2-20 何があったのですか?
「クルト、どうしたんだよ! クルト!」
ベルさんはクルトさんの腕をゆすっている。
外傷はなさそうだが、念の為止めさせた方が良いだろう。俺はベルさんを止めると、クルトさんが呼吸している事を確認し、脈を計った。
正常そうではある。印象としては眠っている、だが、実際はどうなのか……。襲われていたという話から、絶対に問題が無いとは言い切れない。
「ちゃんと生きてはいます。一先ず落ち着いて下さい」
「……ごめん」
問題が無いとは言い切れない事を隠して、ベルさんに今のクルトさんの状態だけを伝える。彼は未だに心配そうにしている。
いくら隠しても、確実に無事であると言い切れない事は、伝わってしまっているのだろうか。
「何があったのですか?」
俺はクルトさんから女性――おそらくは、ビデンスさんの異母姉のアマリネさんへと視線を移した。
「あ、あの、こちらの方が、背の高い男の人に魔法を向けられたかと思うと、急に倒れてしまって」
俺に何があったのかを、怯えたように話す彼女の言葉に、嘘は無いようだ。
ただ、「怯えたように」は嘘くさいが。
とはいえ彼女からは不安の気配が強く感じられた。クルトさんが襲われた事と彼女の間には、特に何かがあった訳ではないだろう。
けれども他に目論見がありそうだ、という印象がどうにも拭い去れない。
彼女は俺の質問に答えると、ぐるりとあたりを見回す。
彼女なりに状況を理解しようとした、といった様子だ。
「ど、どうして、ビスが?」
ぐるりと見回し、さも初めて気が付いたかのように、少しだけ驚いた表情を浮かべる。
「馴れ馴れしく呼ばないで。貴女がまた、ふしだらな行為をしようとしたから、止める為につけていただけよ」
「……そう、なの」
この会話からして、この女性はアマリネさんで間違いはないだろう。
と、なれば。何か企んでいるとすればこの二人はセットだ。
しかし理由が分からない。
あの場所で待っていたようなビデンスさんと、この場で待っていたようなアマリネさん。この二人が何かを企んでいたとして、誰かに接触するつもりであったのは確実。
人目の付かないところにおびき寄せるつもりだった、というのも間違いはない。
問題は、誰をおびき寄せるつもりであったのか。何をするつもりだったのか。また、どうやってタイミングを計ったか、だ。
「一緒に居たという男性は?」
「……驚いて、逃げてしまいました。あたしは、どうする事も出来なくて……あの……」
俺の質問に嘘くさい言葉を吐いた後、アマリネさんは大粒の涙をこぼした。
怯えている、というよりは、少し気が抜けたよう。と、なれば、目的はクルトさんではなかったのは確実か。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「アマリネ・ツヴェルフ・ボールシャイトです……」
「ありがとうございます。私はジギタリス・ボルネフェルトです」
念の為に名前を確認すると、間違っていなかったと確信出来た。
とりあえずはこの女性二人の身元の確認は出来た。推測はあとでも出来る。
俺はクルトさんに視線を戻した。胸は規則正しく上下している。
「とにかく彼を病院へ」
俺は慎重にクルトさんを抱えた。
見た目よりも随分とがっしりしている。が、意識の無い人間特有の重さと、だらりと垂れる手足が不安だ。
「お二人には、また後程お話を聞く事になるかと思いますが、宜しいですか?」
彼を抱き上げたまま、ビデンスさんとアマリネさんに確認する。
いや、確認する体を装ってはいるが、もう少しだけ話を聞くまでは逃がすつもりは無かった。
二人は声を揃えて「ええ、勿論です」と答えた。
「クルト、大丈夫だよな?」
「……病院へ急ぎましょう」
ベルさんが不安そうに見ているが、俺は安心させる言葉の一つも言えない。
「――おい、クルト! どこだ、クルト!」
がさ、と大きな音がしたのと同時。スティアさんが姿を見せた。
余程慌てているのだろう。制服のあちこちに、森の植物にひっかけた痕がある。
「クルトは、どこだ」
「ジ、ジスさんが」
ベルさんの返答に、スティアさんは直ぐにこちらに向きなおり、そして腕の中のクルトさんを凝視した。
「無事、なのか?」
「それを判断するのはお医者様です。とにかく運びましょう」
「ああ、そうか。そうだな」
スティアさんが大きく頷いたのを合図に、全員で森を抜ける為に歩き出す。
本当は走ってしまいたい位の気分だろう。だが、今のクルトさんがどういった状態なのかが分からない以上は、あまり激しく揺らすような事もしたくなかったのだ。
「スティア、どうして?」
ベルさんの質問に、スティアさんは「精霊が慌てて私を呼びに来てな」と返す。
なるほど、精霊か。精霊が見えていれば、多少距離があっても状況を伝えて貰える。
……もしも、ビデンスさんとアマリネさんが精霊を見る事が出来るのであればどうだ。タイミングを計った方法は解決だ。
しかしながらこの二人が精術師であると言う情報は全くない。
精霊は関係ないのか、それともまだ誰か協力者がいるのか。そもそもの目的が分からない以上、何かを推測する事も出来ない。
日が傾いてきた森を抜ける中、それ以上の会話も無く進む。
それぞれが何を考えているかも分からないままに。
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