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Departure  作者: 童話本舗
1/86

出立、あるいは脱出


この場所は、ちょうど展望台の体裁(ていさい)に似つかわしい。


視野を遮るものはおろか、瞳を閉じてもなお、(わだかま)りのない陽光が瞼の奥まで明け透けに及び来るようだった。


周囲の木々は大雑把に刈り込まれており、誰が(もう)けたものか、簡素なベンチが木陰に据え置かれている。


別の木立に目を向けると、こちらも手作りと(おぼ)しきブランコが、次第に(やつ)れ始めた長枝の袖に、どうにか(すが)りつく形でひっそりと提がっていた。


「………………」


見るに堪えないわけではないが、それら夢の跡に見切りをつける思いで、何とはなしに視線を外す。


そうして改めて眼下を見ると、当の丘をまっすぐ下った先に、悠然と横たわる大都市の威容が確認できた。


天を(さす)るビル群が所狭しと立ち並び、大通りには自動車や人足(ひとあし)が溢れかえっている。


遠く離れたこの場所に居ても尚、かの地の華やぐ喧騒(けんそう)が、耳元につらつらと渡り来るようだった。


「あ、そうだ」


「携帯? や、違う。 スマホだっけか?」


「そうそう。 や、携帯は携帯なんじゃない?」


快活に舌先を振るう相棒と交わし、己の(ふところ)を手早くあさる。


そうして、すぐに目当ての品を得た彼女は、慣れた手つきで遠景をレンズに収め、シャッターを切った。


物見遊山の一幕(ひとまく)を手軽に切り取る寸法。 平たく言えば、思い出づくりを簡潔にこなす手段であるが、どうにも浮かない物が胸先を掠めるのは気のせいか。


「お。 あれ知ってるぜ? なんたらバスってんでしょ? こないだ乗った」


「うん? 誰と?」


「あん? ぁー……、誰だっけな?」


「なんじゃそりゃ?」


大きく深呼吸をして、空を(あお)ぐ。


恨みがましい思いを、目線に込めたつもりは無い。


つもりは無いが……。


「………………」


この地に特有の気候か、湿気の少ない暖気(だんき)狭間(はざま)を、宝石の細末と見紛う陽光が燦燦(さんさん)と埋めている。


日だまりで生じた東風(あいのかぜ)が、周囲の木々をさわさわと鳴らし、肌身に一抹(ひとはけ)の心地よさを与えた。


空は高く。胸奥の(ひだ)を探っても、鉛を鵜呑みにしたような屈託はない。


「ほんじゃ、行こか?」


「はいよ!」


()くして、本日も歯切れの良い相槌を得た彼女は、都市部へ通じる野中の道をしっかりと踏みしめた。

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