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管理官と問題児  作者: 二ノ宮芝桜
第二章
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2-19 失礼ですが、お名前は?

「その姉を探していると、男の子が襲われているのが見えたものですから、思わず悲鳴を」

「悲鳴は、その場で?」

 冷静に、冷静に。

 彼女の言葉に、万が一にでも可笑しな部分があった時に直ぐ気付けるようにと、しっかりと聞いていく。

「ええ、その場で上げ、その、も、森の入り口まで走って来ました。そして、誰かいないかと、森の入り口で叫びました」

 既にそれなりに深くまで入り込ん出来た。

 それなのに、悲鳴を上げ、そこから怪我もせずに走り、更に森の入り口で大きな声を上げた、と。息の一つも乱さず、ドレスに大きな汚れも付けずに。

「その割には、あの場所で息を乱している様子は見られませんでしたが」

「そうですか?」

 俺が尋ねても、彼女は困ったように首を傾げるだけ。これは、今まで以上に言動に注意しなければなるまい。

 襲われたという少年を襲ったのが彼女だとは思わないが、その件を取り巻く何らかの事件が起こっている可能性は、否定しきれないのだ。

「失礼ですが、お名前は?」

「ビデンス・エルフ・ブライトクロイツです」

 この名前に、覚えがある。

 ハイルの名家出身の女性で、17歳。昨年までは家業の手伝いをしていた。

 そう言えば、最近は何をしているのか、といった情報は入ってきていない。家業の方が少々込み入った状態だった事から然程気にしてはいなかったが、義理の姉と接触がある、となれば話は別だ。

 彼女の義理の姉は、確か腹違いの女性で、ハイルの近郊ではあるがとても小さな町――シンマー出身だ。娼婦をしていた女性と、ビデンスさんのお父上の子で、彼女との間に大きな接点があるようには思えない身分。

 身分で物事を考えるのはよくないが、現実問題としてビデンスさんのお母上が毛嫌いしていた為、接触していたとは思えない。

「と、いう事は、義理のお姉様はアマリネ・ツヴェルフ・ボールシャイトさんで間違いはないでしょうか?」

「え、ええ」

 念の為に確認をすれば、帰ってきた言葉は肯定。

 いよいよもって、きな臭くなってきた。

 フルゲンスさんが「調書に書かれている人全員覚えてるんスか?」と尋ねてきたが、別に全員ではないと答えておく。

 俺が顔と名前を完全に一致させているのは、自らの担当区域の調査の対象者。職場の人間。それから学校で同じ学年だった人程度。

 他は情報さえ転がっていれば、都市近郊の人物や、犯罪者と、その犯罪者が犯罪を犯す前に深く関わりを持っていたと思しき人との照らし合わせは出来る。だが、とてもではないが国民全員は覚えきれるものではない。

 確かに、人より少しは記憶力が良いかもしれないが……。

 いいや、今は俺の事はどうでもいい。今じゃなくてもどうでもいいが。

「何故お姉様の後を? 先日まで一緒に生活しているような話は聞いておりませんでしたが」

「……ちょっとしたきっかけで、今はたまに顔を合わせる仲になったんです」

 ビデンスさんは口元に手を当てたまま。

 口元を見られたくない理由でもあるのだろうか? 例えば、俺に見られたくない感情が現れている、とか。

「それで、私の姉ともあろう者が、と」

 目を伏せるが、体よく俺から視線を外したようにしか見えない。

「思い出しましたわ。ブライトクロイツ様でしたら、数年前の船上パーティでお会いしておりますわよね?」

 ここまで沈黙を貫いていたネモフィラさんが、唐突に声を上げた。

 なるほど、名家であるブライトクロイツ家であれば、国王の親族であるネモフィラさんと接触があってもおかしくは無いのか。

「え、ええ。両親と伺いました」

「お父様の事、お悔やみ申し上げますわ」

「勿体ないお言葉です」

 そして、ある程度の事情を知っている、と。俺とは全く違う方向からの情報に、やや驚いた。

「お父さん、どうしちゃったんスか?」

「父は昨年、病気で亡くなりました。そうして亡くなってから、隠し子が居る事を知り、母もすっかりおかしくなってしまいました」

「あ、や、……サーセン」

 ……なるほど、家業が大変な事になっていたのは知っていたが、それを切っ掛けに『隠し子』の存在が広がったと。

 おかしくは無い、筈なのだが、どこか引っかかる。

「私は……そんな母に束縛されるのが嫌で家を飛び出したのですが、その折、腹違いの姉に出会って」

「え、義理の姉って、腹違いって意味ッスか!?」

「……ええ」

 フルゲンスさんの素直な態度は、かえって情報を得るには向いているのかもしれない。

 それぞれに、それぞれが向いている話し方があるのを思い知らされる。俺が尋ねると、どうしても尋問のように感じさせてしまうのだ。

 つまり、相手に警戒させてしまう、という事。

「ああ、もうすぐそこです」

 ピタリ、と、足が止まる。

 それと同時に、木々の隙間から見える所に倒れた少年の姿に、息が止まりそうになった。

「――っ! ク、クルト!」

 誰よりも先に動いたのはベルさんだ。声を上げ、駆け出した。

「ちょ、ベル!」

 慌ててフルゲンスさんが追い、俺達も続く。

 倒れた少年はクルトさん。直ぐ近くには、しゃがみ込んでいる赤髪の女性がいる。

「クッ、クルト!」

 女性の事を気に留めず、ベルさんは一直線にクルトさんへと駆け寄った。

「あ……しゅ、就職管理官さん」

 しゃがみ込んでいる女性は、潤んだ瞳でこちらを見る。

 露出の高い服に、人工的な強い香り。そういった商売をしている女性、と言われれば納得してしまうような、計算尽くで作り上げられた色香を放っているが、潤んだ瞳にだけは嘘はなさそうだ。

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