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ネオ ファシズム(新生結束主義)

作者: HA

一つの平和

一つの自由

一つの平等

一つの階級

 現代プロレタリア革命に向けた新たな思想としてネオ・ファシズム思想を構築した。

 初期プロレタリア革命には『マルクス主義』が非常に有効であったが、現代ではより前衛的、繊細な革命論が必要である。すなわち共産主義革命の前夜にファシズム体制が必要だ。という一聞したらトンデモ論だが、私はいたって真面目に書いている。

 慌てずに話を世界情勢にしよう。今日ウ侵攻から一年が経過し、ロシア陣営とアメリカ陣営の対立がより先鋭化してきた。日本政府(岸田内閣)はゼレンスキーに『しゃもじ』を送る、という『恥』を披露しているわけだが。それにとどまらずASEAN会議、在日米軍補充、軍拡…そして来週のG7広島サミットを挙行しようとしている。当然中朝露は猛反発しているが、歯止めが効くはずもない。経済が滞った中で再びアジアは戦雲に呑み込まれる寸前にあるのだ。この世界情勢(とりわけ現代東アジア情勢)を念頭においてプロレタリア革命を本気で私は考えた結果、ネオ・ファシズム思想を形成することは必須に思えた。

 そもそもファシズムとは何か。私はもとよりNSDAPナチスドイツをよく趣味の範囲で研究していたのだが、現在は多角的視点からヒトラーと国家社会主義ドイツ労働者党を分離して思考して閃いたものがあったのだ。まずドイツファシズムを生んだのは周知の通り多額の借金とイタリアの影響だ。またヒトラーの人生を追うと『決して裕福ではないルンペン』という事実が上がる。二つを掛け合わせればヒトラーが『渇望』から解き放たれる機会として『愛國大ドイツ主義運動=国家社会主義運動』と第一次世界大戦で生まれた副産物『ワイマール共和政の腐敗』が上げられる。つまり腐敗を成敗する名目でヒトラー式ファシズム(大ドイツ主義)を作り上げ、ゲルマニアを創造した。ドイツを例にすると有名かつ専門分野であったから分かりやすく説明できた(つもりだ)が。これを現代東アジアに当てはめるわけではない。私が言いたいのはファシズムとは特定の形態を取らず、その場凌ぎの防衛思想であるということだ。

 東アジアで日本傀儡の米英仏独(白人陣営)が中朝露を威嚇し戦雲を呼んでいるのは明明白々。では如何に東アジアを白人から防衛するかが議題となろう。人種的な壁を共産主義は越えねばならない。しかしその前に、黄色人種侵略を白人にやめさせなくてはならない。これがネオ・ファシズムの根幹たる動力だ。

 焦らしに焦らしたが、私は長文論を好かないので単簡明瞭に述べる。ネオ・ファシズムはアジア又は黄色人種は結束し共に白人至上主義者、西欧侵略国家を打ち砕かんという思想だ。中朝は勿論ASEAN加盟国を含む『白人に侵略された歴史あるアジア諸国』は全て反戦、反侵略の元団結し防衛線を築く。またその中でリーダーとなるのは生産を担うプロレタリアであり、各国のブルジョア政権をアジア人民は団結しブルジョアを共同撃滅し、プロレタリア代表団を創る。代表団が一時的に残存ブルジョアと白人至上主義勢力を粉砕し、平和と平等を形成するというものだ。

 特筆したいのは『自由』についてだ。まず『マルクス主義』の誤解を解きたい。マルクス主義=共産主義元本のいう『私有財産の廃止』というのは全体主義への移行ではなく『ブルジョア的私有財産をプロレタリア財産に置き換える』という事である。また『共産党宣言』にもあるように『現在労働者の九割の財産が資本家に独占されている=私有財産はプロレタリアにはなくプロレタリアは最低限生活できる財産しか持たない』というマルクス本来の考えを拡大解釈し『私有財産を廃止したら自由は消え、財産も共有される』という残念な世間的誤解を解く(説く)。そして自由は共産主義の元ではプロレタリア的自由として保証されることを付け加えておく。

 以上の『共産主義拡大解釈』を解いたのはプロレタリア革命において『自由』『平等』『平和』を三大要素として遵守すべきだ。という私の考えも混じっているが、ネオ・ファシズムにおいても(共産主義革命の過渡期であるから)大事な三要素だと強調したいからだ。ネオ・ファシズムのプロレタリア代表団制には『自由』が最大の論争になる。それを明確に論破したい。

 そもそも現代の『自由』は『ブルジョア的自由』であり決して『我々が望む自由』ではない。ゆえに小政府主義(新自由主義)のペテンが蔓延り人民を『自由に』縛り付けてきた。小政府主義勢力は毛頭プロレタリア革命など考えておらず、自らの『自由』を労働者を『犠牲』と引き換えにしたいブルジョア勢力に他ならない。つまり、現代資本家である。これはマルクスが生きた大工業、植民地時代の一九世紀には少ない分類のブルジョア勢力であり『マルクス主義』では対処しきれない。この『自由』の歪曲をプロレタリア訂正しなければならない。その第一作業としてネオ・ファシズムは『原始的自由権』を奪取しなければならないのだ。原始的自由権とは言葉の通り、原初に持っていた人間の自由権である。それをプロレタリア代表団は保証することにより『プロレタリア的自由』が歴史初誕生するのである。ネオ・ファシズム運動は共産主義革命の前段階として考えてよい。つまり、現状アジアの平和を確保し維持する事を最大目標として始まり共産主義革命にバトンを渡す新体制運動だ。

 ネオ・ファシズムは近代ファシズムとは違いアジア=プロレタリアに重きを、平和に重きを、自由に重きを置いた新しい結束主義である。

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