異世界王女様は今日も花に恋をする 【Ⅱ】天術
道中は広大な草原を横断する。夜動くのは危険なので昼の間に馬を走らせ4日程かけてクマヅツラ王国へと向かう。
決してその道のりは楽とは言えるものではなかったが、アカシアにとって綺麗な湖に広大な草原、なによりも綺麗で色とりどりの花畑を見ることはそんな辛さを忘れさせるのに十分な理由であった。
どれくらい馬を走らせたのだろう。気がつくとアカシアは深い眠りに落ちていた。いくら馬に揺られながらとはいえ、高熱で寝込んでいた分寝不足だったのだろう。十四歳とは思えないまるで幼少期の頃に戻ったような可愛い寝顔で寝るアカシア。
そんなアカシアに遠くから名前を呼ぶ声が聞こえる。
――シア様!アカシア様!!
「……んん……ふわぁぁ」
気の抜けた声を出すアカシア。どうやらクマヅツラ王国へ向かう道中、馬に揺られるのが気持ちよくて熟睡してしまったらしい。
―――なんだろう。気のせいか騎士団の団員、馬、皆が焦っているように見受けられる。
すると、一緒に乗馬をしているオキナ騎士団長は起こしたと同時に続け様にこう言った
「アカシア様!現在アマリー軍は盗賊の襲撃を受けております!快適な睡眠途中のご無礼、お許しください!」
そう、アマリー軍は道中に旅人を襲う盗賊の襲撃に遭っていたのだ。何が起きているのか理解し切れていないアカシアが言葉を発するのと同時に鈍い音が鼓膜を刺すように耳に入ってくる。
「オキナ!今一旦なにが起き………!?」
パンパァーーン
それと同時にアカシアは落馬する。馬が撃たれたのだ。アカシアは広大な草原に叩きつけられる。顔を上げると既に刀に手をかけ戦闘態勢に入ろうとしているオキナが目に入った。
「アカシア様はその場から動かずに救護班の救護をお待ちください!しゃがんで頭を伏せ、馬を壁にする様に動かずに!盗賊の狙いはアカシア様、貴方です!!」
どうやら奴らの狙いはアカシア、私自身らしい。それが何故だかなんて今は気にしてる余裕など無論ない。自分の身を守るのに精一杯な私は、聞こえる銃声や叫び声を死に物狂いで耐えながら震えて身を隠す。
「よくも国王や王妃、王女に!!」
盗賊の放つ銃弾なんぞ、オキナの天術の前ではカメほどの遅さに等しい。
“ 天術”とは先祖代々受け継がれる、いわば遺伝する才能の様なものである。天術は身を守るために突如開花するため、先祖が死線を潜っていない場合は受け継がれる事はない。逆に言い換えれば持っていない者が死線を潜った時、天術開花することもあるという事だ。天術は一人一つしか持てないもので、それは紀元前から伝わる不変の真理なのだ。オキナの持つ天術とは“ 刀剣の天術”である。
瞬き一つの間に間合いを詰めるオキナ。一瞬にして盗賊の首を刎ねる。それと同時にオキナは違和感を覚えた
「全く切った感覚がない。此奴ら、もしや!?」
オキナの予感は的中した。今切った盗賊は人間ではない。何者かによって無理矢理戦わされていた、いわば操り人形のようなものだったのだ。
そうとなれば話は変わってくる。オキナは団員達に向け、そのスラッとした、筋肉質かつ女性らしい体から発せられる声とは思えない程の凄まじい声量で指揮をとる。
「今戦っている盗賊は人間ではない!!!おそらく向こう陣営に兵隊人形を生成する天術を持つ者がいる!」
そうと分かればやるべき事はたった一つ、天術を持つ者の抹殺だ。だが次々にウジのように湧いてくる兵隊人形に行く手を阻まれ中々前は進めない。団員も何人かは犠牲になっている。
次の瞬間、オキナの雷ほどの速さとも言える斬撃が飛ぶ
「天術 荒れ狂う斬撃」
オキナの剣から放たれる横方向の斬撃は行手を阻む無数の人形の壁を真っ二つに両断した。それと同時に今まで人形の壁によって隠されていた、天術を持つと思われる敵が姿を現した。
だらしなく伸ばし切った髭に汚れて茶色く霞んでいるターバン、歳は50前後といったところだろうか。
「な、何が起きた!?」
急な戦況反転に何が起こったかわかっていない様子の敵。そんな事はお構いなしに再びオキナが指揮を取るため声を荒げる。
「進めぇ!!!敵の首をとるのだ!!!」
オキナの指揮と同時に団員達が一斉に敵の首領へと向かう。流石の人形使いも自分の人生がここまでだと悟ったのだろう。男は抵抗する事なくただ両手を上げていた。不気味にも口角を上げながら。
団員の一人が男の首を目がけて刀を振りかざす
「盗賊人生も悪かぁなかったな。“ 再生成の天術”もっと生かす道はあったのかもなぁ。それとアカシア様、貴方は必ず世界に大きな影響を及ぼすこ………ドシュっ‼︎」
男の首が無惨にも地面に転がった。胴体と泣き別れた首は不気味にもアカシアの方を向いて止まった。
「クリッサン様、カルミア様、アカシア様、お怪我はありませんか?私がついていながらなんたる失態。大変申し訳ありません。」
そう言って片足をを地面につき、頭を下げるオキナ。それを阻止するかのようにクリッサン国王が宥める
「頭を上げなさい、オキナよ。君たちは精一杯やってくれた。おかげで被害は最小限に抑えられた。それもこれもオキナをはじめとする団員達のおかげだ。本当にありがとう。私も現役で戦えたらよかったのじゃがな。こんな老体では役には立てまい。本当に申し訳ない。」
そう言って感謝と謝罪を団員達に告げると再び馬に乗りクマヅツラ王国を目指した。