2-11 お二人とも、お仕事は進んでいますか?
事務所に戻ってドアを開けた瞬間、ため息を吐きたくなった。
一人はソファーに沈み、二人は雑談に花を咲かせ、一人は頬を膨らませてそっぽを向き、もう一人は椅子の上に立って「仕事とは!」と大演説。その光景を残り一人――所長さんがぼーっとコーヒーを飲みながら眺めている。
因みにテーブルの上に調書は見当たらず、仕事が進んでいる様子は少したりとも見られない。
「お二人とも、お仕事は進んでいますか?」
俺は、とりあえずは管理局として仕事に来ていたはずの部下に声を掛けた。その瞬間に、ネメシアさんがピョンと椅子から飛び降りる。
大演説を終えたらしい。
「へ? 仕事ッスか?」
「丁度良かったですわ。この方のお説教をどうにかして下さいまし」
フルゲンスさんは悪びれもせずに目を丸くし、ネモフィラさんは憤慨した様子でこちらへと来る。
二人とも、仕事という事を完全に忘れ去っているようだ。ため息が出そう。
「どうにかって、何! まだまだ全然分かってないって事!?」
ネメシアさんの頬は、リスか何かのようにパンパンに膨れていた。気持ちはわかる。ここまで頑張ってくれてありがとう。
俺は心の中で礼を言う。
それらを無視し、スティアさんはソファーにうずもれていたアルメリアさんの病状の確認をすると、ひょいっと抱き上げて階段を上がっていった。
おそらくは、彼女の自室に運んでいるのだろう。
「ジッキー、ごめんね。モッフィーが全然分かってくれないの」
「いえ、お手数をおかけしました」
モッフィーとは、と思ったが、ネモフィラさんの事だろう。
頭を下げるネメシアさんに、俺は頭を振る。貴女は十分に頑張ってくれた。ありがとう。
「ところで、途中で調査をしようとする素振りは見られましたか?」
「何回も、もう嫌ですわー帰りたいですわー、って言ってたよ」
俺も帰りたい。この二人を連れて帰って、早退して部屋の隅っこでぼんやりしたい。
あるいは一人で仕事をしていたい。
「……なにか弁解は?」
ジロッとネモフィラさんを見れば、彼女は肩をすくめた。
「ありませんわ。こんな無駄な時間を過ごす意味は分かりませんし、帰りたいと思うのは自然な事だと思いますの」
悪びれもしないのかよ。
「それにこの方、精霊が居るって言い張りますのよ」
……弁解どころか、精術師のいる職場に来てその発言をするのか。
俺はこの先、どうやって指導したらいいのだろうか。やっぱり昇進などロクな物ではない。
「居ますよ、精霊は」
「そうッス。精霊はいるッス」
「そうだそうだ! 精霊は居るんだぞ!」
俺、フルゲンスさん、クルトさんと、三人で口々に言えば、彼女は目をまん丸くして「え、居ますの?」と首を傾げた。
ネモフィラさんの厄介な所は、全ての言動に悪気が無い所か。
「居なかったらオレはどうやって精術使ってるんだよ!」
「手品か何かのような物では無くて?」
手品であんな事出来るはずがないだろう。
一応目の前で見せれば納得もいくろうと、俺はこっそりとタネを仕込む。
幸いな事に、手品も少し出来るのだ。何しろ俺は、管理官以外の就職先の選択肢があるのなら、大道芸人になりたかったのだから。
いや、今でも機会があれば大道芸人に転職したい。
それ故に、手品は勿論、ジャグリングや物真似の練習もひっそりとしていたりする。機会に恵まれて転職するのを夢見て。
「精霊に力を借りて、精術使ってるんだっつーの!」
クルトさんが頬を膨らませて怒っている。
居るものを、見えないからと言って居ないと決めつけるのは暴論。まして、精術師には見えているのだから、当たり前だろう。
「大体、手品と言うのはこういった類の物でしょう」
俺は握りしめた拳の中からスルスルとリボンを取りだした。
どこまでもするすると飛び出るリボンに、クルトさんが近づいてきてまじまじと見る。小さな声で「なんだこれー」と呟いている。
明らかに興味津々、といった様子だ。
「……クルト、こっち見ろ」
「なんだよ、ベル。今こいつが凄い事を……」
クルトさんがベルさんの声につられてそちらを見れば、今度はベルさんの耳からハンカチを繋げた物がどんどん出てくる。
どうやらベルさんも手品の使い手だったらしい。大道芸人になれそうになった暁には、ちょっと声を掛けてみよう。
「俺も手品はちょっとだけ出来るんだ」
「何だこれ、すげー!」
純粋にはしゃいでいるクルトさんを見ていると、もう一つくらい手品を披露してみたくもなるが、今はそんな場合ではない。
俺はネモフィラさんに向き直ると、「あのような反応をする方がタネを仕込んで精術を使っていると?」と尋ねた。
「今の、どうなってますの? ジギタリスさん、手からリボンが出ましたわよ。身体的な異常ですの?」
「手品、ご存知ですよね? ご存知だからこそ、精術と手品をいっしょくたにしたのでしょうし」
ネモフィラさんは首を傾げ、目を瞬かせる。通じて、ない?
「魔法ですの?」
「手品です」
最低限、魔法の原理くらいは知っていて貰いたい。何しろ彼女の婚約者は、大魔法使いなのだから。
「精術は?」
「精術です」
また目を瞬かせ、首を傾げる。駄目だな、これは。
俺はこの件は本局に帰ってからじっくり教える事にし、今度はフルゲンスさんに視線を向けた。
「それで、フルゲンスさんは何を?」
「お喋りッス」
「仕事は?」
「やってねーッス」
いっそ清々しい程に、残念な話だ。やっていない事を堂々と言われても。
「弁解は?」
「ねーッス。ベルと触れ合えてチョー楽しかったッス」
しかも無いのか。いっそ清々しい程に……止めよう。どんなに考えても俺の心の中に清々しい風は吹いてこない。
「触れ合う、って。ベルさんは犬猫の類ですか……」
「ご、ごめん、ジスさん」
俺の呟きに、何故かベルさんがしゅんと俯いて謝る。
「俺もルースに会えたのが嬉しくて、調査の事を忘れて喋っちゃったから……」
「ベルのせいじゃねーッスよ」
「そうですね」
フルゲンスさんは、ベルさんを庇ったつもりだったのだろうか。僅かに眉を上げたが、俺は構わず続ける。
「これに関しては職務を忘れて遊びにうつつを抜かした貴方の責任でしょう」
「ハーイ、ハーイ。サーセンっしたー」
雑な謝罪。本人に謝罪の意思はなく、それでも一応はそれを口にしたのだから、まだマシと捉えるべきか。
ただ、それを良しとしなかったのはベルさんの方だった。彼は驚いた顔をして、フルゲンスさんを見る。
「ルース、それは謝ってないだろ。俺も一緒に謝るから、ちゃんとしよう。な?」
「ベルが謝る必要はねーッス。ま、ちゃんと謝る気もねーッスけど」
「ルース!」
ベルさんの大きな声、というのは、今まで聞いた事があっただろうか。基本的に彼は大声を出さないのだ。
その声とは裏腹に、表情はどこか悲しそうだ。
仕方がない。今日はここまでにするか。




