出立、あるいは脱出
この場所は、ちょうど展望台の体裁に似つかわしい。
視野を遮るものはおろか、瞳を閉じてもなお、蟠りのない陽光が瞼の奥まで明け透けに及び来るようだった。
周囲の木々は大雑把に刈り込まれており、誰が設けたものか、簡素なベンチが木陰に据え置かれている。
別の木立に目を向けると、こちらも手作りと思しきブランコが、次第に窶れ始めた長枝の袖に、どうにか縋りつく形でひっそりと提がっていた。
「………………」
見るに堪えないわけではないが、それら夢の跡に見切りをつける思いで、何とはなしに視線を外す。
そうして改めて眼下を見ると、当の丘をまっすぐ下った先に、悠然と横たわる大都市の威容が確認できた。
天を摩るビル群が所狭しと立ち並び、大通りには自動車や人足が溢れかえっている。
遠く離れたこの場所に居ても尚、かの地の華やぐ喧騒が、耳元につらつらと渡り来るようだった。
「あ、そうだ」
「携帯? や、違う。 スマホだっけか?」
「そうそう。 や、携帯は携帯なんじゃない?」
快活に舌先を振るう相棒と交わし、己の懐を手早くあさる。
そうして、すぐに目当ての品を得た彼女は、慣れた手つきで遠景をレンズに収め、シャッターを切った。
物見遊山の一幕を手軽に切り取る寸法。 平たく言えば、思い出づくりを簡潔にこなす手段であるが、どうにも浮かない物が胸先を掠めるのは気のせいか。
「お。 あれ知ってるぜ? なんたらバスってんでしょ? こないだ乗った」
「うん? 誰と?」
「あん? ぁー……、誰だっけな?」
「なんじゃそりゃ?」
大きく深呼吸をして、空を仰ぐ。
恨みがましい思いを、目線に込めたつもりは無い。
つもりは無いが……。
「………………」
この地に特有の気候か、湿気の少ない暖気の狭間を、宝石の細末と見紛う陽光が燦燦と埋めている。
日だまりで生じた東風が、周囲の木々をさわさわと鳴らし、肌身に一抹の心地よさを与えた。
空は高く。胸奥の襞を探っても、鉛を鵜呑みにしたような屈託はない。
「ほんじゃ、行こか?」
「はいよ!」
斯くして、本日も歯切れの良い相槌を得た彼女は、都市部へ通じる野中の道をしっかりと踏みしめた。