異世界王女様は今日も花に恋をする 【 III 】万事休す
――盗賊に襲われるという災難に遭いながらも、クマヅツラ王国に到着したアマリー御一行はその晩、クマヅツラの民から歓迎の宴に招かれていた。
そこではクマヅツラの民が我こそは我こそはと皆さまざまな魔法を披露していた。水の魔法に風の魔法、鉄の魔法という一見よくわからない魔法もあれば毒の魔法などという、なんとも危なっかしいものまで様々だ。
とにかく親切な国民性である。こちらも歓迎されて悪い気はしない。
「お父様!見てください!これが魔法というものなのですね!見てください!ほら!お父様ってば!」
アカシアが興奮するのも無理はない。実はアカシアは魔法というものに触れるのは初めての経験なのだ。
正確にいうと生まれて初めてでなはないのだが、物心つく前にアカシアが火の魔法がきっかけで火傷を負って以来、父親ことクリッサン国王から魔法接近禁止令を十年間言い渡されていたからである。
つまり今年はその禁止令が解かれて初めて魔法に触れる機会なのだ。アカシアは好奇心のかぎりを魔法にぶつけた。
物を燃やさせてみたり、宙に浮いてみたり、はたまた宙に浮きながら水浴びだってした。
一方その頃、オキナ騎士団長とクマヅツラ騎士団の団長、ザリエル騎士団長が酒飲みの勝負をしていた。二人とも相当酔っ払っているようだ。オキナは顔を赤らめ、足元はおぼつかない様子だ。先程盗賊を撃退したとは思えないその姿はまるで二重人格を疑うほどの変わりようであった。
そうして皆それぞれが宴を楽しみ、そろそろ解散に近いづいてきた時、アカシアはあることに気がついた。
(あれ?お父様とお母様、クマヅツラ王国の国王様と王妃様がいないわ?)
一国の王女とはいえまだ十四歳、宴の途中で両親がいなくなったら不安に思うのも仕方がないだろう。
本来、アカシア一人で街中を歩かせる事は絶対になく、必ず騎士団が護衛につくのだ。が、しかし付き合いが長いこともありクマヅツラ王国の中だけは自由に歩き回ることが許可されている。
そんなこともありアカシアは宴の会場からこそっと盗んだお酒を片手に街中を探し回った。
どれくらい経ったのだろう。梟の鳴き声や不気味な獣の遠吠えが聞こえるほど夜が老けてきた。
さすがに怖くなってきたアカシアは今晩泊まるクマヅツラ城の客室へ戻ろうとするが肝心なことに気づく。
(お父様とお母様を見つけていませんわ!)
人一倍正義感が強く決めた事は必ず最後までやり遂げる性格のアカシア。見つけるまで絶対に城には戻らないと心に強く誓いクマヅツラ城から少し離れたところにある森の中へ入った。
そこは独特な雰囲気を醸し出しており、不気味と恐怖がまるで虫のようにアカシアの体中を這い回る。
――――グルルルルルルルルルルルル
アカシアは察した。間違いない。魔獣だ。魔獣は魔法を使うクマヅツラ王国だからこそ生み出された、簡単に言えば魔法を使える獣である。
(まずい、この状況で逃げるのは不可能。戦うのも不可能。考えて、考えるのよアカシア、!)
容姿は狼に似ている魔獣だが、まず大きさが桁違いだ。大きさは少なくともアカシア2人分はある。
額に嫌な汗が滲み出てるのがわかる。前のようにオキナや騎士団のみんなに頼るわけにはいかない。かと言って自分が戦うのは数も地形も圧倒的に不利。逃げてもすぐに追いつかれて五秒後には胃袋の中にいるのがオチだろう。
そんなことを永遠と考えてるアカシアにだんだんと魔獣が近づいてくる。
グァガアルルルルルルルルルル
アカシア目がけて飛び掛かってくる魔獣。思わずアカシアは目を瞑る。万事休す。
そう思った時、聞いたことのある声がアカシアの脳内に溜まった負の霧を晴らすように響いた。
「天術 聖なる光の進軍」
視界が奪われる。何も見えない。視界が戻った頃には魔獣が消えており、その代わりある人物が目の前にいた。
「やぁ、久しぶり。危なかったねぇ、君を後ろから付けていて正解だったよ!はっはっはっは!」
ガリバーだ。前に花畑で会って以来会うのは初めてだった。
「ガリバー!!なんでここにいるの?」
「まずはお礼が先じゃないかぁ?」
ニヤニヤしながらガリバーが言ってくる。ムカつくしどうしても好きになれないが、確かにお礼を言わなかったのはこちらに非がある。
「ありがとう」
「いーえ!てかアカシアって王女様だったんだな!さっき宴で盗み聞きしてさ、びっくりして口から胃袋出そうになったぜ」
「私もあなたがクマヅツラ王国の民だったなんて驚きですわ」
それにしても盗み聞きとはタチの悪いことをするものだ。しかし自分も酒を盗んでいる。またガリバーに揚げ足を取られるのは嫌だったのでその事は心の中で止めておくことにした。
無意識のうちに早く違う話題を出したかったのだろう。アカシアは間髪入れずに次の話題へ切り替えた
「ガリバーって天術持ってたのね」
「あぁ、“聖光の天術”っていうんだ。つえぇんだぜ!」
「そう、それは良かったわね」
自分でも性格が悪いなと思うほど棒読みな返しをする。明日は毎年恒例の親善決闘がある。
今年は何人が怪我をするのだろう、アカシアとガリバーはそんなことを話しながら帰路に着くのであった。国王二人と王妃二人を見つけることなどとっくに忘れて・・・