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管理官と問題児  作者: 二ノ宮芝桜
第二章
55/83

2-24 責任は、私にあります

「……で?」

 所長さんはクルトさんをスルーし、始終無言を貫いていたベルさんを見てから、こちらに視線を向けた。射抜くようなそれに、背中に嫌な汗をかいてしまいそうだ。

 このタイミングで、クルトさんがドアを開けっ放しにしたまま何故か猫背気味に、そろそろとした足取りで元の位置に戻っていなければ、もっと嫌な汗の量は多かったかもしれない。どうにも気の抜ける行動が目の端に映るせいか、謀らずとも和んでしまう部分があるのだ。

 ……そんな場合ではないのだが。特に、こちらの過失である以上は。

「君達があのタイミングで帰らなかったし、残っている調書をしに来た様子でもない。という事は、何かあったんでしょう?」

 冷たい視線を受けて、心臓が煩い。俺は「謝らなくてはなりません」と声を絞り出した。

「ああそうだな。しかし、本当に謝るのはお前か?」

「責任は、私にあります」

「ジス君、簡潔に」

「私と一緒に行動しております、フルゲンスとネモフィラが、クルトさんに失礼な物言いを致しました」

 俺の答えを聞いた所長さんは、にっこりと笑って「ふぅん」と相槌を打つ。今、この状況での笑顔というのは、苛立った顔よりも、もっとずっと怖い。

「ルース、何を言ったの? 自分で言った事を、自分の口で言ってよ」

「……ッス」

「何? 聞こえない」

 フルゲンスさんは躊躇いがちに小さな声で言ったが、所長さんはあくまでにっこり笑ったまま、はっきり口にするよう促した。

 フルゲンスさんは悪い事を言った自覚があるようで、息を飲む。

「超ダセー、使えねーッス……ッス」

「うんうん、そうか。それは、まさかと思うけど目を覚ましたクルトに言ったの?」

「……ッス」

「ッス、じゃ分かんない。言ったの? 言わなかったの?」

 どこまでも、自分の発言に責任を持たせる言い方だ。

「言ったッス」

「そう。最低だね」

 にっこりと笑ったままの返事は、当然心の底は冷え切っている事を示していた。

 フルゲンスさんは俯き、何故かフルゲンスさんに失礼な発言をされたクルトさんが慌てている。

「で、そっちのお姫様は?」

 だが、所長さんは口撃を緩める気はない。直ぐにネモフィラさんへと向き直った。

「精術師は魔法使いに劣るのですから、お気をつけになって、と注意をしましたわ」

「そう。これまた最低最悪」

 ネモフィラさんは、自らが悪い事を言ったとは思っていない。これに関しては、先程瞬間的に苛立ったが……やはり所長さんを怒らせるには十分な物だった。

 ベルさんとフルゲンスさんは俯き、ネモフィラさんは眉間に皺を寄せ、スティアさんは腕組みをして事の成り行きを見ている。何故か当事者のクルトさんはオロオロしているが、おおよそいい雰囲気とは言い難い。

「ジス君。まさか、君はそういう事を言ってはいないよね?」

「私は言っておりませんが、監督が行き届かず」

「いいよ。君は悪くない」

 弁解のつもりは無かったが、口にしてから弁解のように聞こえる事に気が付いた。だが、今更言い直すわけにもいかない。

「でもね、もう、この二人が担当なのは嫌かな」

 所長さんは俺の発言を気にしていないようだった。

 彼は己の希望を伝える為か、ため息交じりにクルトさんをちらりと見る。

「見ての通り馬鹿な子だけど、ウチの大事な所員なんだよ」

 クルトさんは驚いた表情を浮かべた後に、はにかんだ。スティアさんも満足げに頷く。

 なるほど、これは職場環境としては良いだろう。まさかこんな場面で調書が正しかった事を証明されるとは思わなかったが。

 所長さんは、住み込みで働かせているという所もあるのかもしれないが、どこか「父親」のように見えた。尤も、俺は自らの父にこんな風に言われた事も、庇われた事も無いが。

「ああ、ルース。君に対しては失望したよ。本当はベルと友人関係なのも気に入らないレベルだけど」

 所長さんが続けてフルゲンスさんを口撃すると、俯いたままのベルさんがビクリと肩を震わせた。

「それは、僕が口出しする部分じゃないからね。だから、ただただ、失望した、とだけ。結局は君も大魔法使い様だったわけだ」

 大魔法使い様、という部分を、わざわざ強調している。

 理由は分かっている。他者を見下す者の多い大魔法使いの仲間だな、と、暗に言っているのだ。

「お姫様に関しては、黙って自分を可愛がってくれる場所に引き籠ってろって感じ」

「まぁ!」

 ネモフィラさんが憤慨したように声を上げたが、所長さんはそれを一睨みで黙らせた。

「ジス君。悪いんだけど、この二人を担当から外す事を、上司に言ってみて貰えないかな? 君の一存じゃあ、決められないでしょ」

 当然だ。それでも、一応こちらの立場を考慮してくれているのだから、優しいくらいである。

「……はい。掛け合ってみます」

「よろしくね」

「本日は、申し訳ありませんでした」

 俺は深々と頭を下げた。

「君の顔に免じて、このくらいで止めておいてあげる。だからその二人を連れて、とっとと帰ってくれるかな?」

「はい」

 クルトさんはどこか不安な顔をしている。彼は悪くない。何一つ、悪い事等していなかった。

 むしろ散々振り回して傷つけたのはこちらだ。

 俺はもう一度頭を下げてから、何でも屋を出る事にした。

 フルゲンスさんは促せば直ぐに従ったが、少々渋ったのはネモフィラさん。俺は彼女を強引に引きずり、何でも屋を後にする。

 まだ仕事は残っている。それも、この二人を連れたまま、調書を取る仕事が残っているのだ。

 俺はぐっと唇をかみしめて「行きますよ」と、再度促したのだった。


   ***


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