1-5 まとめましたわ!
ナスタチウムさんの執務室へと向かうと、「待っていましたわ!」とネモフィラ様が話し掛けてきた。
だが、俺の視線は彼女よりも、机の上に上がっている書類に向かう。
「あの、これは?」
乱雑に積み上げられた書類。俺が置いていった書類の消失。考えられる可能性は一つだ。
「まとめましたわ!」
「……はい」
何度見ても、積み上げられた書類のタワーは一つ。嫌な予感しかしない。
「ところでネモフィラ様」
「何ですの?」
「ナスタチウムさんは倒れるまで仕事をしていましたよね?」
「ええ」
念の為に確認。
「当然、終わった書類も有りましたよね?」
「ええ」
彼女は俺の指示を遂行出来たと思っているようで、無駄に胸を張っている。
「どこに?」
「まとめておきましたわ!」
……何度見たって、書類のタワーは一つだ。
「まだ目を通していなかった書類は?」
「まとめておきましたわ!」
ああ、あの書類のタワーに……全部吸収されて……。
このお姫様も上手く使ってナスタチウムさんの穴を埋めて行かなければいけないのか。出来る気がしない。
とはいえ、泣きごとを口にする余裕はどこにもない。何とかしなければいけない。それも、俺が全てを導いて。
「ネモフィラ様、私はバンクシアさんの命により、ナスタチウムさんの代わりに仕事を任されました」
「まぁ、そうですの」
ネモフィラ様はパチパチと瞬きをする。どうやら、階級無しがいきなり任された大仕事に驚いているようだ。
「したがって私は、ナスタチウムさんが回復するまでは、貴方の上司のような役割を担っていると考えて下さい」
「ええ」
「つまり、貴女に仕事の指示を出来る立場だ、という事です」
「ええ」
こんな説明を長々としないで、一気に指示を出したい所だが、相手が相手なだけに丁寧に行く。
「じきにクレマチス様の許可も得られるでしょう」
「ええ」
敢えて彼女の婚約者であり、第二王位継承者の名前を出した。この後ろ盾があるのとないのでは大違いだ。……おそらく。
「今直ぐに、あの書類を、ナスタチウムさんが目を通したものと、そうでないものに分けて下さい」
「折角まとめましたのに」
「けれども、別ける仕事が必要なのです。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「……分かりましたわ」
納得はいっていないが、やってくれはするらしい。
「私は他の者に指示を出してきます。またここには確認にきますので、どうかお願い致します」
「……ええ」
不機嫌そうだな。が、構っている暇はない。
「その書類を分類するのは、クレマチス様も望まれるかと思いますよ」
「頑張りますわ!」
嘘はついていない。最終的にはクレマチス様の目に入る書類なのだから。
本来なら、一介の職員が出来る発言ではないのだろうが、彼女を上手く使っていくには今はこれしか思いつかなかった。後でバンクシアさんには謝っておこう。
俺はネモフィラ様に比較的簡単な指示を出してから、他の仕事の関係もあって、一度執務室を後にした。