異世界王女様は今日も花に恋をする 【 I 】花畑の少年
アカシア㊙︎情報〜その1〜
好きな食べ物は甘いもの、嫌いな食べ物は辛いもの。
「こんな時間に目を覚ますなんて。」
そう独り言を呟くアカシア。時計に目をやると針は深夜二時を指し示している。銀でできた大きな壁掛け時計は、いつも見慣れている筈なのに何故か不気味に思えた。
そんなことを思いながら窓の外をふと見てみると、あるものが彼女の瞳に飛び込んでくる。
「お母様、?」
思わず言葉が漏れる。勢いよく窓を開くと同時に母の姿は消えた。パッと振り向くとそこには蝋燭片手に立っている母カルミアの姿があった。
「こんな時間にどうしたの?物音がしてきてみたら、あなた、随分と元気そうね。昨晩とはまるで人が変わったようだわ」
「ええお母様。でもこれはいわゆる空元気。まだ体調は万全ではありませんの。」
アカシアは一昨日から高熱により寝込んでいたのである。食事もろくにしていなかった彼女は心なしか少し痩せていた。高熱により痩せていた彼女は、細い体に綺麗な白髪、華奢な体に不釣り合いとも言える豊満な胸を持っているものだからまるでフランス人形にも見えた。
「今晩はもう寝なさい。来週の遠征に影響が出てしまっては元も子もないわ。お肌も荒れているみたいですしねぇ」
そう吐き捨てるように言い残して母は部屋から消えた。昔からそうだ。母はいつも去り際は余計な言葉を吐き捨てる癖がある。まぁ今となっては特に気にも留めないが。
来週の遠征とは一年に一度、隣国であるクマヅツラ王国を訪ねることである。そこに住む人々は国民性なのか皆親切、また、何よりもの特徴かつ武器である『魔法』が使える彼らは我がアマリー国にとって魔法を教えてもらうと言う面ではまさに唯一無二の存在なのだ。
まだ十四歳のアカシアにとって魔法を教えてもらうだとか、その代わりに我が国の資源を譲るだとかはどうでもいいことであったが、そこに行くまでの道中、馬に乗りながら我国の兵と談笑しながら向かう長旅は楽しみであった。
「えぇ、お母様の言う通りですわ」
もう母がいない部屋でそう呟くと、再びアカシアは眠りについた。
翌朝、目を覚ましたアカシアは近くの花畑まで散歩に来ていた。
ずっと部屋に閉じこもっていた彼女は気分転換がしたくなり、たった二日ではあるもののそれは彼女のストレスを溜めるにとって十分な時間であったからだ。
花畑は朝露に照らされており、思わず息を呑むような綺麗さはまるで絵画に描かれている美女を眺めているようだ。
鼻歌を歌いながら花畑を眺めるアカシア。すると急に青年、いや、歳を考えるに少年と言ったほうが正解だろうか、に声を掛けられた。
声をかけられるまで全く気づかなかった。彼は暗殺者か?そんなことが脳裏を横切る。すると、
「ここよく来るの?」
突然の質問に状況を掴めていないアカシア。それでも少年は構わず続ける。
「僕、ここが好きなんだ。花ってね、すごく綺麗なのに丈夫な植物なんだよ。ちょっとやそっとのことで折れたり枯れたりしないのさ。嫌なこととか悩んでることがあってもここに来れば、この花たちみたいに強く生きようって思えるんだ」
そんなことを彼は言う。口を動かしている彼の純粋無垢な眼差しはアカシアではなく真っ直ぐと花畑を見ていた。
「ここよく来るの?」
二回目の同じ質問に流石に答えないのはまずいと思ったアカシアは、
「えぇ、よく来るわ。」
「そうなんだ、僕と同じだね。僕の名前はガリバー・ユート。ガリバーって呼んでよ。」
「ガリバー、素敵な名前ね。私の名前はアカシア・アマリー。アカシアって呼んでくれると嬉しいわ。」
「アカシアか!君の方こそいい名前だね、君とは気が合いそうだ!ははっ!」
無邪気に笑う彼の顔を見ると、口が裂けても私は貴方とは気が合いそうではない、だなんて言えるわけもなかった。
そして右肩上がりに体調も良くなっていったアカシア。そして遠征当日、準備を終えたアカシアは綺麗な黒い立髪の黒馬に乗って城を後にするのであった。