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管理官と問題児  作者: 二ノ宮芝桜
第二章
70/83

2-39 一刻も早くここから離れて下さい

「おっととー。油断大敵」

 サフランは「服にソースがついちゃったー」と同じようなテンションの声をあげながら、きらきらとした光を発する指先をフィラさんへと向ける。

 ――また魔法で狙われるのか!

「フィラさん、逃げて下さい」

「は、はい!」

 フィラさんは慌てて横へと走る。

「おっと、ざーんねん」

 言葉の中にある残念さは全く見せずに、彼は魔法を放った。

 風の塊のようなものがフィラさんの背後の街灯に当たると、灯は消え、ガラスが飛び散る。

「……っ!」

 明かりが街灯一つ分なくなった事で、ベルさんはさらに身を縮こませた。

「震えちゃってるよー、ガイスラー先輩」

「その為にやったんだもん。暗所恐怖症の1枚君にとって、嫌な事をする。それが今の僕の使命さ!」

 サフランはニヤリと笑い、フィラさんを見る。

「ま、出来れば、そこのクソダサい、鈍そうなお嬢ちゃんに当たって欲しかったのは本当だけどね」

「あはは、ダサいってさー」

「だ、ダサ……!? これは、制服ですのよ!?」

「フィラさん、落ち着いて下さい」

 俺は相手と距離を取りながら、フィラさんへと近づいた。今の魔法により、野次馬の量は増えたようだ。

 それにしても、この状況はまずい。

 破壊活動を繰り返すあの二人を早く止めねば、街の人の管理官への信頼は無くなる。信頼が無くなるという事は、問題解決の為の情報が回ってこない、あるいは遅れるという事だ。

 俺達管理官にとっても、街の人にとっても良い事はない。そうならないようにする為にも、早く手を打たなければ。

 その手を打つ、とは、具体的にどうすればいいのか。

 例えば、ベルさんを抱えているグロリオーサさんを狙うのはどうか。

 残念ながら俺は魔法使いでも精術師でもない。と、なれば方法は直接攻撃だけ。俺の獲物はサーベル。

 例えばサーベルを抜いて斬りかかったとしよう。相手は……駄目だ。どう考えてもベルさんを盾にする。

 では、サフランならどうか。

 彼は魔法を使うが、直接攻撃の術を持ち合わせてはいないようだ。と、なれば、魔法を使わせなければあるいはうまくいくだろう。

 だが彼を狙ったら狙ったで、やはりグロリオーサさんは抱えたベルさんを盾にしたまま飛び出すのは目に見えている。先程もそうであったように。

 更に、「この子がどうなってもいいの?」などと脅してくる可能性は高い。いや、脅しならまだいい。

 彼らの問題は、先程のアマリネさんとビデンスさんとは違い、明確な敵意と殺意があるところだ。

「おやおやー? 就職管理官様はこんなところで降参ですかー?」

 グロリオーサさんが挑発をする。駄目だ、これに乗ってはいけない。

 なぜかまた胃のあたりがざわざわとし、どうしても挑発に乗りそうになってしまい、両手にぐっと力を込めた。

「降参なんてしませんわー!」

「落ち着いて下さい」

 挑発に乗ったのは、やはりフィラさん。俺の背後から飛び出そうとしたのを掴まえてから、俺は大きく大きく息を吐きだした。

 まずい。この状況での正解が見当たらない。

 目の端にとらえる野次馬はその数を増している。なぜかその中で喧嘩も始まっているようだ。

 どうする。どうすればいい。いや、俺はどうしたいんだ。

 どうしたいのか……。野次馬を解消し、いちいち飛び出そうとする上に俺にとっての弱みになるフィラさんをこの場から離したい。

 その為の方法は? 方法は、今は一つ、か。

「フィラさん、あの方達を誘導し、一刻も早くここから離れて下さい」

「で、でも!」

「貴女にしか出来ません。お願いします」

 考えてみれば、忠告されていた。シュヴェルツェは人の感情を惑わす、と。そのシュヴェルツェが入ったというグロリオーサさん。

 彼がいる事により、周りの人の感情が高まっているのではないか。俺の胃のあたりの違和感は、これではないのか。

 と、なれば、ここに民間人を近づけるのは得策ではない。やはりここから離してしまいたい、という考えに間違いはなさそうだ。

「お、やっとお出ましかー」

 グロリオーサさんは、人込みのほうを見る。つられて俺も見れば、ルースとクルトさんだった。

 ルースは制服の下に着ていたシャツを包帯代わりに巻いて、止血を試みているようだ。そのシャツが派手だったので付着した血が目立つほどではないが、結構な失血量なのではないだろうか。

「……誰だっけ?」

「ほらほら、僕がさー、捕まえてこようとしていた男の子だよ。つまり、この前の一件で、君が酷い目に遭う要因になった一人っていうか」

「僕が酷い目に遭ったのは、1枚君のせいじゃないっけ?」

 これは、先日のベルンシュタインの姉を誘拐しようとしていた事件の話か。

「だーかーらー、この1枚君と一緒に居た、精術師君だよ」

「精術師って二、三人いなかったっけ?」

「うん、それの一番弱い子」

「あー、居たような気もしてきた」

 どうやら、サフランにとってクルトさんは眼中になかったらしい。

「なんだとー!」

「クルトさん、落ち着いて下さい」

 ずかずかとこちら側に近づいて来たクルトさんに声をかける。

「何だよ、落ち着いていられるワケ、無いだろ!」

「落ち着いて下さい」

 興奮している様子が見える。もともと血気盛んだからなのか、それともシュヴェルツェの影響を受けているのか。

「ジス先輩、落ち着いて下さいって何ッスか! つーか、何でまだベルがあいつの腕の中なんッスか!」

「落ち着いて下さい」

 ルースも興奮した状態で、大きな声を上げる。お前の声で、ベルさんが余計震えているが、それはいいのか。

「わ、わたくしだって、協力すればあの方くらいどうにか出来ますわ!」

「本気ですか?」

「ほ、本気ですわ!」

 本気ならなお問題だ。

 三人とも冷静さを欠いているのではないかと、どうにも心配になる。そして、それに充てられて、俺も胃のあたりのもやもやが強くなった気がした。

「おやおやー、君はツークフォーゲルさん家の精術師くん?」

「おう! オレはツークフォーゲル! クルト・ツークフォーゲルだ! つーか、オレの名前、知ってるだろ!」

「ふぅん、なるほどなるほど」

 グロリオーサさんは訳知り顔で頷いた後、クルトさんからルースへと視線の先を変える。

「そういえば、そっちの君は誰かを思い出すなぁ」

「オレッスか? つーか、ベルを返すッス。今すぐ、オレに!」

「うーん、誰だったかな」

 ルースを見て、誰かを思い出す?

 俺が眉間に皺を寄せたのとほぼ同時に、彼は首をかしげてから「ま、いいや」と再びクルトさんを見た。

「ねぇねぇ、クルトン」

「オレはクルトンじゃねぇ。クルトだ! 人をサラダやスープの上に浮いてるヤツみたいな名前で呼ぶな!」

「パパは元気?」

「……は?」

 なぜここで、クルトさんのお父さんの話が出るのだろうか。

「いやー、思い出したよ。思い出した。ツークフォーゲルってどこかで見た事があると思ってたんだよ。君のパパ――レヴィンと僕は、旧知の仲なんだ。ところで、パパの足や目は無事なのかな? 元気溌剌?」

「お前、何で、そんな――」

「おっと、名乗られたのに名乗っていなかったね」

 グロリオーサさんとクルトさんのお父さんが、旧知の仲? いや、年齢が合わない。だとすれば……。

「僕は、俺は、私は、ヘビちゃんは、シュヴェルツェ。今は、グロリオーサ・エルフ・シュヴェルツェ。よろしくね」

 この、グロリオーサさんとして話しているのは、シュヴェルツェ本人という事になるのではないか。そして、二十二年前の事件で、クルトさんのお父さんと関わりがあった可能性がある。

 そんな情報、局内の、少なくとも俺が閲覧出来る範囲にある資料には何も書いていなかったが。

「シュ、シュヴェルツェだと!?」

「ですから、先程から落ち着くようにとお話しています」

 激高したクルトさんに、俺は何度目かの「落ち着いて」を口にした。ああ、胃のあたりがもやもやする。


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