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管理官と問題児  作者: 二ノ宮芝桜
第二章
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2-50 寂しいから、早く治して下さいまし

「つーか、ジス先輩、時間大丈夫ッスか?」

「……何故?」

 唐突な質問だ。俺は首を傾げた。

「いや、あんなことがあった後の本局って、ヤベー忙しいっしょ」

 間違ってはいない。

「そんな中で、時間を作ってくれたんスよね?」

 つまり、気遣いである、という事か。

「オレなら大丈夫ッス」

「しかし」

「俺がいた段階でも仕事を滞らせてたじゃねーッスか」

「自覚があったのに、あれだったんですね」

 気遣いであれば無用だと言おうと思ったが、どうも彼のペースに乗せられる。

「サーセン」

「仕方がないですね」

 ふざけた謝り方でも、不思議と嫌ではなかった。

「貴方が抜けた穴は大きいので、早く帰って来て下さい」

「またまたー。仕事はやりやすいっしょ?」

「……ルースがいないと、ムードメーカーがいないので、早く治してきて下さい」

 言い換えれば、伝わるだろうか。

「そうですわ! 貴方がいなければ、バンクシアさんが執務室に来ますのよ」

「いや、それはオレ、関係ねーッスわ」

 フィラさんが不思議な口の挟み方をしたので、俺は暫く見ている事にした。

 俺達が話している間、どうも所長さんとベルさんがクルトさんのフォローをしながら、今後の話をしているようだ。本当の上司の在るべき姿は、あんな感じなのかもしれない。

 どうにも俺には、まだ色々と足りていないようだ。申し訳ない。

「あの威圧感に一人では耐えられませんわ」

「ジス先輩がいるじゃねーッスか」

「ジス先輩はお話し中ですのよ。耐えるのはわたくしだけになってしまいますわ」

「お姫っ……フィラちゃん、めっちゃオレを巻き込もうとするじゃねーッスか」

「当たり前ですわよ、ルースさん」

 二人は楽しそうに言い合っている。初めの険悪な雰囲気は、今は微塵も見えない。

「素直になれないジス先輩の代わりに言いますわね」

 ……何を言うつもりだ、何を。

「寂しいから、早く治して下さいまし」

「ウーッス。りょーかいッス」

 思わず頭を抱えたくなった。寂しいという訳ではないが、あながち全てが違うという訳でもなく否定しきれずに、俺は口を噤む。

 尤も、ずっと口は開いていた訳ではなかったが。

「いやー、ジス先輩はオレがいないと寂しいんスねー。よしよーし」

「……お元気そうですし、帰りますね」

 結局小さく息を吐きだしてから、俺は彼に向き直った。

「帰る時は、気を付けて下さいッス。あと、また来てくれると嬉しいッス」

「ええ、また来ます。それではお大事に」

「お大事にして下さいまし」

 俺達はそれぞれルースに別れを告げると、何でも屋の面々にも改めて会釈をしてから病室を出る。

 出来れば早く良くなって欲しい。この感情に、嘘は無い。

 パタン、と扉は閉まる。向こう側と、廊下のこちら側では、まるで世界が隔たれているかのように、雰囲気が違う。

 いや、この雰囲気というのは、あの部屋の中でルースが明るい物に変えていただけなのだろう。

「お疲れー」

 出口に向かっていると、途中で意外な人が待ち構えていた。

 長身のその男は、先程入れ違いで帰った筈の、テロペアさんだ。

「やっほー、ジスしゃん。待ってたよ」

 ……何だ?

 俺は警戒しながらも表には出さないように、近づく。隣のフィラさんは、既に怪訝な表情をしているので、俺が表情に出すまいがあまり関係は無い気がしたが。

「私に、何か?」

「しょー。ジスしゃんに聞きたい事があるにょ」

「ジス先輩、この方、お話の仕方が可笑しいですわ」

「思っても言わないようにして下さい。貴女の課題はそこもありますね」

 フィラさんの問題点は後でいいとして、今はテロペアさんだ。俺に聞きたい事、とは何だ。ルースの事か?

俺は「それで」と切り出すと、彼は「あにょねー」とはにかむ。とはいえ、目は違う。彼の視線は、抑えきれぬ好奇心をたっぷりと含んでいたのだ。

「この間、死を刻む悪魔(ツェーレントイフェル)と会ったれしょ?」

 ……先日の大捕り物――模倣の悪魔エピゴーネントイフェルの事件の時の事か。色々とありすぎて、少し昔の事にすら感じた。

「何故そう思うのですか?」

 思い当たりはしたが、まるで鎌をかけているかのような問いに乗る事は出来ない。オレは肯定も否定もせずに聞き返した。

「んっとねー、多分模倣の悪魔エピゴーネントイフェルを追っていたのはジスしゃん達だと思っててー」

「何故?」

 俺が尋ね続けると、彼はわざとらしく頬を膨らませてみせる。

「何故、ばっかり聞いてたら先に進まにゃいんらけどなー」

 決して不機嫌になっているようではない。

「ジスしゃん、本局の人。戦える人。新聞に大捕り物って書いてたから、加えられてたと思ったにょ」

「そうですか」

 俺は、実際にその部隊に居た事は口に出さずに先を促す。

 そうか、新聞か。暫く忙しくて目を通していなかったが、確かにあれだけの事があれば、載っていてもおかしくは無いだろう。

 本局に戻ったら数日分まとめて見ておこう。

 俺はそう考えてから、ふとフィラさんの方を見る。彼女に、何か内情を言われてはたまらないな。

 俺はフィラさんに向け、口元に人差し指を立てて「黙っていてほしい」とジェスチャーで伝える。幸いにも彼女に通じたようで、フィラさんは大きく頷いた。


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