捻くれていて、天邪鬼。
ご無沙汰してます。
ところで今回、誤字脱字がありそうな予感がします。さぁ見つけてみてください。(スミマセン)
「ねぇ、ほらもっとよくその可愛い顔を見せて?」
「いっ、いけませんそんな! わ、わたくしは………」
「ああ、可愛い……食べちゃいたい……」
「たっ、食べ………」
バーンッ、と扉が開く。
「ナティ! 貴様という奴はッ!」
✾✾
「全く、君は無粋だな。あの可愛い子が、逃げちゃったじゃないか」
「あれはメイドだ! 口説くな!」
「何故? 可愛らしい女の子がいれば、声くらいかけたくなるじゃないか」
「お前はだから、節操なしなんだッ!」
「落ち着いてよ。恋に生きて、何が悪いのかい?」
そう聞かれた男……シリウスは、一瞬苦し気に眉を潜めたのち、脱力したように近くのソファに座り込み、重々しく溜め息をついた。
「? どうした?」
「………お前は……」
「何?」
「俺の嫁だろうがッ!」
そう、毎日イキイキと女性を口説くこのナティ……こと、ナテルリアーナは女なのだ。
どれほど楽しげにナンパをしようと、女を侍らそうと、男装してようと……少なくとも男ではないのだ。
ナテルリアーナは、呆れたように眉間に手を当てる様子を楽しげに笑い、シリウスの向かいに腰掛ける。
「そうだね、そうだった。ところで、わざわざ僕の部屋に出向いてくれたということは、何か用があるのかな?」
「……邪魔だったとはっきり言えば良いだろう。ああそうだ、俺は城からパーティーの招待状が来たと、言いに来たんだ」
そう言うとナティは目の色を変えた。
「パーティー!?」
「ああ。王太子の誕生パーティーで……」
「シー!! 53回目の一生の頼みだッ!
女装してくれッ!」
「断る」
「そんなッ……」
すげなく断るシリウスに、ナテルリアーナは絶望を顕わにした。
✾✾
「あー、コルセットキツい、スカート邪魔。はぁー……帰って良い?」
「今屋敷を出たばかりだぞ。流石に早すぎるだろう」
「耐えようとも思ってないからね。はぁー……シーのドレス姿、見たかった……今僕が着るこの紺のマーメイドドレスも、君に着てもらいたかっただろうに」
「ドレスなど二度と着るか」
「……時間が十年前に戻ってほしい」
十年前は、ちょうど二人が婚約をした頃だった。活発で馬にだって乗っていた彼女が、聡明な美少年を前にして、何もしない訳がなく、服を半ば強引にトレードしたのだ。
あれはイイ。金髪の少女が気恥ずかしげに頬を染め……本当は羞恥からだが……とにかく恥じらいつつフワフワのドレスに身を包んでいる様は、言葉も出ないほど尊かった。
思えば、あれこそが今の根源だろう。
「おい、ろくでもないことを本人の前で考えるな」
「あれ、何考えてるか分かるの?」
「顔に書いてある」
「わぁ、流石」
「うるさい。着いたぞ」
「はーい」
✾✾
「……やぁ、可愛らしい。こんなところに、姫君がいらっしゃるとは。私と一曲いかが?」
「はい……お姉様。光栄ですわ……」
声を掛けられた女は、ウットリとした顔で頷いた。
ちなみに、ナテルリアーナの変人ぶりは社交界ではすでに浸透しており、知らぬ者無しというほどで、特に女性の間では彼女に誘われることはとても名誉なことだと言うのだった。
彼女により新たな扉を開いた女性たちは集い、会まででき、敬意を払って彼女は"お姉様"と呼ばれている。
(……女同士で何ができるというのだ……?)
そんな彼女の旦那であるシリウスはなかなかに古い人間ではあったが、それでも嫁が浮名を流していることが、気持ちの良いことであるはずはあるまい。
男の嫉妬は醜いなんて言っても、妬いてしまうものは仕方がない。そんなわけで、彼はパーティーが嫌いだった。
そもそも本当に彼女らに関係があるというのなら軽蔑してしまえばそれで良いだけだが、実際そんな話はどこでも聞かないので、ごく可愛らしいものなのだろう。そうすると、浮気とも少し違う。友達とも言い難い関係だが。
(……そして、何故、女が男のパートを踊れるのだろうか)
ナテルリアーナはやや長身であるため、男のパートも踊れた。というか、彼女は通常女を口説いているので、基本は男パートで踊るのだ。ダンスの苦手な彼にしたら、信じられない話だが。
(……女装してくれば、俺とももっと踊ってくれたのだろうか?)
自分で断ったにも関わらず、どこかズレた思考の穴に嵌る。
何年も前のときのように、あの熱を帯びた視線を向けてくれるだろうか?
(……何を考えているのか)
自嘲するような笑みが浮かぶ。これではまるで、焦がれているようじゃないか。恋しいようじゃないか。
(とっくに愛は冷めたのに)
義務で成り立つ、友人のような関係だ。いつからだろうか。昔は違った。
……いっそ、自分も浮気のひとつ、してみようか。
(いや、無理だな)
貴族の女は大抵ナテルリアーナに熱を上げてるし、平民に手を出すようなつもりはない。娼婦では、そもそもの目的から遠ざかってしまう。シリウスは舌打ちをしたくなった。まったく、気に入らない。
✾✾
夜、それも、真夜中。ナテルリアーナは、フッと目が覚めた。肌寒いせいだと気付き、何か羽織ろうとして……やめた。もっと良いものを見つけたからだ。
「はぁ……可愛い」
それはあどけない顔で眠る、シリウスだった。眠るシリウスにいつもの眉間の皺はなく、随分幼く見える。
そんなシリウスに、たまらなくなって彼女は彼にキスを落とした。もちろん、唇に。
「可愛い……可愛い……。いつもの不機嫌な顔もイイけど、やっぱり寝顔が最強だ……」
起きないようにそっと小声で呟き、ぎゅっと抱きつく。ああ、人肌は最高だ。
実のところ彼女がシリウスに冷めているというのは、全くの誤解だった。女が好きというのもまぁ間違いではないが、オンリーワンはやはり彼だ。
「ふふふ、今日のパーティーでの顔、尊かったなぁ……次は、パーティーで目配せでもしてみようかな? あぁそうだ、今度は本気で、女装してもらおうか」
大丈夫、貶す男の子は僕が消すし、女の子はみんな僕の味方。ただの傍観者にしか成り得ない。
逃げる場所は僕のもとしか無いし、僕は逃さない。
僕はね、君が思ってるよりずううっと、君を愛してるんだ。
……ただちょっと、意地悪が過ぎるだけでね。
目を閉じて幸せそうに笑ったナテルリアーナは、そんなことを思いつつ、夢の世界ヘ旅立った。