2-34 彼女を守りきれますか?
「あら、嫌だわ」
アマリネさんはやはり余裕そうな笑みを浮かべ、充分にクルトさんを引き付けてからほんの少しだけ場所を変えた。それも、木の陰へと。
そして魔法陣を描き始める。
クルトさんの槍は大振りで、木が邪魔をして上手く振るえないようだ。同様に、俺からも魔法陣は見えず、一体何の魔法を使うつもりなのかが予想出来ない。
これまでと同じように光の球なのか、それともカマイタチのようなものか。はたまた、別の物の可能性もある。
俺はそれを目の端に捕えながらも、結局このタイミングでフィラさんを解放するわけにもいかず、彼女を強引に立たせる事くらいしか出来ない。
「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す」
クルトさんが詠唱し終える直前に魔法は放たれた。
「あいつに風を!」
詠唱終了と共に、アマリネさんの放った魔法へと精霊の力がぶつかった。かと思えば、ザーザーと雨が降り注いだ。
「な――」
「きゃっ」
クルトさんは驚き、フィラさんはぬかるんだ地面に足を取られて再び転倒した。
アマリネさんは、どうやら水の塊をクルトさんに放っていたらしい。それがクルトさんの魔法によって舞い上がり、まるで局地的大雨になってしまったのだろう。
「丁度良いわ。やるじゃない、クルト君」
ニタ、と笑ったのはビデンスさんだった。彼女は笑いながらも魔法陣を描き、確実にこちら……いや、フィラさんを狙っていた。
丁度良い、は、ぬかるんだ事にかかっているのだろうか。
俺は小さく舌打ちをすると、転んだフィラさんの肩を掴んで引きずる。そのまま、俺も泥にまみれながら、もう二、三歩分引きずると、先程まで俺達がいた場所の植物がザン、と斬られた。アマリネさんが、植物を凪ぐあの魔法を使ったらしい。
護るためだったとはいえ、あまりにも不利な格好になってしまった。ここから、どう体制を立て直せばいいんだ。
「だー、もう!」
クルトさんは大声を出すと、槍を石の状態に戻し、フィラさんを小脇……は無理だったようで、肩に担いだ。
ある意味フィラさんから解放された俺は、直ぐに体制を立て直す。
なまじ制服が白いせいで、泥と草の色を吸って、もう少し汚れれば植物か何かに擬態出来そうな有様だ。
「お前にとって、厄介なものは何だ!?」
クルトさんに問われ、暫し考える。
正直、一番はフィラさん、二番はクルトさんだが、それを抜きにすると……。
「……軌道を変える魔法です」
「んじゃ、それをどうにかする!」
クルトさんが威勢よく返すと、担がれていたフィラさんがジタバタと暴れた。
「は、放して下さいまし! わたくしだって戦いますわ! 戦えますわー!」
「戦えてねーだろうが! ジギタリスの邪魔すんな!」
「嫌ですわ! 邪魔何てしておりませんもの!」
クルトさんは何とか暴れるフィラさんを担ぎながら、何度もこちらに向かってくる魔法を避ける。
「ジギタリス、オレはこいつを担いで魔法を避けながら、木に刻みつけられている魔法陣がどこにあるのかを教える! ツークフォーゲルならオレに見てきて教えてくれるはずだ!」
「……出来るんですか?」
「やってみねーとわかんねぇよ。でも、やってみる価値くらいはあるだろ?」
俺の疑念に、彼は胸を張って答えた。そのクルトさんの頬を、風の刃が掠めて血がにじむ。
「彼女を守りきれますか?」
「で、出来るし! ……多分」
心配になって尋ねると、何とも心もとない言葉一つ。
「ほらほら、もう一つ追加よ」
アマリネさんは更に魔法を増やした。また、光の球のようだ。
「多分では困りますが……」
困るが、もはやいくつの魔法が放たれているのかも分からない。
件の木に刻まれていると思われる魔法陣は一つではないのは明らかで、そのおかげでいくつもの魔法が縦横無尽に飛び回っているように見えるこの状況を、早く打破してしまいたい。
俺が一人であれば、と考えても、この二人が逃がしてくれるとも思えない。ある意味では人質を取られているのも同じだ。
と、すれば……。
「他に手だても有りませんね」
短く息を吐きだした瞬間、俺の直ぐ隣で魔法が爆ぜた。
キラキラとした光の粒は、安全な場所で見ていればさぞ美しい物だっただろう。追加で放たれた水の塊の魔法に反射した光景も含め、だ。
「優先すべきは、フィラさんが怪我をしたり……まぁ、怪我くらいなら構いませんか。それよりも、死亡しないようにお気を付け下さい。それと、貴方が怪我をする事も無いよう、お願い致します。信用しますよ」
「おう! 信用してくれ!」
「わ、わたくしだって戦えると!」
フィラさんは尚もジタバタと暴れる。
「フィラさん、今は貴女に何かがあると不味いのです」
俺は彼女が持ったままだったサーベルを取り上げながら、言い聞かせた。
「しっかりと身を護り、そして護られ、貴方が一番有効になるタイミングで協力して頂きたい。これも作戦の内ですよ」
「…………はい」
いかにも渋々、と言った様子ではあるが、とりあえずは納得してくれたらしい。
「ツークフォーゲル、魔法陣の位置を教えてくれ!」
クルトさんがツークフォーゲルに頼んで調べて貰っている間、俺達はまた魔法を避ける事に終始した。
フィラさんをクルトさんに任せられた事もあり、ようやっと冷静に魔法の軌道を見れるようになってきた。
「お、お前はっ、オレと同じで……あいつよりも弱いんだよ」
「それはそうだとは思いますわ」
必死に逃げながら、クルトさんは肩のフィラさんに語る。
――まずは一つ。
俺は一つの軌道を見切ると、おそらく刻まれているであろう木まで走る。近づけば、俺の想像通りの場所に、魔方陣が描かれていた。
フィラさんから没収したサーベルで、魔方陣を傷付けてから屈めば、そちらに向かって来た魔法によって木が倒れる。傷つければ、魔法の効力はなくなる。これが確実となった所で、また俺は二人の近くへと向かった。
「オレは、仲間を頼れと言われた。ちゃんと周りを見ろって教わった。この前、大魔法使いと戦った時に、敵にも味方にも言われたんだ」
彼は彼なりに考えて、成長している。
「お前も、ちょっとは考えて見ろよ! とりあえず乗り心地の悪いオレの肩で!」
「……ええ」
クルトさんはフィラさんを説得してくれている。そして、フィラさんも素直に聞いてくれている。
これはありがたい事だった。
「ジギタリス! オレの方から斜め45度の手前と、その右二本隣のでかいやつ!」
「クルトさん、後方から魔法が来ています。現在滞空中の魔法数、約6つ」
俺はクルトさんに指定された木をサーベルで立て続けに斬りつけながら、彼にも注意を促した。
彼にフィラさんを任せたおかげで、少し余裕が出来て来た成果が、俺の口から注意という形となってクルトさんに届く。
そうして、ついには木につけられた魔法陣を五つ斬りつけ、俺の指示で魔法の動きに慣れたクルトさんは、俺が言わずとも避けられるようになっていた。残りは、一本だ。
「左斜め上!」
「分かっています」
クルトさんの指示とほぼ同時に、地を蹴り、やや高い位置につけられた魔法陣をサーベルで思いきり傷つけ、その反動を利用してビデンスさんへと向かう。
反動のおかげで、普通に走るよりも速い。
「動かないで下さい」
あっという間に距離を詰め、俺は彼女を羽交い絞めにする。
動くな、という言葉は、何もビデンスさんにだけ言ったわけではない。俺の視線はアマリネさんへと向かい、暗に彼女にも伝えている形だ。




