2-15 わたくしが悪かったんですの?
屋敷には、婚約者に送ってもらった。それはよかった筈なのだが、心が晴れない。
「エニ、聞いて下さいまし」
「はい、お嬢様。なんなりと」
ネモフィラは家に帰り、寝る支度を整えて自室に戻ると、専属執事のエニシダに声を掛けた。
長い灰色の髪を一纏めに、細い目で常に微笑むこの執事は、非常に優秀だ。ただ、少々過保護でもある為に、ネモフィラと共に管理局に就職する事は無かった。
正確には「お嬢様が就職するのなら、私も」と散々ごねたが、ネモフィラの自立の為に許可される事は無く、こうして家で帰りを待つ者となっている。
「クレスにまで否定されましたの」
「それはそれは……」
エニシダはネモフィラを否定する事なく、言葉を濁した。
「わたくしが悪かったんですの?」
「私はどういった状況からそのような事に至ったのかを存じ上げませんので、何とも」
優しい言葉を聞きながら、ネモフィラは眼鏡をサイドテーブルに置いてベッドに潜り込む。
何故、あんなに不快な思いをしたのに、クレマチスにまで否定されてしまったのか。思い出すだけで、胸が苦しい。
「……エニ」
「はい」
置きっぱなしの眼鏡を磨き、ケースにしまっていたエニシダに小さく声を掛ける。
「わたくしは悪くない、って、言って下さいまし」
「……仰せのままに」
エニシダは、決して否定をしない。
「お嬢様は悪くありません。お嬢様は、今日も一生懸命に働かれました」
「ええ」
脆弱な優しい言葉を受けると、少しだけ胸の苦しさが和らぐようだ。
「でも、もしもわたくしが本当に傷つけていたとすれば……」
考えれば考えるほど、胸は痛む。
「そんな事……そんな事、ありませんわ。わたくし、悪くありませんもの」
ネモフィラは、寝具をぎゅっと掴んだ。今、言ってもらったではないか。自分は悪くない、と。
必死に己を肯定し、胸のつっかえを落とす様に大きく息を吐いた。
「エニ、ありがとう。下がって下さいまし」
「承知致しました。何かございましたら、直ぐにエニシダをお呼び下さい」
「ええ、ありがとう」
礼を口にすると、目を閉じる。エニシダが頭を下げ、部屋の明かりを消してから出て行った気配がする。
大丈夫だ、悪くない。ネモフィラはひたすらに己を肯定しながら眠りについた。
さながら、自己暗示のように。
***




