

 だが、この婚約の裏で、大きな問題が、レイブ伯爵家の側にあったようだ。


 宰相は、とりあえずミレーユの言い分に同意してみせた。


「たしかに、毒見役をこなせぬ者が、レイブ伯爵家の当主になるのは問題だな」


 そこへ、今までずっと黙っていた侍従長ダームが、口を挟んできた。

 宰相マークに問いかける。


「実際、法的にはどうなるのだ?」と。


 宰相は目を閉じながら答えた。


「レイブ伯爵家は〈毒見の家〉として規定されておる。

 王家の祖法に明記されておるほどだ。

 建国以来、それ以外の家は毒見役になったことはない」


「ということは、法律に照らせば、当主にならぬものが毒見役になるのはおかしいという、ミレーユ嬢の言い分が正しいのか?」


「そういうことになるな。

 少なくとも彼女が『当主の代理』を務める、という体裁を認めれば、話は別になるかもしれんがーー」


 ミレーユは即座に言葉をかぶせた。


「私は断固として、代理役に応じるつもりはありません!」


 宰相は気圧されながらも、念を押す。


「ミレーユ嬢。

 貴女が家を継げないなら、レイブ伯爵家から出ていくという意向なのはわかった。

 だが、貴女が出て行っても、新当主が毒見役を引き継ぐだけだろう。

 そうなれば、レイブ伯爵家を取り潰す口実はなくなる。

 いかに無能だとしても、レイブ伯爵家から毒見役が出され続ける限り、王家に対する謀叛があるとはいえん」


「王家の方々を毒の危険に晒すとしても、ですか?」


「うむ。残念ながら、我々には毒見の才覚の有無など、わからんのでな。

 もちろん、王家の者が食事の結果、毒にあてられたとなれば、毒見役の責任が問われるがーーふむ。

 たしかに、そうなってからでは遅い、とミレーユ嬢はおっしゃるのだな。

 わからんではないが、『新任の毒見役が無能かもしれぬ』という理由だけで、レイブ伯爵家を罪に問うわけにもいかぬ。

 王家に対する明確な叛意がなければ……」


 ミレーユは生唾を呑んでから、意を決した。


「これは出来れば伏せておきたかったのですがーーレイブ家の者に、王家に対する叛意があるのは明らかです。

 というより、すでに重要な命令違反を行っております。

 かつて、王女殿下が虚弱であらせられるゆえ、『伝説の薬』を、王家がお父様に献上するように命じたことがありました。

 覚えておられましょうか?」


 横から侍従長ダームが、ちょび髭を撫でながらうなずく。

 王家の内向きの事情なので、侍従長が管轄する出来事だった。


「ああ、何年か前、そんなことがありましたな。

 たしか、王妃殿下が、王女殿下の身を案じて、強力な滋養強壮薬を所望したのですが、主成分となる薬草を採取できなかったとか。

 しかも、レイブ卿によれば、ミレーユ嬢、貴女が、採取に失敗したと」


 ミレーユ嬢は顔を真っ赤にして、声を荒らげた。


「それは真っ赤な嘘です!

 先代が虚偽の報告をしたのです。

 ほんとうは、稀少な薬草を手に入れ、薬も調合できておりました。

 ところが、その薬を、弟を溺愛するばかりのお母様が、私から薬を取り上げ、弟に投与したのです!」


 毅然とした態度のミレーユを見て、宰相と侍従長はうなずき合った。


「では、あとはレイブ卿の意向を確かめるしかあるまい。

 そうだなーー彼女の母親も呼びつけておいたほうがいいだろう。

 『あなたがたの娘が、あなたがたを告発しようとしている』と」


「そうですな。

〈毒見の家〉の家督相続となれば、王家にも関わる問題ですからな」



◇◇◇



 日も暮れようとする頃ーー。

 

 宰相よりの使者が、レイブ伯爵家の屋敷にまでやって来た。

 そして、夫婦揃って、王宮にまで呼び出されたのである。


 レイブ伯爵家夫妻は、目前に座る宰相マークにお辞儀をすると、単刀直入に尋ねた。


「なぜ我々は呼ばれたのでしょうか?」


「そうです。

 それに、ミレーユ。なぜ貴女がいるのですか? 

 屋敷で見かけないと思ったら、こんなところに。

 みなさまにご迷惑でしょう。

 すみません、ウチの娘がーー」


 王宮の会議室にミレーユがいると見て取ると、伯爵夫人はすっかり、娘の母親気取りになった。

 が、これは独立した、立派に職務をこなす娘に対する態度ではない。

 宰相は溜息をついた。


「どうやらお二方は、娘さんが怒っている事情を理解してはおられないようですな」


 侍従長は眉間に皺を寄せつつ、ミレーユの方を見る。


「ほんとうに、こんな様子のご両親が、謀叛を働くとお思いか?」


「ええ。何も兵士を集めて戦争することだけが、謀叛ではありませんから。

 意図的に、国王陛下の毒殺を容易にすることも、立派な謀叛かと思われます」


「ミレーユ。何のお話を……」


 少し不安げな表情で(くちばし)を入れてくる母親を、ミレーユは相手にしない。


「あなたたちに話すつもりはありません。

 何を話したところで、あなた方は自分たちの決定事項を、私に押し付けるだけですから」


 呆気に取られる母親に代わって、今度は父親のレイブ伯爵が口を出す。


「何を言っている? ミレーユ。説明しなさい」


 父親の口調は、毒見の訓練をさせるときの師匠の声であった。

 だが、ミレーユはもう半人前の弟子ではない。

 独立した、立派な王家の毒見役だ。

 胸を張って師匠に対峙した。


「私は大恩ある王家に対し、忠誠心のない、レイブ家から出て行きます。

 そして、レイブ伯爵夫妻、あなたたちを弾劾します。

 謀叛の企みをなす犯人として!」


「なんだ!? 謀叛だと!? いったい、何のことだ?

 毒見のお役に関することか?」


 いきなり娘から、訳の分からないことを言われて、レイブ伯爵は動揺した。

 そんな、慌てる父親を目の前に据えて、ミレーユは淡々と問いかける。


「今一度、宰相閣下もおられる、この場で確認します。

 お父様、お母様。

 私、ミレーユは、レイブ伯爵家の家督を継ぐことはできないのですよね?

 弟のポールが継ぐのですから」


 娘の質問に対して、両親はそれぞれに答えた。


「やむを得ぬ仕儀だと言うておるだろう。

 公爵家のご令嬢をお迎えするのに、伯爵程度の爵位がなくては格好がつかぬ。

 ポールに家督を譲ってやれ。

 毒見のお役目とは、関係がない話だ」


「そうよ、ミレーユ。

 お姉ちゃんなんだから、我儘言うんじゃありませんよ。

 毒見のお役目をもらったのに、家督まで欲しいなんて、欲が過ぎます。

 それに普通は、家督は男性が継ぐものです。

 ポールちゃんが結婚するのを妬んでるの?

 浅ましいわねぇ」


 レイブ伯爵夫妻の言いように、宰相も侍従長も鼻白む。

 揃って、自分たちの都合ばかりを言い立てて、娘の行く末をまるで(おもんぱか)っていない。


 宰相マークは確信した。

 ミレーユ嬢が両親を謀叛人だと訴えるのは、彼女の怒りの表明なのだ、と。

 王家ではなく、〈毒見の家〉という実家の伝統に弓引く謀叛人だ、と両親について言い立てているのだ。

〈毒見の家〉の伝統に忠実な自分が、(ないがし)ろにされて()いはずがない。

〈毒見の家〉の伝統を無くす所業を親がするなら、自分はこの家を出ていく、という覚悟の表れなのだ。


 一方、侍従長ダームは、母親ーー伯爵夫人の言葉に、心底、腹が立っていた。

「毒見のお役目」を、まるで子供がねだってもらうようなご褒美のように言う物言いに、我慢がならなかったのだ。

 毒見役は、王家の食卓から危険を排除する、まさに命賭けの仕事だ。

 歴史上、どれだけの国王が毒による暗殺によって生命を失っていると思っているのか。

 つい最近でも、王弟夫妻が毒によって生命を絶たれている。

 それなのにーー。

〈毒見の家〉の夫人ともあろう者が、このような女であったとは。

 それに、家督を担うことまでをも、子供のご褒美のような言いようをしていた。


(とても、高位貴族の夫人が持つような見識ではないーー)


 この場に居合わせた大人が、揃って憤慨していたのである。

 それを感じて、ミレーユは嬉しかった。


(やっぱり、私の両親は毒親だったんだ!)


 識見豊かな大人から、太鼓判を押してもらえた気分だ。

 ミレーユは、家の外に出ることによって、ようやく親を糾弾することができたのである。母親に向かって指をさし、断固とした口調で言い立てた。


「浅ましいのはどっちですか!

 この二人に、謀叛の意があったのは明らかです。

 かつて、王家からの依頼を受け、王女様のために滋養強壮薬を調合いたしました。

 私が稀少な薬草を命賭けで手に入れ、調合したのです。

 それなのに、お母様はポールを溺愛するあまり、王女様のための薬を奪ったのです。

 今でも、しっかり覚えています。

 お母様! あのとき、おっしゃいましたよね!?

『王女なんかより、ウチの息子だ!』と!」


「そ、それは……そんなこと、他所様に向かって、言うんじゃありません!」


 母親は顔を真っ赤にして、頬を膨らます。

 その隣で青褪める父親に対しても、娘は糾弾の手を緩めない。


「これは明らかに王家に対しての叛意ーー命令違反です。

 そして、お父様!

 侍従長から伺いましたよ。

『稀少な薬草は採取できなかった。ミレーユが、採取に失敗した』

 と、真っ赤な嘘をついたそうですね!?」


 レイブ卿は、侍従長ダームに視線を向けてから、慌てて頭を振った。


「ち、違う。薬草は手に入らなかった。嘘を言うな!」


 やはり、とミレーユは思った。

 保身を考えて、お父様は薬草採取を無かったことにするのでは、と思っていたのだ(まさか、採取失敗の責任を私、ミレーユにすでに押し付けていたとは思わなかったが)。


「お父様こそ、嘘はつかないでください。

 薬草は手に入りましたよ。私が崖上にまで登って採ってきたではありませんか。

 その証拠は、弟ポールが、劇的に体質改善をした、という事実そのものです。

 あの薬を王女様が服用なさっておられれば、今頃、ポールのように壮健であられましたでしょうに……」


「う、うるさい! ポールは自力で体力をつけたのだ。薬など……」


 ミレーユは父親の醜態を目にして、眉を顰めながら、溜息をつく。


「はぁ。この期に及んで、まだ、そんな白々しいことを。

 仕方ありません。

 その稀少な薬草を摘んできた、たしかな証拠があります。

 持参してきました」


 ミレーユは侍従長に近づいて、冊子を手渡した。

 侍従長は冊子を手にして、開かれた頁に目を落とす。


「これは?」


「押花です。

 何十年に一度の稀少な薬草なので、資料として残しておいたのです」


 薬を作る際には、木の根を絞って乾燥させ、原料にする。

 その一方で、花びらと茎は使わない。

 だから、押花にして、残しておいたのだ。

 今後、新たに採取するための参考にできるように。


 侍従長は冊子を閉じ、先代の毒見役を睨みつけた。


「レイブ卿。このようにミレーユ嬢が申しておるが、申し開きはあるか?」


「……」


 レイブ伯爵は、うつむくばかり。

 侍従長はさらに畳み掛ける。


「薬草の採取がかなったのなら、なぜ薬を王家に献上しなかったのだ。

 やはり、息子可愛さゆえに、王家からの信頼を裏切ったのか?

 それに、王妃殿下から下賜された採取費用はどうしたのだ。

 採取できたうえに、献上されないとあらば、最低でも弁償せねば。

 まさか、そのまま着服したのではあるまいな!?」


「……即刻、お返しいたします」


「それだけでは済まぬぞ。

『ミレーユが取り損ねた』という、嘘の報告をしたのは許し難い。

 しかも、その薬を王家から下賜された費用で手に入れながら、自分の息子に投与したとあれば、王家から稀少な薬を窃盗したと同じこと。

 たしかにミレーユ嬢の訴え通り、王家に対する謀叛と見られてもおかしくはないーー」


「そ、そんな。謀叛などと……」


 手を振りながら言い淀むレイブ伯爵に、侍従長ダームはボソリとつぶやいた。


「『ほんとうは、薬草を手に入れていた』と、王妃殿下にお伝えしたら、どうなるか……」


「ひい!」


 レイブ伯爵は両手で自分の頭を押さえつける。

 王妃様が殊の外、自分の娘が脆弱であることに心を痛めているのは、国中の誰もが知っていた。

 それなのに、自分の子供を優先して、王女殿下を病弱なままに今まで捨て置いたと知られれば、たしかに処刑されかねない。

 そうでなくとも、レイブ伯爵家の取り潰しぐらいはあるかも。


 レイブ伯爵夫妻は這いつくばり、全身を震わせた。


「す、すみませんでした。

 ですが、私どもには、王家に刃向かう意志など、少しもーー」


「ポールちゃんのために、魔がさしたのです。お許しを……」


 侍従長ダームは、二人を見下ろしたまま、苦い顔になる。

 そして宰相マークに顔を向ける。

 無言のうちに、どうしたものか、と問いかけたのだ。

 宰相は肩をすくめた。


「まあ、この薬草の件は、この場だけの話にしましょう。

 いいな、ミレーユ嬢。ここは堪えてくれ。

 今さら王妃殿下に真実をお伝えしたところで、お怒りになられるだけで、何も生み出さぬ。

 王妃殿下の王女殿下への寵愛が過ぎる昨今、いろいろと困っておる矢先だ。

 レイブ伯爵家が潰れるなどして、これ以上、政情が不安定になるのは好ましくない。

 だが、レイブ家のご夫妻。

 あなた方は、娘、ミレーユ嬢の要求を飲むべきだろうな。

 大きな貸しを作っておるのだから」


 宰相の言葉を受け、改めて、ミレーユは居住まいを正す。

 そして、彼女にはお尻を向けて土下座している両親に向かって、断言した。


「お父様、お母様。

 毒見のお役目は、レイブ伯爵家の当主が担うべきです。

 私が家督を継げないのなら、毒見をするのは家督を継ぐ弟ポールでしょう。

 重ねて言います。

 毒見役はレイブ伯爵家当主の仕事なのです。

 家督を継げない私の仕事ではありません」


 母親が立ち上がり、振り向く。

 そして、発狂したように甲高い声を張り上げた。


「何を言ってるの?

 ポールちゃんに毒味をさせろ、ですって!?

 冗談じゃないわ。

 貴女は才能があるんでしょう?

 細かい味を見分けられるんでしょう?

 毒見ができるんでしょう?

 だったら、その能力を活かして、職務を果たしなさい。

 貴女の目の前にある、なすべき仕事ですよ!

 それとも、弟の幸せが許せないのですか?

 ポールちゃんが結婚して家を継ぐのに、自分は家督を継げないと。

 でもそれは、女性として生まれた者の宿命です。

 そして、貴女の代わりがいないのですから、貴女が毒見役を果たしなさい」


 宰相マークは、レイブ伯爵家の奥方が言う内容に驚き、さすがにクレームを入れた。


「レイブ伯爵夫人。貴女こそ、何を言っているのか。

 たしかに、あなたがたが謀叛を企んだという娘さんの訴えは大袈裟ではある。

 しかし、そう疑われるほどに、国の規定というものを、まるでわかっていない発言だ」


 宰相は、ミレーユの父親に視線を移す。


「レイブ卿。先祖代々、王家の毒見役を担うのはレイブ伯爵家の当主と規定されている。

 その当主であるのが彼女、ミレーユ嬢でないならば、彼女が毒見役を担う責任はない」


 レイブ伯爵は、娘の主張と同じ見解を、宰相が持っていることに、正直、驚いた。

 妻から、「ミレーユはお姉ちゃんなのに、我儘を言って困るわ」と十年以上も言われてきて、すっかりそう思い込まされていたのだ。

 たしかに毒味の才があるのを鼻にかけているな、だから女だてらに主張してくるのだろう、と思い、一発、ガツンと懲らしめてやらねば、とすら思っていた。

 だが、家から一歩外へ出ると、すっかり違う景色が広がっていた。


「いや、それは……たしか、五代ほど前に、毒見役の代理を務めた者が、当主以外にもいたはずーー」


 父親はしどろもどろになりながら、言い訳をする。

 だが、博覧強記の宰相閣下を相手に先例を持ち出すのは、余計に不利になるだけだった。


「でも、それは当主が緊急の事態ーーたとえば病に伏せったときなどの臨時措置でしょう。

 しかもその後、その者は養子に迎え入れられてレイブ伯爵家の家督を継いでおられたはずでは」


「そ、それはそうですが、代理を立てた先例はあるわけでーー」


「先例とはいっても、臨時の出来事を先例と捉えてはーー」


 大人の男同士で、実りのない押し問答をやり合っている。

 そこで、ミレーユは叫んだ。


「先例、先例ーーもうウンザリです!

 私の意志はどうなるのですか!?

 私は、もう毒見役はやらない、と言っているんです!」


「ミレーユ! いい加減にしなさい!」


 我慢できず、母親は金切り声をあげた。


「貴女が〈毒見役の代理〉を引き受けるだけで、万事解決なのよ。

 代理役を引き受けると言いなさい。

 お姉ちゃんでしょ!」


 さすがに黙っていられない。

 ミレーユは、テーブルをバンと叩いた。


「姉だからって、どうして私が奴隷にならなきゃならないんですか!?

 それに、そもそも、毒見役は仕事の問題であって、家族内でのいざこざの範囲を超えているのですよ!

 それがお母様には、おわかりにならないのですか?

 それほどまでに幼稚なんですか!?」


 母親は膨れっ面になった。

 思い通りにならないと、すぐに拗ねるーーいつもの態度だ。


「奴隷だなんて、言ってないでしょう。

 誰が貴女を産んだと思っているんですか?

 お乳をあげて、病気になった時も看病して、世話をしたのは私なんですよ!?」


 ああ、またこのやりとりだよーーと、ミレーユは全身から力が抜ける思いだった。

 ウンザリしつつも、丁寧に言い返した。


「ええ、そうですね。

 弟のポールが生まれる前までは、お母様がそれなりに面倒を見てくださったと、乳母から伺っております。

 それでも、私が、お母様に特別に恩を感じる必要はないかと思います。

 子を育てることは、親としての当然の責務では?

 そして、成長して成人となった私には、自分の意志があります。

 たとえ毒見の才能があろうとなかろうと、私の人生は私が決めるのです。

 私はレイブ伯爵家の家督を継げないのなら、毒見役を降りると言っているだけです。

 そして、その規定は国の法律に従っています。

 文句があるなら、あなたたちが王家に談判なさい。

 私としては、あなたたちが、王女様より息子を優先して貴重な薬を横領し、さらには『王家が毒殺されようと構わない』という意思表示をしたとみなして、レイブ伯爵家のお取り潰しを提案いたします」


 ここで怒声を発したのは、父親であった。

 ダン! とテーブルを叩く。


「なんと言うことを!

 ミレーユ! おまえは、実の生家を潰そうとするのか。

 ご先祖様に対する恩義は感じないのか!?」


 娘は父親と違って、冷静だった。


「感じません。

 というより、恩義ではなく、呪いと感じてはおります。

 お父様。

 それこそ、こちらから言わせてもらえば、貴方は、私に毒味役をやらせていることに対して、恩を感じないのですか?

 感謝しているんですか?」


「こ、子供が、親の言うことを聞くのは当然だろう……」


「いえ。

『毒見役を担え』と言うのは、親が子に言うことを聞かせるという範囲を超えています。

 毒見は生命を賭けた仕事です。

 お父様はそのリスクを、私だけに背負わせる。

 そのリスクを背負うのは、レイブ伯爵家の当主であることが条件なのに。

 私には納得できません。

 弟が当主となるならば、弟に毒見役を担わせるべきです。

 私は、当主になれないのなら、これ以上毒見をやりません。

 これは私の意志であり、それは王家ですら認めざるを得ないものです。

 それを認めないとなれば、あなたがたは王家に叛意を抱く者として弾劾されるべきです」


 ミレーユの主張に追い込まれ、父親は押し黙る。

 代わって発狂したかのように叫んだのは、母親だった。


「なんて親不孝なの!

 どこで育て方を誤ったのかしら。ひどいわ!」


 伯爵夫人は、とても貴夫人とは思われない態度で、わざとらしく泣きまくる。

 だが、彼女の周囲にいるのは、冷めた視線を送る大人の男たちと、娘がいるだけ。

 嘘泣きに連動する女性の取り巻きや、親戚たちがいない。


「そうやって、お母様はいつも被害者ぶってばかり。

 私に難題を引き受けるしかない状況を作っては、ほくそ笑んできたのですよね。

 でもそれは、無責任なギャラリーがいてこそ、できる技です。

 真剣に仕事のことを考え、王家のことを思い、毒見役の重要性を理解した者たちがいる、この場では通用しません」


 ミレーユは母親から顔を背ける。


「宰相閣下。

 法に照らして、どのように裁決いたしますか?

『毒見役をするのは、レイブ伯爵家の当主である』と法律で決まっているのでしょう?

 ならば、私が毒見役をするのであれば、私がレイブ伯爵家の家督を継ぐことになるし、私が家督を継げないのならば、私は毒見役をする必要がない、ということになりますよね」


「そうだ」


 宰相マークが低い声で同意すると、父親のレイブ伯爵が突然、大声をあげた。


「宰相閣下! 法は変えられないのか!?」


 宰相が呆れた顔をして叱責する。


「レイブ卿。

 貴方こそ、どうして家督を継がせない者に、先祖から伝承された訓練を行ったのだ。

 その修行を経た者のみがレイブ家の当主となることは、誰よりも貴方がご存知のはず」


「でも、息子のポールは、訓練をしておらん。

 それなのに、今さら毒見役を担わせるのは……」


「だったら、姉のミレーユ嬢に家を継がせれば良いではないか。

 そもそも、弟が元気になったのは、誰のおかげだと思っている!?

 このミレーユ嬢のおかげではないか!

 それをーー非常識にも程がある。

 これでは、しばらくの間、社交界での話題は、レイブ伯爵ご夫婦の、実の娘に対する遇しようの酷さで、持ちきりとなるであろうな。

 もとより、我が国では、家督を継ぐのに性別は問わない。

 特に、特殊技能を伝承する家柄の家督はーー」


 ここでまたも母親が、聞きたくないとばかりに、甲高い声を張り上げた。


「これはレイブ家の問題です。

 他所様は口を出さないで!」


 夫人の剣幕に押されて、宰相は、ふぅと深く息を吐いた。


「たしかに、これはレイブ家内部の問題ですな。

 我が国としては、関知するところではない。

 国としては、『王家の毒見役をなすのは、レイブ伯爵家の当主である』ーーという規定を曲げぬだけだ。

 あとは、あなた方が、その規定をどう解釈しようと勝手だ」


 宰相マークは、「われ関せず」という態度を取る。

 いきなりの態度変更であった。

 今度、叫んだのは、ミレーユだった。


「納得できません。

 レイブ伯爵家が謀叛を企図しているということは、どう思われるのですか?」


 宰相は冷たく言い捨てる。


「いかに非常識であろうと、この者どもに、王家に対する謀叛の意志は見られない。

 見たところ、これは家督相続の問題である。

 よってレイブ伯爵家内部の話であろう」


 宰相の突然の裁決に、両親は安堵の溜息を漏らした。

 納得できないミレーユは、さらに食い下がる。

 両親ーー特に母親が毒親であることは、宰相閣下も認識しているはず。

 だったら、宰相の真意を引き出したい。


「では、宰相閣下は、国王陛下や王妃殿下、さらには王女殿下が、今後、毒に苦しむようになっても構わない、とおっしゃられるのですか!?」


 宰相マークは顎髭を撫で付けながら、背筋を伸ばす。


「そうは言っておらん。

 ただ単に、『毒見役は、このままレイブ伯爵家の当主が行うものだ』と言っている。

 で、これは私の個人的な意向なのだが、私は、現在、立派に毒見役を務めているミレーユ嬢がレイブ伯爵家を継ぐべきだと思う。

 そもそも能力のない、しかも訓練を受けていない者が、毒見役の家の当主になること自体がおかしいのだ。

 そういう意味では、先代の毒見役であるレイブ卿と、その奥方の見識を疑っておる。

 それだけは、個人的に言っておく。

 さぁ、用件は終わった。

 王宮から出て行きなさい」


 宰相が鈴を鳴らすと、衛兵がやって来て、前に進み出る。

 事実上、レイブ伯爵家の親子が一緒になって、王宮から追い出される格好になった。


 しかしそのとき、レイブ伯爵夫妻の様子は、喜びに満ちたものだった。

 父親は安堵し、母親は勝利の笑みを浮かべていた。

 家に帰ってしまえば、こっちのもの。

 宰相のような、自分たちよりも権力がある外部の者がいなければ、娘なんか、どうとでもなる、と思っているのだ。


 そこで、ミレーユは、宰相閣下に向かって提案した。


「誰か、私のために護衛をつけてください。

 このままでは謀叛の企みが露見したとして、私が謀殺されかねません!」


「まだそんなことを、あなたはーー」


 母親が娘を折檻しようと、腕を振り上げる。

 それを、若い男性が止めた。

 母親の腕をギュッと掴んだのだ。

 王宮の前では、宰相閣下が顰めっ面で立っていた。


「良いだろう。

 私の信頼している弟子に、事の成り行きを見てもらおう」


 母親の腕を掴んでいた手を離し、若い男性、サイファスがうなずく。

 そして、ミレーユの手を取った。


「では、ご両親とは別の馬車に乗って、行きましょう。

 僕が貴女をお守りします」


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