2-25 ……あ、退勤時間ッスね
外での仕事を終わらせ、本局に帰ってからは書類仕事。帰って来てからの仕事中、会話は無く、なんとなく気まずい雰囲気が漂っている。
俺は何が悪かったかを簡単に伝えた後は、仕事に没頭してしまった。
本当はもっと向き合わなければいけないのだろう。だが、どうしても、どう伝えるのか、どうフォローしていくのか、という壁にぶち当たり、踏み込めないままだ。
途中、ナチに書類を届けたついでにバンクシアさんと顔を合わせた。問題がないかと聞かれたので、何でも屋で言われた事を伝えると「クレマチス様に伝えておく」と、あっという間に上にまで話がのぼって行った。
僅かに眉を顰めた表情を思い出すに、さすがに不味いと思ったのだろう。特に、ネモフィラさんの件に関しては。
「……あ、退勤時間ッスね」
フルゲンスさんが時計に目をやる。確かに、もう仕事は終わりだ。
「私はもう少し仕事が残っていますので、お二人は先に帰って下さい」
俺は二人にそう言えば、フルゲンスさんは「ウッス。お疲れっした」と頭を下げて部屋を出る。
「わたくしも、お先に失礼しますわ」
帰って来てからの指導でまた不機嫌そうにしていたネモフィラさんは、少しだけ頬を膨らませたまま、フルゲンスさんとは時間をずらして退室した。
一人になった執務室に残されているのは、残務と俺だけ。
手を動かしながらも考える。俺は一体、どうすればいいのだろうか?
上司に泣きついて、「降格してもらっても、解雇してもらってもいいから解放してくれ」とでも言うのか? いいや、それで一体何の解決になると言うのか。
それよりは、二人の問題点を分析し、性格に合わせた指導の方法を考えた方が良い。
だが、何を言っても殆ど話の進まないネモフィラさんへの適切な指導とは?
例えば、だが、フルゲンスさんに関しては、信頼関係が出来ればそれほど問題なく話していけるのではないかと思う。
問題行動は多く、今回のクルトさんに対する態度は目に余るものはあるが、あれの原因はなんとなく分かっていた。
嫉妬、だろう。
クルトさんがベルさんと絡むと、気に入らないような態度になっていた気がする。幼馴染が取られてしまう、という感覚に侵され、上手く判断出来なくなってしまっているのではないかと思うのだ。
何でも屋に行っていなかったとすれば、俺への態度はアレで、多少ナンパはするかもしれないが、ある程度仕事はこなしていただろう。いや、事実ある程度はこなしていた。
何でも屋以外の場所ではここまでのやらかしは無く、仕事が出来ていたのだ。
それはそうだ。普通課であっても、調書を取っていた事に変わりは無いのだから。
尤も、何でも屋に居るときと比べているだけなので、かなり仕事が出来ていたというわけではないが。
対して、ネモフィラさんはどうか。
彼女は、今までの育ってきた環境が問題だろう。と、なれば……どう、すればいいのだろう。やはり一番のネックはネモフィラさんだ。
俺は大きくため息を吐くと、今までやっていた書類を束ね、トントンと机の上に打ち付けながら整えた。
考え事をしながら仕事をしている内に、残務は殆ど片付いた。
それを、おそらくまだ居るだろうと踏んでナチの所まで持って行けば、想像通り書類の山に囲まれて残っていた。
「まだ、こんなに仕事が?」
「はい」
「病み上がりですから、程ほどにして下さいね」
「任せて下さい」
任せて、いいのだろうか。また別の部署の書類を溜めこんでいるんじゃないだろうな……?
「ジスさんは、それが提出書類ですか?」
「はい」
俺が持って来た書類を渡すと、彼はパラパラと確認し、「結構です」と頷いた。
……本当に、このまま放置して帰ってもいいのか?
「お帰りにならないのですか?」
一応確認しておこうと、俺は尋ねる。
「ええ。僕はもう少しお仕事があります。ジスさんこそ、まだお仕事ですか?」
「いえ……今日はもう――」
「仕事終わりに申し訳ないのだが、少し来ては貰えないかい?」
言いかけた所で、第三者に遮られた。
声の方向を向けば、まさかのクレマチス様とモルセラさんだった。
「ジスさん。クレマチス様のお言葉は、絶対です」
驚いていると、ナチが促す。
「分かっております」
俺は頷くと、「では、ついて来てくれ」と言って歩き出したクレマチス様とモルセラさんの後をついて行く。
「こんな時間に、悪いね」
「いえ、仕事ですから」
逆らえる筈もない。一体何の用なのかと、僅かに不安を覚えながらも、俺は二人について、クレマチス様の執務室まで案内された。
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