2-49 私は、貴方を許しません
数日後、やっと時間を作る事が出来た。その時間で、フィラさんと共にルースのお見舞いに行く。
病室に入る直前にドアが開き、テロペアさんが会釈をした。俺とフィラさんも、同じく軽く頭を下げる。すると、彼はすぐに病室を出て行った。
タイミングが悪かったというべきか、よかったというべきか。
中に入ると、今度は何でも屋の男性陣がそろっていた。よかったのか悪かったのかと迷ったタイミングは、どうも悪かったらしい。
が、仕方がない。今ここで帰るというのも、かえって気を使わせてしまうだろう。
「ルース、体調はいかがですか?」
俺はフィラさんと共にルースに近づきながら尋ねた。
「大丈夫ッスよ」
「本当ですの?」
「本当ッスよ」
ルースは普段通りの――むしろ、丸くなったくらいのチャラチャラ加減で返事をする。
「ところで先輩、いつの間にオレの事、ルースって呼び始めたんッスか?」
「……嫌ならフルゲンスさんに戻しますが」
「嫌じゃねーッス。嬉しいッス!」
彼は無邪気そうに笑う。後から受けた報告で、彼は暫く入院し、退院しても自宅療養の期間が必要だという事で心配していたが、思ったよりは調子が悪くなさそうだ。
「……皆さんも、お久しぶりです。その後、体調などはいかがでしたか?」
俺は大丈夫そうだったルースから、クルトさん達の方へと向き直って尋ねる。
「大丈夫。ジスさん、ごめんな」
「いえ、お気になさらないで下さい」
ベルさんに、俺はゆるゆると首を横に振った。
「ジギタリス、本当に申し訳なかった」
「あの場では、仕方が無かったんですよ」
クルトさんは深く沈み込んでいる様子だ。おそらく、初めて人の死を見たのではないだろうか。
「シュヴェルツェという存在が人の感情を強く引き出してしまうんです。あの場では、シュヴェルツェ以外の全員にそれが当てはまっていました」
俺はフォローの為に、出来るだけゆっくりとクルトさんに語る。
「アイゼア・カタストローフェもまた、直ぐに苛立ってしまっていたのでしょう」
これは事実だと思う。シュヴェルツェの影響は、精霊ですら受けるのだ。人間ならば、例外は無いだろう。
「そもそも、という話で言えば、殺害された管理官も短気を起こした結果、あそこで倒れていたんです」
その短気の原因も、シュヴェルツェではあるのだろうが。
「クルトさんは、よくやって下さいました」
「でも、オレは」
「貴方は、貴方としてしっかりと生きて下さい。それが一番の弔いになるのではないでしょうか?」
俺は、クルトさんの言葉に被せるようにして、強引に話を続けた。彼の言葉の先には、自らを否定する物が付くのだと、分かったからだ。
「お前は、何で――」
「やりきれないんです。守りきれなかった事も、捕まえられなかった事も、全て。けれども何処かで折り合いをつけなければいけない」
クルトさんは口を噤む。
「仲間が亡くなる事は、稀にあります。国民の敵だとはいえ、犯罪者に私が手を下す事だってあります。無条件で誰でも助けられるわけではないんです」
助けられる物なら、全部助けたい。だが、それは難しいのだ。
「貴方がすべき事は、彼の事を忘れずに、それでも貴方らしく生きる事です。苦しくなれば誰に溢してもいい」
彼は管理官ではない。彼は俺の立場にいる訳ではない。彼は誰かに弱音を話す事を否定されてはいない。
それならば、苦しみを吐き出し、ゆっくりとでも前を向いて欲しいのだ。
「けれど、クルトさんが悲観して、クルトさん自身をこの世から消してしまおうだとか、生きている世界を謳歌してはいけないと思い込むだとか、そんな事を考え続けるのであれば」
俺は、じっとクルトさんを見た。
俺の死んで欲しくない人の中には、クルトさんもいるのだ。彼が心に押し潰されてしまわないように、俺は敢えて強く言う。
「私は、貴方を許しません」
クルトさんは、目を見開いて硬直した。
「今は仕方がないです。直ぐに全て受け入れる事は、難しい事ですから。けれども、立ち直りもせず、可哀想なあの人、可哀想な自分に酔いしれるのであれば、私は許さない」
申し訳ない。申し訳がないが、どんなに強い言葉になっても、生きていてほしいのだ。
クルトさんは浅い呼吸を繰り返す。隣で、フィラさんも浅く呼吸を繰り返していた。
俺の存在が、この場に緊張を走らせていた。
「きっとどんな手を使ってでも、苦しんで生きるように仕向けてしまうでしょうね」
「ははっ、ジス君は過激だな」
緊張感を解いたのは、所長さんだった。
彼はポン、と俺の肩を叩くと、いつも通りだらしなく笑って見せたのである。
「君の熱意は分かるけれど、少し見ておいてよ」
「ええ、勿論です」
クルトさんは俯く。だが、この人がいるのなら、きっと彼は立ち直れるのだろう。
俺がきつく言うまでも無く……。
「それと、お姫様とルースの活躍は聞いたよ。まぁ、ルースに関しては、直接見た訳なんだけど」
所長さんはへらへらと笑ったまま続けた。
「ちゃんと二人とも反省してるんだよね?」
「ええ! 本当に申し訳ありませんでしたわ」
「ごめんなさいッス」
フィラさんとルースは直ぐに謝る。この二人の態度に満足したのか、彼は大きく頷いた。
「うん。それじゃあ、うちの担当のままでいいよ。次はないけどね」
「ありがとうございます」
俺が礼を言って頭を下げる。
「ありがとうございます」
次にフィラさん。
「アザーッス!」
「ルース?」
「ありがとうッス」
ルースは「ありがとう」の選択を間違え、暗に言い直しを迫られたが、やがて所長は短く息を吐きだす。そして、「……仕方ない子だよ、全く」と笑って見せた。
「それで? 僕達に会ったんだし、何か伝える事もあるんじゃない?」
「はい。この場でお話ししても?」
「うん。ついでだからお願い」
所長さんの許可を得てから、俺はアマリネさんとビデンスさん達が反政府組織である可能性、グロリオーサさんとサフランの関係等、バンクシアさんに受けた報告を更に掻い摘んで伝える。
残念ながらシュヴェルツェについてはロクな情報も無いので、何も伝える事が出来なかったが。
だが、話を聞いているクルトさんは、どうも落ち込んでいるだけという様子でもなく、少しだけ安心した。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
所長さんの礼に、慌てて俺は頭を下げる。




