2-18 枚数で人を見るなと指導した筈です
「……ベルさん?」
何でも屋へと戻る途中、ベルさんの背中を見かけて声を掛けると、こちらを振り返った。一緒に居た、フルゲンスさんも一緒に。
てっきり何でも屋に居ると思っていたのだが、何故ここに居るのだろうか?
「と、フルゲンスさん」
一応付け足したが、二人とも気分を害した様子はない。そして、二人の間に漂っていた険悪な雰囲気も、払しょくされているようだ。
……ケンカのはずみで外に出て、仲直りをした、といったところか。
「ジスさん、その人見つかったのか」
「おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
ベルさんの気遣いに答えていると、突然、フルゲンスさんがバッと腰を直角に折る。
「ジス先輩、サーセンっした!」
謝、られた……のか?
「ええと、これは?」
俺は戸惑いながらも、フルゲンスさんに尋ねた。一体、何が起こっているのだろうか。
「オレ、前の部署の事を引きずってて、でもそれって先輩は関係ねーじゃねーッスか」
「ま、まあ、そうなりますね」
「でも、八つ当たりしてたッス。ジス先輩、全然悪くねーッス」
フルゲンスさんは頭を下げたまま続けた。
そうか、八つ当たりだったのか。八つ当たりだったのは分かったが、突然なんだ?
……あぁ、ベルさんとちゃんと話したお蔭で、彼の中で折り合いと言うか、整理がついた、という事か。
「オレ、ちゃんとするッス。今までサーセンっした!」
「……サーセンが正しい謝り方かどうかはともかくとしても、謝罪は受け取っておきます」
俺は面食らいながらも、彼の謝罪を受ける事にした。
元より、他の人に酷い態度をとらないのであれば、それでよかったのだ。
「まぁ! 13枚なのに、謝りましたわ」
……枚数で人を見るなと。いや、怒り過ぎるな。この件に関しては、今は軽い注意くらいにしておこう。
まずは人によっては言われたくない事がある、という所をしっかり覚えて貰う所からだ。
おそらくだが、彼女は情報が多すぎると混乱し、中に入って行かない。
「んなもん、当然じゃねーッスか。悪い事をした方が謝るんス」
当然のように放たれた言葉は、フルゲンスさんの物だった。
それにネモフィラさんはぽかんと口を開け、目をまん丸くしている。余程、13枚に言われた事に驚いたようだ。
「ネモフィラさん、私は先程、枚数で人を見るなと指導した筈です」
「……申し訳ありませんでした」
俺が注意すると、彼女は驚いた表情をひっこめ、頬を膨らませながらベルさんに頭を下げた。
謝った相手が、俺でもフルゲンスさんでもなかっただけでも、進歩に見える。態度は褒められたものではないのに。
「……別に」
対するベルさんは、ネモフィラさんを一瞥すると直ぐに何でも屋の方向へと歩き出した。
当然だ。
こんな風にふてくされた態度で謝られても、彼の気持ちが動くはずはない。そしてこれも、ネモフィラさんにとって大切な事だろう。
この程度で許されるのは、彼女の為にもならない。いくら進歩といえども、そんな事はベルさんには関係ないのだ。
その態度のまま、フルゲンスさんにのみ「帰ろう」と声を掛けた瞬間――
「だ、誰か! 誰か来て!」
焦った女性の大きな声が耳に入り込んだ。
一斉に四人で顔を見合わせると、誰が何とも言わずとも声の方へと走り出す。
どうやら近くの森――クルトさんとスティアさんと共に模擬戦をした方向から聞こえたようだ。
やがて森の入り口が見える。
そこには、肩口の開いた、この場にはそぐわない程に派手なドレスを来た女性が佇んでいた。
年の頃は、俺と同じくらいか。艶やかな長い黒髪を持つ女性は、不安そうな表情をこちらに向ける。
俺達が完全に近づけば、彼女は口元を片手で覆い、俯き気味に森の奥を指差した。
「何があったのですか?」
「男の子が……背の高い男性に、お、……襲われていて……」
俺の質問に、女性は震える声で答える。
「まあ!」
唐突に声を上げたネモフィラさんの視線は、女性の胸元に注がれている。11枚、のようだ。まだまだ真っ当な管理官としての道のりは長い。
だが、今はそんな事よりも、森の中で襲われているという少年の話だ。
俺はそちらの方向に向かう事を、フルゲンスさんとベルさんに伝えると、二人も一緒に行くと答える。
と、なれば残るはネモフィラさん。
俺達はこの女性に件の場所を教えて貰う必要があり、何の答えも示していない彼女を置いて行けばここに一人になってしまう。流石に、不味いか。
「では、ネモフィラさんもご一緒に」
仕方がなく促せば、意外な事に彼女は大きく頷いた。
「案内をして頂けますか?」
「え、ええ……」
女性はぎこちなく頷いた後、ゆっくりとした足取りでその方向へと案内をする。
足がもつれて歩けない、という状態なのか? いや、それにしてはただ単にゆっくり歩いているような足取り。身体全体のバランスも悪くないところから察するに、怪我もしていないだろう。
どうにも不可解だ。
「ところで、何故こんな所に?」
理由は分からないが、この場で案内を出来るのは彼女だけ。
俺は致し方なく歩調を合わせながら、今出来る質問をぶつけた。
「わ、私、人を探していて……」
オドオドしているような声で彼女は答える。近くで、物珍しげにネモフィラさんがキョロキョロしているのは怖いが、いざという時には首根っこを摑まえる心の準備だけはしておき、女性の声に耳を傾けた。
息の抜ける感じが、まるでワザとらしい。「緊張」や「怯え」とは、僅かながら声の硬さが違う気がするのだ。
気のせいであるのならいいのだが。
「ぎ、義理の姉、何ですけど、……こ、こっちに男性と入っていくのが見えて」
「マジッスかー」
相槌を打ったフルゲンスさんは、口笛を吹かんばかりだ。態度で、おおよその意味くらいは分かる。
こんな状態じゃなければ聞くに堪えず、恥ずかしくなっていただろうが……一回俺の感情は取り外しておく。
「それで、あの、そんな事は止めさせなければ、と」
「そんな事、というと、つまり」
「姉は、奔放な人なので」
確認、しなければよかった。
この場合の奔放とは、おそらく頭に「性に」とつくのだろう。恥ずかしい。
「マジッスかー!」
こいつは何故、ノリノリで返事をするのか。
いや、とにかくこの乱れた感情をどうにかしなければ。俺はこっそりと長く息を吐きだし、続きを傾聴する。




