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第二話 偶然の出会い


夕暮れの光が、柔らかな公園を包みこむ。


 ほんの気まぐれだった。外の空気を吸ってみよう。


 ——何かが変わるわけじゃない。


 そんなことはわかっていた。だけど、ずっと閉じこもって見ていた部屋の中でとは違う冷たい風を感じた瞬間、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。


 パーカーのフードを深くかぶり、ポケットに手をかけてみたまま、ゆっくりと歩く。道端の自販機で温かい缶コーヒーを買い、両手で包み込むように持ち歩きながら、小さな公園を眺めていた。


 そこには、思ったよりも人がいた。ブランコに座る小さな子どもと、そのそばで話す母親らしき女性。それから、ベンチで読書をする初老の男性——そして、カメラを構えた青年。


 その青年だけは、周りの景色とは少し違う。


 黒いパーカーにデニム、少し長めの髪が夕日で茶色く輝いている。 彼は夢中でレンズを見つめて、公園の景色を写真に撮っていた。


 カメラなんて興味がなかった。


 それでも、その姿はどこか惹かれるものがあった。


 ——「あっ。」


 さすがに遅かった。


 私は足元の石につまずいて、バランスを崩してしまった。


 ガシャン!


 青年の手からカメラが滑り落ち、床に転がっていた。


 「ごめんなさいっ!」


 驚いて謝ると、青年は驚いたように私を見つめて、それからすぐに笑った。


 「いや、大丈夫!ちなみに、いい写真が映ったかも。」


 私はその言葉に戸惑った。


 「え……?」


 青年は私が怪我をしていないか気にかけながらも、落ちたカメラを拾い上げて、液晶画面を確認した。


 「ほら。」


 そこには、倒れそうになった私の姿が、逆光の中で綺麗に映っていた。


 「あ……」


 「夕陽とシルエットがいい感じに重なって、なんか物語が始まりそうな写真になった。」


 その無邪気な表情を見て、私は不思議と緊張がほどけていくのを感じた。


 「えっと……ほんとに大丈夫?」


 「うん、全然大丈夫。カメラも大丈夫だったし。」


 「よかった……。」


 心底ホッとした。もしかしたらカメラが壊れてしまってたら、私はどうやって責任を負えばいいのかわからなかったからだ。


 「それより、君ってこの辺の人?」


 青年は、カメラのストラップを首にかけながら聞いてきた。


 「え……まぁ、そうだけど。」


 「そっか、俺もこの近くに住んでるんだ。大学がこっちだからさ。」


 「大学生……?」


 「うん、写真学部。カメラで写真を撮ることが好きなんだ。」


 「へぇ……」


 私は相槌をうちながら、彼に見惚れた。どこか子どもみたいに無邪気で、そして大人っぽい雰囲気もあった。


 「君は?」


 突然の問いに、私は少し動揺した。


 「え……?」


 「大学生?」


 「……いや。」


 それ以上、言葉が出てこなかった。私は大学には行っていない、仕事もしていない。ただ、ひきこもっているだけ——それを知られるのが怖かった。


 それでも、彼は無理に聞き出さずに、「そっか」とだけ言った。


 「今度、暇なときにまたここで写真撮らせてもらおうかな。」


 「え?」


 「今日みたいな偶然、写真が撮れて、すごくいい雰囲気になったんだよ。もしよかったら、またモデルになってよ。」


 私は驚いた。私なんかが、写真のモデル?


 「……私なんて、別に普通の人だし。」


 「普通……?」


 彼はまっすぐな目でこう言った。


 「今日だって、すごくいい表情してた。夕陽が見えて、ちょっと寂しかった今日、でも、またどこか懐かしい今日……そんな表情だった。」


 「寂しそう……?」


 でも、彼にはそう見えたのだ


 「写真ってね、その瞬間の気持ちを残すものなんですか?」


 「うん。その人が何を思っているのか、どんな気持ちでそこにいるのか。全部、写真に写るんだよ。」


 彼はそう言って、またカメラを構えた。


 「ほら、もう一枚撮らせて。」


 「えっ、ちょっと……」


 戸惑う私に、彼は楽しそうにシャッターを押した。


 カシャッ。


 「うん、やっぱりいい表情。」


 彼は満足げに微笑んだ。 私は、思わず背を向けてしまう。


 「……なんか、変な人。」


 「よく言われる。」


 彼はあっけらかんと笑った。


 気がつけば、太陽は随分沈みかけていた。空が赤から紫に変わり、街灯が少しずつ灯り始める。


 「それじゃ、そろそろ帰りますね。」


 私はそう言って、歩き出してしまう。でも、ふと気になって足を止めた。


 「……あの、名前は?」


 「宮本さとる、よろしく。」


 「……はい。」


 「君は?」


 私は少し不安があったが、なんとなく、言ってもいい気がした。


 「……佐藤陽菜。」


 「陽菜、か。いい名前。」


 「そ、そう……?」


 「うん。またここで会えたら、写真撮らせてよ。」


 そう言って、彼は笑った。


 私は何も言えず、ただ頷いた。


 その瞬間、私の時間が少しずつ動き出した——


(第二話・完)

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