VRSNSはゲームも出来る
「さてと」
男は専用の座席に座って準備を進める。
首の後ろから神経より細い針が刺さり、そのまま脊椎に接続。
人間の意識と機械がつながっていく。
そうして人の意識はコンピュータの中の仮想空間へと入り込んでいく。
この技術が確立されてから数百年。
人は現実での生活を捨て去っていた。
たいていの事は自室でまかなう事が出来る。
衣食住の全てがだ。
住処は生きてる全員に割り当てられる。
食事も室内で自動的に配膳される。
衣類については、必要性も薄れてる。
外に出る事もほとんどないからだ。
とはいえ、一部の人間以外はたいてい何かしら身につけているものだが。
仕事すらも外に出る理由にはならない。
家の中で全てが終わるからだ。
どうしても顔を合わせねばならない時は外に出る事もあるが。
これも家の中からネットワークに接続すれば良いだけだ。
コンピューターの中で会う事が出来るのだから。
そもそもとして、仕事をする必要性がない世の中になっているが。
外に出るのは、趣味や娯楽で必要な場合くらいしかない。
たとえば、家庭菜園や屋外で行う運動など。
あるいは巨大な設備が必要で、どうしても専用施設に行かねばならない時。
こんな場合にはさすがに外に出る必要がある。
これ以外だと、災害などで避難せねばならない場合などがあげられる。
これくらい切羽詰まった状況でなければ、屋外に出る必要がなくなっている。
ネットワークに接続した男も、外に出る必要がない者の一人だ。
仕事はする必要がない。
外に出なければならない趣味もない。
日常はネットワークで事足りる。
他人と接触するという不毛で面倒な事に煩わされる事がない。
男だけでなく、人類の多くは一人で生きるという贅沢をようやく手に入れていた。
他人と共にいなければならないという苦行から解放されている。
みんな仲良くなどという狂気の思考・思想から脱却出来た。
そんな中で男は、ネットワークに接続。
仮想空間というSNSに入り込む。
現実のように感じられる機械の中の電子空間。
ここが科学の発展したこの時代の屋外になっている。
SNSというだけあって、この場には多くの人間が集まっている。
電子的に再現された広場の中、常に穏やかな晴天が続く空の下。
現在接続してる多くの人間がこの場に一旦送られてくる。
この為、どうしても大量の人間があふれる。
だが、いつまでも留まってる者は少ない。
たいていは目的の場所へとすぐに向かうからだ。
男もそんな者の一人だ。
皆が集まる広間に来たのは、仮想空間の仕様のためだ。
到着したらすぐに目的の場所へと移動する。
男がネットに繋がる理由はこの広場にあるわけではないのだから。
出向いた先は、ゲーム置き場。
いわゆるフリーゲームのある場所だ。
ここに男がネットワークに入る理由がある。
ゲームのあり方もかつてと変わってきている。
他の多くの製品や商品もそうだが。
大半のものは販売して稼ぐものではなくなっている。
働かなくても生きていける時代だ。
糧を得るために何かを作って売る必要がない。
ゲームもその一つに入っている。
なので、出回ってるゲームのほぼ全ては無料で開放されたものになっている。
その中の一つが男のお気に入りになっている。
何度も遊んでいるが、終わる事なく続けている。
手軽に始められるRPGで、さほど難所もない。
レベル上げからアイテム集め、ゲーム攻略は時間をかければ出来る。
そんなゲームを男は何周もしていた。
特別人気のゲームというわけではない。
面白さといった評価が高いゲームは他にもたくさんある。
それでも男はこのゲームを気に入っていた。
理由は単純なものだ。
専用の設備やプログラムもなく、手軽に出来る。
また、ゲームの難易度がさほど高くはない。
時間をかければ十分攻略可能な水準だ。
この簡便さが男の性に合っていた。
まず、専用の何かが必要が無い。
世の中には専用のプログラムの導入が必要なゲームもある。
現実で設置する必要がある専用機材を求めるものもだ。
そんなもの導入するのは面倒で手間がかかる。
それでいて、他に流用できるという汎用性もない。 ただただゲームをやるためだけの機材。
そんなものをわざわざ取り寄せるのも手間で面倒だった。
これはSNSの仕様をそのまま使ってるからである。
SNSに接続するために必要な機材。
これがあればすぐに遊べる。
なにせ、神経接続も、動作変換も特殊な機材が必要ない。
ネットワークに、SNSに接続出来ればすぐに遊び始める事が出来る。
ゲームの中で体を動かし、魔術を使うのに特殊な機材やプログラムが必要ない。
SNSの仮想空間をそのままゲームに転用してるとも言える。
また、攻略難易度が低いのも魅力的だった。
男は別にハイレベルやハイスコア、スーパープレイがしたいわけではない。
手軽に遊べて気楽に楽しめる。
それがしたいだけだ。
超人的な反射神経・判断力、最適解を即座に導き出せる頭脳。
これらが無ければ攻略がおぼつかないゲームなぞいらない。
男が求めてるのは娯楽であり、遊びなのだから。
頂点を目指して挑戦してるわけではない。
何より大きいのが、他人と接触する必要がない事。
男が遊んでゲームは、単独モードという機能がある。
他のプレイヤーとの接触を拒否し、一人で活動ができる。
今では当たり前となったこの機能のおかげで、男は自分の都合でゲームを遊ぶ事が出来る。
仲間との待ち合わせをする必要がない。
単独で強力なボス敵と戦っても十分に勝ち目がある。
どうしても人数が必要な場合は、コンピューター制御のキャラクターであるNPCを使えば良い。
こういった一人で遊びたい者向けの機能が充実してるから、男は気楽に手軽にこのゲームを遊び続けていた。
SNSとて、他人との接触は不要である。
MMOとて協力プレイは不要である。
こんな当たり前の事をよく理解しているゲームだ。
だから男は一人で楽しく遊んでいた。
他人との接触は疲れる。
気を使わねばならないし、気を使っても荒れる事もある。
そんな煩わしさに惑わされたくない。
だから一人で遊べるゲームは最高だった。
今日も適当に遊んでいく。
もう攻略をする必要もないので、のんびりとやりたい行動をとっていく。
倒したいボスを倒し、好みのイベントを繰り返す。
こんな遊び方を男は満喫していた。
ただ、流石に何度も遊んでると飽きる。
たるむというか、もう少し何かが欲しくなる。
なので、最近は編集機能を使う事も考えていた。
これは、ゲームの中に自分の考えた展開を加えるものだ。
自作のイベントとでも言うべきか。
ボスキャラや会話をする登場人物を配置して、イベントを設定していく。
たとえば、
「村に襲ってくる盗賊がいるので退治してほしい」
といったような事を自分で設定出来る。
依頼人や報酬、出てくる敵などを設定すれば、ゲームで遊べるようになる。
特別面白いものが出来るとは思わないが。
一つくらいは自分でお話を作ってみたい。
そんな思いも最近は抱いている。
完全な自己満足のためだ。
それでも何ら問題は無いが。
こういった自己満足の自作イベントは数多ある。
男と同じような気持ちの人間が大量にいるからだ。
おかげでSNSを利用したこのVRゲームでは無限といえるほど大量のイベントが存在する。
全てをクリアするには、人生の全てを使わねばならないと言えるほどに。
下手すれば、それでも無理だといえる程だ。
なにせ、日夜イベントは増殖していくのだから。
この大半は他愛のないものだ。
ゲームとして楽しめるものは少ない。
だが、それでも記念として何かを作っていく者は多い。
男も別に優れたものを作ろうというのではない。
ただ、自分も何か作ってみたいという思いが出て来ただけだ。
それを満たすためだけに、編集機能を使っていこうとしている。
その他大勢と同じように。
ただ、そうはいっても簡単に手が出せるものでもない。
簡単なイベントでも、設定するとなると結構手間がかかる。
無精な性格だと、完成させる事も出来ずに終わる事もある。
自分がそうだと自覚のある男は、だから蹈鞴を宇踏んでいた。
「やるべきか、やらざるべきか」
哲学的な命題のように呟きながら、男は考える。
やる必要はないが、やってみたいという思いはある。
だが、果たして完成させる事が出来るか?
せっかく手を出すのだから、完成はさせたい。
つたなく小さなものであってもだ。
「ま、気楽にやりゃあいいか」
遊びながら決意を固めていく。
やり始めれば面倒さに嘆くだろう。
やらなければ、いつまでも悶々とした思いを抱えるだろう。
なら、やるだけやってみるか、と思っていく。
それでも。
とりあずは今やってるイベントを消化したから。
そう思って自分の気持ちや行動を先延ばしにして遊んでいく。
「明日から本気出す」と。
その明日になれば、また同じように「明日から」と言うのをしっかり自覚しつつ。
そんな男が編集機能を立ち上げるのに、一年がかかった。
それから小さなイベントを作りあげるまで半年。
やり遂げた時には、ただただ疲労感と徒労感を感じた。
達成感など何もない。
「終わった……」
そう言いながら精神は真っ白な灰になっていた。
なのだが。
作る面白さに目覚めた男は、その後も様々なイベントを作っていく。
他愛のない、特に独創性もないものではあるが。
それでも、気持ちの向くまま、自分が望むままにイベントを作っていった。
数だけがやたらと増えていく。
評価は今一であったけど。
それでも、男はイベントを作り続けた。
自分が駄作製造機と自覚しながらも。
「まあ、いいか」
卑下してるわけではない。
駄作であっても何か作りたい。
そんな思いに正直に向き合いながら、男はイベントを作っていった。
つたないものでもいいから作りたいという思いに従って。
わずかながら遊んでくれる人達のためにも。
特に、「面白かった」「楽しかった」と言ってくれた者達のためにも。
今日も日がな一日ネットワークの中で作業をしていく。
思い付くイベントを形にしながら。
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【よぎそーとのネグラ 】
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