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管理官と問題児  作者: 二ノ宮芝桜
第一章
8/83

1-8 とっとと膿は出し切らないとね……

 結果から言えば、誰も見ていない廊下で頭を抱えた。

 それぞれしかるべき場所にしかるべき書類を持っていくと、ナスタチウムさんがいない事に大パニックになってしまった。

 どうやら仕事押し付けの常習犯が沢山いたらしい。が、この件をバンクシアさんに伝えれば、それ相応の処分が下されるだろう。

 とはいえ、今は猫の手でも借りたい状態。魔法精術課の物に関しては、報告は後になっても構わない。人に仕事を押し付ける者であっても、人手は人手だ。

 問題は、何故か何種類もの書類が紛れていた普通課の方。

 部署違いもいい所で、手違いで紛れ込んでくるという事もほとんどありえない。

 それが何故か何種類もがナスタチウムさんの仕事として紛れていたのだ。もしかしたら、戻れば何故か紛れているものがまだあるかもしれない。

「何故か、なんて、理由は明確だけどな」

 誰にも聞こえない程の小さな声で、吐き出す。

 明らかに、押し付ける気満々で、自分が楽して手柄を手に入れる為に、敢えてばれにくいだろうと思われる別部署の、文句も言わずに仕事をするナスタチウムさんに仕事を回していた。それも、複数人が。

 少なからず苛立ちを覚えた。

 押し付ける方も押し付ける方だが、ほいほい受ける方も受ける方だ。とはいえ、受けた人物は今、ベッドの上。

 俺は効率よく元の場所に書類を戻す為に、普通課へと向かう。

 そして赤い絨毯がひかれた建物の奥へ……奥へと足を踏み入れる。

「あっれー、ジスくん?」

 その途中に、正面から都合のいい人が現れた。

 ヘラヘラとして締まりのない顔に、明らかに手櫛で整えた赤い髪。眼鏡の奥の瞳は、彼の表情とは裏腹に冷めていることの多い人物。それほど関わりがあるわけでもないのに、俺をジスくん、などと気軽に呼ぶ彼は、第一王位継承者であるカサブランカ様の元側近――リリウム・ドライツェーン・バーナーだ。

 俺が向かっていたのはカサブランカ様の執務室で、書類を現側近である、ウィリアム・ヴニヴェルズムかライリー・ヴニヴェルズムに託そうと思っていたのだが……この人でもいい。

 普通課の上に立つ人物であれば誰でもよかった。手っ取り早く書類を戻し、かつ、後程ある程度の処分を下せる人なら。

 普段の俺なら恐れ多くてとても出来ない行動も、今は階級持ちと同じだけの権限が与えられている。効率の為なら好きにやらせてもらおう。

 例えこの人が、局内で「カサブランカ様の腹違いの兄弟」だという噂がある人物であっても。

「こんにちは、リリウムさん」

「どうしたの?」

「実はナスタチウムさんが倒れてしまいまして」

 それから簡単に経緯を説明し、現在はナスタチウムさんの代わりを務めている事を告げた。

「ありゃりゃ、大変だね」

「はい、とっても大変です。そこでお願いしたい事がありまして」

「もしかして、僕を探してた?」

 正確には彼を探していた訳ではないが、大体同じことだ。俺は頷く。

「リリウムさんか、ウィリアムさん、あるいはライリーさんを探していました」

「いいねいいね。ブラン様に何か伝えたい事でもあったの?」

「はい」

 スイ、と、リリウムさんの眼鏡の奥の瞳が細められる。

 ヘラヘラしている癖にこの顔。中々に腹黒い。いや、従者――それも表舞台には出てこない、よく言えば神秘のベールに包まれた第一王位継承者に仕えている人物が、全く裏表のない清廉な男性である可能性は、まずない。

 主人が表舞台に出ないという事は、代わって従者や近しい人がその言葉を伝え、駆け引きもしているのだから。

 だが、彼が腹黒い事に気が付いた俺に対し、少しだけ愉快そうな……言い直そう。少しだけ興味深そうな色を瞳に混ぜ込んだ。腹黒さに気が付いた俺に気が付いて興味を持った。

 正直、面倒臭くなる気配しか感じない。

 今は忙しいからスルーして貰えるかもしれないが、事が落ち着いた頃に何を言い出されるか……。出来れば関わりたくない。

 とっとと用事を済ませて戻ろう。

「そちらの部署の書類がナスタチウムさんの執務室から見つかりました。まだ仕分けている途中の物も有りますので、今後増えていく可能性があります」

「ふむ……。それは、単にうっかり紛れただけ、ではなく?」

「これを見て、同じことが言えますか?」

 俺は手にしていた書類をリリウムさんに渡した。

 彼はまた「ふむ」と言いながら、パラパラと書類を確認する。

「言えないね。常習犯の香りすらする」

「私もそう思い、いっそのことリリウムさんのような立場の方から配って頂ければ、と」

「なるほど」

 何しろリリウムさんは元側近。現在は優秀な双子が側近になり、リリウムさんは事実上の降格となっているが……それでも階級が十二枚の管理官ツヴェルフライトゥングである事に変わりはない。

 すなわち、魔法精術課でのバンクシアさんと同じ立場だ。

 バンクシアさんは第二王位継承者であるクレマチス・ドライツェーン・アウフシュナイター様の補佐としての仕事も任されている立場。それほどに、影響力のある階級なのである。

 それにカサブランカ様の腹違いの兄弟だと言う噂が混ざれば、あら不思議。バンクシアさんよりも強い力があるように見える人物の出来上がり、だ。

「これはブラン様にも報告させてもらうよ」

「はい」

「とっとと膿は出し切らないとね……」

 ちょっと不穏な言葉が聞こえたが、聞かなかった事にしよう。出来れば巻き込まれたくない。

「まだありそうなの?」

「おそらくは」

「じゃあ、後で誰かに回収に行かせるよ。ナスタチウムくんの執務室だよね?」

「はい」

 取りに来て貰えるのならありがたい。これで、仮にネモフィラ様がお仕事を終えていなくても、何往復もしなくて済む。

「あっち、ごったごた?」

「はい、ごったごたです」

 俺が素直に答えると、リリウムさんは「ふーん」と興味深そうに返した。

 一体何に興味を持ってるんだ。忙しさか。

「じゃ、お手伝い出来そうなら行くよ。僕が行けなくても、誰かを派遣しておく」

「ありがとうございます。助かります」

 申し出はありがたいので、受け取っておく。

「じゃ、書類関係は任せて。早めに返して、仕事させておいてあげるから」

「お願いします」

 力強い言葉に頭を下げ、「それでは、失礼します」と切り上げる事にした。

「うん、じゃーね。そっちの階級持ちさん達、忙しい忙しいと騒ぐだけじゃなくて、お仕事してくれていると良いね」

 嫌味なのか労いなのか。

 どちらとも取れるそれに対して追及する事はせず、俺は自分の部署へと引き返したのだった。

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