僕の彼女がヤリサーに入ったらしい
ヤリサー(意味深)
「そういやお前のカノジョ、ヤリサーに入ったらしいぞ?」
「え!?」
大学に入学して早半年。
僕はそんな言葉を耳にして、全身に鳥肌が立った。
*****
僕の名は神薙礼一。
そこそこ田舎な地元から大学進学を機に上京した大学一年生だ。
家族と離れて大都会での生活はまだ戸惑うことはあるけれど、一人ではないので心細さはない。
僕には幼馴染がいる。
馬奈木万理華。
とても活発で、じっと座っていられない元気娘。
今よりも少し病弱気味だった僕の手を引っ張ってくれて、外の世界へ連れ出してくれた、僕の大切な人。
中学時代──思春期あたりになって、僕は彼女を異性として意識し始めて、それでも友人として交流した。
高校生になって交流の幅がお互い増えて、男女の交際関係の話題がクローズアップした時、僕は彼女に告白した。
万理華は笑顔で了承してくれて、僕らは晴れて恋人になった。
それからは、派手さはないけれど、デートも何度もして、そ、その、キスも! したりなんかしちゃったりたりして──。
んん。
僕には夢がある。
僕の地元はそこそこ田舎で、昨今の社会問題の一つ、過疎化が進行している。
僕は故郷が好きだ。
自然が多くて、何もないと言う人は多いけれど、僕は大好きだ。
でも、過疎化は止めたい。
かと言って自然を壊して開発を進めるといった手段は、なんか嫌だ。
僕の理想は、あの自然を残しつつ、過疎にならないような街づくり。
難しいことは承知している。
軽く調べただけでも、そんなうまい話があるわけないと理解した。
それでも、何か出来ることがないかと思って、僕はそういったことが学べる学科のある大学を受験することにした。
正直に言って、万理華とは離れ離れになると思っていた。
何というか、その、万理華はあんまり勉強が得意じゃない。
中間とか期末のテストは僕が付きっ切りで懇切丁寧に教えていたけれど、なんとか補習を免れるくらいだった。
僕は意を決して万理華に大学への進学を話した。
家族は応援してくれて、大学は都会にあって、もし進学できたなら一人暮らしする事。
先生に聞いたらこのままの成績を維持すれば合格ラインにはなんとか行けるだろうという事。
そして、進学したら離れ離れになるだろうという事。
正直、僕と万理華はイチャイチャとか、ベタベタとかそういった雰囲気はない。
手を繋いだり、電車に乗って一緒に出かけたり、どちらかの家に行って部屋でのんびりしたり。
昔からやっていたことをそのまま続けているに過ぎない。
キスはしたけれど、そこから先はしていない。
もしかしたら、別れる、可能性もあった。
僕は万理華が好きだけれど、万理華はあまり恋人になっても態度というか、雰囲気は変わらなかった。
今まで通り。
告白を了承してくれたから、想いは通じ合っていると信じている。
でも、もしかしたら……、悪い予想が消えてくれない。
万理華は僕の話を聞いて、しばらく茫然としていて、
「れー、いなくなっちゃうの?」
突然、涙を流しながら、まるで小学校に上がる前の頃のような、幼い口調でそう言った。
万理華が泣いているのを見て、苦しくなった。
僕が悲しませているという現実に、息が荒くなった。
「ごめ──」
「やだやだやだ! やだー!」
「ふも」
咄嗟に謝ろうとしたけど、万理華に抱き着かれて中断されてしまった。
顔をギューッとされて、万理華の柔らかい膨らみが押し付けられて、いい匂いがした。
「やだやだ、やだやだ!」
結局、万理華はやだを連呼し続けて、夕飯時になって万理華のお母さんが部屋に入ってくるまで僕はずっと抱きしめられた。
「明日はお赤飯ね♪」
こういう時でしたっけ? お赤飯って。
それはさておき。
その次の日から万理華は急に勉強を頑張りだした。
理由は、僕と同じ大学に進学するため。
彼女は、僕と一緒にいたいと思ってくれていた。
こんなに嬉しい事はない。
でも、懸念もあった。
万理華には万理華のやりたいことがあるはずだ。
それを、いくら恋人だからと言って捻じ曲げたり我慢させたくはない。
それを伝えれば、
「いいの! 私がれーと一緒にいたいんだから!」
そう言ってくれて、僕は嬉しかった。
彼女もやる気十分で、僕も気合が入った。
大学合格を目指して、勉強を頑張って、息抜きをして、また勉強を頑張って、息抜きをして。
なんとか二人して大学受験に成功した。
安心したのも束の間、今度は上京するための準備に大忙しだった。
環境がガラリと変わるけれど、万理華と一緒だから二人で力を合わせて頑張ろうと誓い合った。
そして春になり、僕たちはこの大学へ来た。
初めて尽くしのことで、毎日がてんやわんやの大騒ぎだったけれど、同じように地方からやってきた人たちと友人になれたし、良いスタートが切れたと思ったのに……。
*****
走る。
走る。
走る。
──そういやお前のカノジョ、ヤリサーに入ったらしいぞ?
友人の言葉が、エコーがかかったように僕の頭の中に響く。
汗が止まらない。
いつも以上に息が上がるのが早い。
それでも僕は走る。
大学に、そういった如何わしいサークルがあるという事は事前に地元の友人たちから聞いていた。
上京する前に、同性の友人たちと集まって遊んでいた時、本を見せられた。
その内容は、大学で恋人を別の男に奪われてしまうといった物。
寝取り、と言われているそうだ。
多種多様なシチュエーションで恋人の女の子を奪われてしまうその中に、ヤリサーというものが出てきた。
思い出しただけでも吐き気がする。
見ず知らずの男たちに万理華が好き放題されてしまうなんて、僕は耐えられない。
なのに、万理華がヤリサーに入ってしまったという。
走る。
件のヤリサーが普段活動拠点にしている場所まで。
走る。
万理華が、僕の万理華が。
走る。
誰かにぶつかりそうになっても。
走る。
道端に置いてあった障害物を蹴倒して。
走る。
目的の場所が見えてきた。
逸る気持ちの赴くまま、体当たりするように扉に取り付いて、僕は扉を開けた。
そこには──、
「あああああああっ!」
複数の男女が──、
「いやぁぁぁぁぁっ!」
狂ったように──、
「だめぇぇぇぇっ!」
激しく──、
「あーまた失敗したー」
「これ結構ムズイ」
カラフルな棒を振り回していた。
なにこれ。
*****
「あっはっはっは、そうかそうか、それはすまない。誤解させてしまったようだね」
そう笑っているのは、細マッチョな凛々しい女の人。
武田島近衛先輩。
「いえ。僕が先走っただけで。こちらこそ申し訳ありません」
「あっはっはっは。じゃあおあいこだ」
「はい」
僕がいきなり突撃した室内では、運動しやすい服装をした複数の男女がカラフルな棒を振ったり回したり、中にはチャンバラ、というか殺陣をやっていたりしていた。
想像していたものとのギャップでフリーズした僕を、ジャージ姿で棒を振り回していた万理華が見つけ、勢いよく抱き着いてきたことで皆が僕に気付いた。
笑顔で室内に迎え入れられて、ジュースとお菓子を準備されて、皆で床に座って雑談タイムになった。
ちなみに、万理華は僕の横でニコニコしながらお菓子を食べている。
この大学でヤリサーと呼ばれるサークルの正式名称はバトニックスピア振興会。
バトニックスピア。
それはプラスチックの長い棒を用いて行う、スポーツというかダンスというか、何とも表現に困るものだった。
内容は、プラスピアを使えばなんでもOKという大雑把なもの。
バトントワリングのようなパフォーマンス、体操、殺陣、その他なんでもござれ。
スポーツチャンバラのようなガチのものではなく、手軽に自由に楽しくがモットーらしい。
サークルのリーダーは武田島近衛先輩。
彼女が色々と声をかけて、皆集まったらしい。
万理華も自由にしていいと言われて、それならばと試しにやってみたら楽しくなったらしい。
万理華はもともとがアウトドア派、というか体を動かすことを好むタイプだ。
長い受験勉強でストレスが溜まってたんだなぁ。
体をほぐす意味でも、ここの活動は万理華的にはOKのようだ。
休憩が終わってから、見てみてー! と楽しそうにプラスピアを振り回して踊っている。
「で、君もどうだい?」
マネージャー的な立ち位置でいいですか?
*****
「で、なんでいきなり、バトニックスピア振興会? に入ったの?」
「……太った」
「え?」
「だからー、太っちゃったの! れーの作るご飯が美味しいから」
僕の質問に、まさかの返答。
僕らの借りている部屋は学生用のワンルームタイプで、セキュリティがしっかりしているし、防音にも力を入れていて騒いでも苦情がくることはない。
僕と万理華の部屋は隣同士で、よくこっちで二人一緒にいることが多い。
もちろん、食事も一緒にとることが多い。
作るのは僕だけど。
「仕方ないじゃないか。万理華のお母さんからしっかり食費をいただいてるんだから」
「文句はないけどさー」
美味しそうに食べてくれる君が好きだよ。
「じゃあ、手早く課題を済ませて遊びに行こうか。確かどこかにハードなアスレチックがあったはずだからね」
「行く!」
「課題を終わらせたらね」
「見せて!」
「駄目」
こういうのは自分の力でやるんだよ?
この後めちゃくちゃアスレチッった。
おかげで礼一君は筋肉痛でベッドから起き上がれずずーっといちゃこら看病されたりしたそうな。