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断罪されたくない公爵令嬢とざまぁされたくない男爵令嬢の話

作者: 香月 しを

広い気持ちでお読みください。



「お嬢様、また贈り物が届きましたよ、愛されてますね~」


 ノットアーク公爵家には、ここ数か月、毎日のように贈り物が届いていた。宛先は全て、公爵家の令嬢である、ミシュリーナへのものだ。ミシュリーナの侍女は、得意気にお茶を用意する。

「そうね、王太子殿下も大変だわ。好きでもない婚約者のご機嫌をとらないとならないんだもの」

「またそんな事を言って」

 ミシュリーナは、読んでいた本のページをパラリとめくった。座っているソファの周りには、分厚い本が何冊も積み上がっている。掃除係泣かせの部屋だ。

「今読んでいる本に出てくる王子様もね、婚約者に浮気がバレないように、毎日贈り物をするのよ。でも、心には、庶民あがりの男爵令嬢が住み着いているの。この本もきっと、最後に婚約者の侯爵令嬢が断罪されて、流刑、ってところね。私もきっと、同じ運命を辿るんだわ」

「それは物語ですよ? いつも言ってますけど」

「じゃあ、どうして王太子殿下は、毎日贈り物をしてくるのかしら。何か疾しいところがあるんじゃなくて?」

「どうしてって……数か月前に、お嬢様が仰ったんじゃないですか。ちょうど本を読み終えた時に会いに来られた王太子殿下に向かって、話のあらすじを説明しながら、やはり贈り物もされない婚約者など、愛されていないのだから、婚約解消すべきでしたね、と。愛を感じられない時点で、彼女は察するべきでした。すぐに身を引いて修道院に逃げていさえすれば、最後に殺されずにすんだでしょうに、って!」

 その話を聞いた王太子は、真っ青になってミシュリーナの手を握った。はやまるな。私はそんな本の王子と違って、分別もついているつもりだし、政略的な婚約とはいえ、きみを愛している。だから、婚約解消などと、きみは絶対に考えてはならない。小さな頃から夢見がちな婚約者を持つ王太子は、慌てて自分の気持ちを伝えた。わかっていますと悲しげに微笑んだミシュリーナに、王太子はどんどん焦る。その日のお茶会は、まるでお葬式のようだった。その翌日から、毎日、贈り物が届くようになった。ミシュリーナの好みそうなものばかりだ。彼女に好意を持っているからこそ、それが可能になる。相手の事を理解していなければ、そうそう好むものばかりを取りそろえられるわけがない。

「そんな事、あったかしら?」

「王太子殿下に同情します。不敬かもしれませんけど」

「私の好きな本は、だいたい、王立学園に入学してから事件が起こるのよ。それまでは、だいたい、王子様と婚約者の関係は安定したものなの。入学すると、急に天真爛漫な女の子が出てきて、最後は婚約破棄されるのよね、令嬢達。きっと私もそうなる運命なのよ。怖いわ……」

「怖がるなら読まないで下さいよ。不安にしかならないでしょう?」

「でも、身分の低い女子が成り上がる話が好きなんだもの! 健気なのよね~彼女達。たいてい王子様の婚約者の令嬢は意地悪だったりするから、最後に断罪される時に、スカっとするの!」

「…………」

「自分もそうなりたい、と?」

「そんなわけないじゃない! だから不安になっているのよ? いつか私も、数々の恋愛小説のように、王太子殿下に捨てられてしまうのではないかと、怖くて仕方ないの!」

「他のジャンルも読んだら安心すると思うんですけどねぇ」

「興味ないもの」

 泣きそうな顔をして読書を再開するミシュリーナを見詰めながら、侍女は溜息をついた。どうにかして不安を払拭してやりたいが、本人が頑ななものだから、難しい。これは、王太子殿下に頑張ってもらうしかないと公爵の執務室へそっと向かうのだった。


 ザマーナッシン王国は、今、空前の恋愛小説ブームを迎えていた。老いも若きも、男も女も、ひたすら恋愛小説を読みふける。それらを原作としたオペラなども、盛んだった。ただし、オペラは大人の紳士淑女のが赴く場所である。十代の少女達は、いつかそれを観に行くことを夢見ながら、自分の好きなジャンルの恋愛小説を読みまくるのだった。


 公爵令嬢のミシュリーナは、王道の恋愛小説しか読まなかった。身分の低い少女が、いじめに耐えたり、愛嬌を振り撒いたりしながら、最後は王子様と結婚するまでの話。だから、途中に出てくる、王子様の婚約者は、いつだって悪役だ。ただフラれるだけならまだいい。酷い時は、婚約者を奪われた上に、処刑される事もある。婚約者たちは、それなりに、主人公に嫌がらせを繰り返すので、自業自得ではあった。だが、ミシュリーナは、どちらかというと、婚約者側の人間だ。読めば読むほど、不安になった。それでも読む事をやめられない。だって、出てくる王子様は、いつだって、ミシュリーナの婚約者の王太子に似ていたから。金髪碧眼、頭脳明晰、優しく甘い、王子様。ただし、主人公に対してに限る、だ。ミシュリーナは、本を読みながら、自分が王太子殿下に甘く囁かれることなどを妄想しながら、幸せな気分に浸った。読み終わって冷静になると、いつも不安に苛まれるのだけれど。


 届いた贈り物を開ける。中には、ミシュリーナに似合いそうな髪飾りが入っていた。小さなカードには、愛を込めて、と王太子殿下の筆跡で書いてある。


「本当は、信じたいの。私の我儘で振り回してしまっているのはわかっているのよ。でも、不安なんだもの……」


 まだ部屋の中に侍女がいると思ってそう口にしながら顔をあげてみたものの、誰もいなくなっていた。ミシュリーナは唇を少し尖らせると、拗ねたようにソファに背を預けた。




 同じ頃、ロインデネー男爵家の一人娘であるウェンディは、恐怖に震えていた。


「嘘でしょ!? 同じ代に、王太子殿下と、その婚約者がいるの!?」

「いるって話だよ。え、なにそんなに怯えてるの?」

「いや、だって、あれよ、ざまぁされちゃうでしょ!」

「は? ざまぁ?」

 ウェンディは、持っていた本を、幼馴染の子爵家次男であるジェイドに見せた。ウェンディが好んで読んでいる、悪役令嬢がヒロイン気質の令嬢にざまぁをする話だ。好んで読んでいるというか、寧ろ、そのジャンルしか読んでいない。婚約者を横取りされそうになった高位の令嬢達が、あざといヒロイン達をギッタギタにやっつけるのが小気味よい。わかりやすいヒロインの罠に、あっさり引っ掛かり、ピンチを迎える悪役令嬢を心から応援するし、婚約者がありながらポっと出の男爵令嬢などに魅了され、公衆の面前でアホを晒す王子達を心底憎んだ。


「このままでは、王太子に見初められた私が、悪役令嬢にざまぁされてしまう!!」

「…………いや、まず見初められないと思うし、あざとい事をしなければいいだけの話で……」

「お父様やお母様の、恐ろしいほどの不正が発覚したり、贅沢な暮らしをしまくった散在などのせいで、領地を取り上げられた上に全員処刑されちゃう!」

「……そんな事実ないから。男爵が聞いたら号泣しちゃうよ、それ」

「あああ! どうしよう!!」

 こうなってしまったら、何を言っても無駄だ。それがわかっているジェイドは、大仰な溜息をついて、自分の家に帰っていった。追いかけてきた男爵家の執事が、何度も頭を下げている。ウェンディはすっかり忘れてしまっていたが、二人は婚約関係にあった。幼馴染で、気の合う二人。身分も相応。学園を卒業したら、子爵家の次男であるジェイドが、ロインデネー男爵家に婿入りする予定になっている。


「あれ、悪役令嬢が大好きなんだろうな。王太子殿下よりも、その婚約者に会った時が不安だ。興奮して何をするかわからないから、僕の方でも見張ってなくちゃ」


 面倒見のいいジェイドは、手間のかかる婚約者の顔を思い浮かべて、再び大きな溜息をついた。




 王立学園の入学式の日。正門に馬車から降り立った王太子とその婚約者に、羨望の眼差しが向けられた。誰が見ても美男美女。評判通りの王太子に、王妃教育もすっかり終わり、凛とした中にも優しさを併せ持つ雰囲気のミシュリーナがエスコートされる姿は、既に夫婦のようだった。


「……断罪の始まりね」

「いや、断罪なんて無いというのに」

「あッ!」

「えッ?」

 突然大きな声を出したミシュリーナに驚き、王太子ブライドは視線の先を辿った。道端で、男女が手を繋いでのんびり歩いている。何に驚いたのだと聞こうとすると、ミシュリーナは真っ青な顔で口を押えた。

「やだ……ピンクブロンド……」

「ミシュリーナ? いったい、どうし……」

「あの!」

 ミシュリーナは、駆け出した。目指しているのは、道端のカップルだ。迂闊な行動は、後々問題が起こる。ブライドも慌てて婚約者を追う。


 後ろから声をかけられた二人は、くるりと向きを変え、目の前に立っていた令嬢を見てギクリとした。遠くから見たことのある令嬢だ。王太子の婚約者として有名な、才色兼備の公爵令嬢。そして、自分にざまぁをする予定の相手。ウェンディは、震えた。それはもう、ガクガクに震えた。顔の輪郭がよくわからなくなるぐらい。目や鼻、口の位置が、ぶれてしまってどんな顔をしているのかもわからなくなるぐらいだ。

「ななななな、なんでしょうか、ご令嬢!」

「ちょ、ウェンディ、落ち着いて」

「急に声をかけてしまってごめんなさい。あの、もしかして貴女、天真爛漫な男爵令嬢なのではありませんこと?」

「ミシュリーナ! いきなり何を言っているんだ」

 ミシュリーナに追いついたブライドが、目を丸くしている。日頃優秀な婚約者がアホになるのは、いつでも自分絡みだ。また何か思い込んで、一般人に絡んでいるに違いない。だいたい、本人に天真爛漫かどうか聞いて、まともな答が返ってくるわけがない。

「だって、王子様と結ばれるのは、たいがい、ピンクブロンドの髪の、天真爛漫な男爵令嬢なの! きっと……殿下は、この人に夢中になってしまうんだわ……」

「いやいやいや、私はきみに夢中なんだって、何度言ったら……」

「貴族令嬢らしくない毛色の違う令嬢に、あなたはどんどん魅了されていくのよ! 私なんて……型にはまった貴族令嬢だもの。新鮮味にかけるものね!」

「ん……? うん、ミシュリーナは、じゅうぶん、貴族令嬢らしくないから、大丈夫だよ」

「いやよ、いやいや! 殿下と結ばれる為に王妃教育も頑張ってきたのに、どうして浮気なんて!」

「してないから!」


 超痴話喧嘩だ。周りに集まってきた生徒達は、ぽかんと口を開けて、四人の様子を眺めている。そうこうしていると、ウェンディが、震えを止めて、怒りの形相で口を開いた。


「待って下さい! 王太子殿下は、こんなに美しい婚約者様がいるというのに、浮気をしているんですか!? 許すまじ! 悪役令嬢ファンを舐めないでくださいよ!」

「……いや、多分、きみが未来の浮気相手だと思われているみたいだけど」

 しばらく呆けていたジェイドも、なんとか現実世界に戻ってきた。

「えッ、私!? いやあああ! ざまぁしないでくださいいい!」

「貴方こそ、私を断罪しないでちょうだい! 王太子殿下の事は、諦めますから!」

「いや、諦められても困るんだけど、ミシュリーナ!?」

「駄目ですそんな! 王太子殿下からの求婚なんて受け入れられません!」

「そこの令嬢も! 私は、ミシュリーナ以外に求婚する予定はない!」


「はいはい、皆さん、ちょっと落ち着きましょうか!」


 パンパンと手を叩いたジェイドが、この場を治める。集まっていた生徒達にも護衛に言って口止めをし、学園内の小会議室を借りて、入学式にも出ずに四人で話し合う事にした。


「つまり、ミシュリーナ嬢も、ウェンディと同じように、恋愛小説にハマっている、と」

「ええ、ジャンルは違うのですけれど」

「私は、前々から、違ったジャンルも読むように言っているのだが、どうも、下克上タイプの話が好きなようでね。いくら私が愛を囁いても、信じてくれないのだ」

「なるほど。ウェンディとは真逆の好みなのですね」

 四人は、穏やかに話し合った。元々は、理性的な若者たちだ。ただ、恋愛小説に夢中になってしまった婚約者と、それに振り回される男達であっただけだ。静かに紅茶を飲んでいたウェンディが、器をテーブルに戻した。

「ミシュリーナ様、申し訳ありません。悪役令嬢の要素を持っていると思ったら、興奮してしまい、我を忘れてしまいました」

「ウェンディ様、こちらこそごめんなさい。物語は物語、と、割り切るべきでしたわ。殿下もごめんなさい。ずっと愛を告げてくれていたのに、今まで信じる事が出来ず……」

「…………駄目だ、許さない」

「え」

「今まで私を信じなかった罰を与える」

 今まで見たこともないような無表情で、ブライドは低い声を出した。断罪されてしまうのではと焦ったミシュリーナは、慌てて臣下の礼をとる。

「王太子殿下、お許しくださ……」

「ブライド」

「…………はい?」

「いい加減、私の名前を呼んでくれないかな、ミシュリーナ?」

 ぽろり、とミシュリーナの目から、涙が零れた。大好きな王子様。優しくて、いつも自分を気遣ってくれる婚約者。すっかり男性らしくなった手で、涙を拭ってくれる。

「…………ブライド様、私も、愛してます」

「……うん。いいね、その呼び方。あと、やっと私のミシュリーナが戻ってきた。恋愛小説も、ほどほどに、ね」

「はい……」


 イチャイチャしだした王太子達を横目に、ジェイドがコホンと咳払いをする。ウェンディは、二人をチラチラ盗み見て頬を染めながら、ジェイドに視線を向けた。

「それはそうと、きみ、憶えてる?」

「ん? 何を?」

「きみね、既に婚約してるんだよ。だから、婚約解消しない限り、誰の求婚も受けられないの。わかる?」

「ええ!? 婚約してるの!? 誰と!?」

「僕と」

「ジェイドと?」

 ウェンディは、首を傾げて瞬きを繰り返した。考えた事もないとでも言いたげな顔に、ジェイドは困ったように笑う。

「そう。どうしていつも一緒にいると思ってるの? きみが突拍子もない事をしないように、見張ってるんだよ。傍らにいつも僕がいるから、王子様も迎えには来ない。残念だったね。ざまぁ」

「……ざまぁされた……?」

「そうだね」

「……ううん、違うよ」

「ん?」

「私は、ジェイドと婚約してるって聞いて、嬉しいもん! いつも一緒にいてくれるんでしょ? 嬉しい、嬉しい!」

「ウ……ウェンディ……」

「あッ!!」

「どうした」

「思いついた! そろそろ読み尽くしちゃったし、私、今度は、天真爛漫令嬢と、面倒見の良い優秀な従者の恋愛話を読みあさろうっと!」


「わかります!」


 すごい勢いで、ミシュリーナがウェンディの手を取った。瞬間移動かと思うほどの速度で、数メートル離れた場所では、王太子が呆気にとられている。

「え、ミシュリーナ様、貴方も、従者と令嬢の恋物語を……?」

「違いますわ。読み尽くしてしまったから次のジャンルに移るという部分がわかると言いましたの! 私も、気の強い令嬢と、超ハイスペックな腹黒執事の恋愛話を読みあさろうと思っていたところでした!」

「お互い……見つけるのが難しそうですね……たくさんあるといいんですけど」

「王国中の書店を回りますわ! 情報交換して、虱潰しに探していきましょう!」

「あ、いいですね、それ!」


 きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる女子二人を遠巻きに眺めながら、ジェイドは溜息をついた。

「彼女、何をいきなり思いついちゃったかな。まさか、僕が従者に思えたんじゃ……」

「それを言ったら……私の婚約者は、何故いきなり腹黒などと言い出したのかな。私、そんな要素を醸しだした覚えはないけど」

「……雰囲気、ですかね」

「嘘!?」

「なんにせよ、僕らは、見守るしかないみたいです」

「お互い、苦労するなぁ」


 卒業後、男爵家に婿入りしたジェイドは、王太子ブライドの側近として、重用された。ミシュリーナは恙無く王太子妃となり、学園で出会ったウェンディとは、いつまでも良い友人であり続けた。。

二人とも、断罪もざまぁも、縁のない一生だった。



(おわり)

よかったら、★で評価をお願い致します~

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― 新着の感想 ―
[良い点] ザマーナッシン王国wwwwwwダメお腹痛いwwwwwww
[良い点] 極端で妄想も過激な令嬢二人と、それに振り回される王太子と幼馴染の婚約者コンビが、色々な意味でお似合いな可愛い作品で読んでいて楽しかったですね。 よくある悪役令嬢と婚約破棄云々の世界観で登場…
[一言] いや~、本当に面白かったです。
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