2-10 本当に、終わりか?
「ところでクルト」
「何だよ」
スティアさんは、作ったような呆れ返った顔をクルトさんに向ける。
「私はお前が戦っている時、集中力が削がれぬようにと配慮をして大人しくしていたのだが」
「おう」
「お前は配慮も出来ないのか? この馬鹿が」
「うー……」
クルトさんが呻いている間に、スティアさんは小声で呪文を唱えている。それもおそらく、早口で。
ふむ。普通に会話をしているふりをして、不意を突く。悪くは無い。
それも小声である為に、俺はどんな精術が来るのかの予想が出来ないのだ。
「この場に砂の壁を」
スティアさんは、クルトさんと話すのを止め、身体ごとこちらへと向けると、最後の一節を口にした。
瞬間――ザァァ、と音を立て、土煙が上がる。それも、相手の姿が見えないレベルの土煙。
中々に厄介な精術の使い方をしてくる。
俺は冷静に見定めると、集中して気配を探る。正面にはクルトさん。
まぁ、馬鹿正直に正面から来るタイプではないとは思っていたが……。
ふと左に気配と、僅かながら汗の匂いを感じ、俺は身体を捻って、おそらく相手のレイピアが来るであろうあたりでサーベルを振るう。
一瞬にして金属の音が響いたが、次の瞬間にはもうスティアさんはいない。かと思えば、後ろ、前、と、的確に場所を変えて俺を狙って来ていた。
何度か繰り返しているが、どうも彼女は気配を消すのは上手くないようだ。
折角目くらましをしていても、これでは場所が簡単に分かってしまう。
何度も斬りつけられるが、その全てを俺はサーベルで捌きながら考える。これでも、クルトさんよりは強い、かな。
力で負ける事が分かっているからこその、奇襲のような作戦。気配さえ消せれば、もう少し通用するだろう。
尤も、先程まで依頼をこなしていたせいか、仮に気配を消せていても匂いは消せないだろうが。
段々とスティアさんは後退していっているようだ。クルトさんよりは早いが……あまり長引かせないように戦うスタイルである可能性を考えれば、この辺で終わりでも良いか。
俺は後退するスティアさんをゆっくりと追っていると、徐々に土埃もおさまっていく。
やがてはっきりと相手の姿を捉えると、彼女は肩をすくめた。
「あー、なんだその、参った参った。思った以上に厄介だった」
尚もじりじりと後退しているものの、降参と言った様子で左手を軽く上げる。
「ありがとうございます」
一応勝負はついた、と言ったところか。礼を口にしたが、どうもこれで終わりとは思えない。
スティアさんの緊張が解けていないように見えるのだ。
「ほらな、スティア! オレとお前と大差ないじゃんか!」
傍で見ていたクルトさんは、呑気に笑う。
その声の陰に、僅かにスティアさんの呪文が混じっている気がした。
「あいつに突風を」
俺に向かってくる突風。
だが、警戒していれば避けるのは難しくない。強い風を避け、一気に走ると、スティアさんとの距離を詰め――彼女の喉元にサーベルの切っ先を突き付ける。
「ああ、参った。今度こそ降参だ」
「はい、お疲れ様です。ご協力、感謝致します」
本当に、終わりか?
警戒しつつも俺は一応サーベルを鞘へと納めた。
が、次の瞬間! 素早くスティアさんが俺へと斬りかかる。
「――っ!」
俺は一瞬だけ息を飲み、素早く避けると再度サーベルを抜き、彼女のレイピアを叩き落とした。そして、開いている片手でスティアさんの利き手である右手首を掴んだ。
さすがにちょっとびっくりした。
何かやらかしそうだ、とは思ったが、躊躇いなく斬りかかって来るとは。
明らかにクルトさんよりも小賢しく、クルトさんよりも生存確率が高そうだ。
「ふむ、これでもダメだったか。流石にもう本当に降参だ」
「ご協力、ありがとうございました」
「スティア、お前ずるいだろ!」
クルトさんが怒った顔で、ずんずんとスティアさんに近づく。
本格的に、これで終わりで良さそうだと判断した俺は、彼女の手を解放してサーベルをしまった。
「いやいや、私とあいつとでは天と地ほどの体格の差があるのだ。このくらいしてもいいだろう」
「そうですね。これも立派な戦略の内です」
少し驚いたが、俺は彼女の戦略を評価している。
クルトさんはと言えば、驚愕の表情を浮かべて、俺とスティアさんを交互に見た。……彼も、戦略っていう言葉を覚えられればいいのだが。
スティアさんは勝ち誇った顔をしてレイピアを拾いに行き、その間に俺は調書に評価を書き込む事にした。
……またしても、クルトさんが背伸びをして覗き込んでくる。書き難い。
が、遠慮なく。俺はその項目に「B」と書き込んだ。
「納得いかない! 何でオレはC+で、スティアはBなんだよ!」
クルトさんは、頬を膨らませて地団太を踏む。子供か。
「あれも戦略の一つですし、精術を有効なタイミングで使っていたからです」
「むあー! ほんっっっとに、納得いかねー!」
「どうだクルト。どうやら私の方がお前よりも強いようだぞ」
「んなワケねーし! 絶対オレのが強いし!」
正面から、精術を使わずに戦った場合は、おそらくスティアさんよりもクルトさんの方が強い。
男女の差、筋肉量などを見れば、それは明らかだ。
だが、精術も含めて考えるのなら、スティアさんの方が確実に強いだろう。彼女の場合は、撤退も視野に入れながら戦う。
つまり、逃げるが勝ち、の状態に持ち込む可能性が高いのだ。
「いやいや、現実を見た方がいい。少なくとも調書の上では私の方が出来るようだぞ」
スティアさんがふふんと鼻を鳴らす。
彼女の勝ち誇った顔と、クルトさんの悔しげな顔を見ていると、俺は俺の考えを口にするのは止めようという気分になってきた。
モチベーションは大切だ。ありのままをクルトさんに話せば、より不機嫌になってしまいそうで怖い。
「お、お、オレだって、お前に勝てる部分とかいっぱいあるし!」
「例えばどこだ?」
スティアさんはレイピアを精霊石に戻してから、小馬鹿にした表情で尋ねる。
彼女、一々そういう顔をするな……。
「……きょ、胸囲」
ぎろっと、スティアさんの眼光が鋭くなる。
「ほう、死ぬ覚悟は出来ているようだな」
「うっせーよ! バーカバーカ!」
スティアさんの声は底冷えするほどに冷たく、クルトさんは怯んでいるようだ。
何なら俺も怯んでいる。俺に向けられた視線ではないとはいえ、少し怖い。
「人の肉体で言うのなら、私だってお前よりも背が高いぞ」
「オレの方がお前より筋肉ムキムキだしー!」
……怖、い?
「私の方がお前よりも貯金がある」
「オレの方が、オレの方がっ!」
あ、これ、ただの兄妹のじゃれあいだ。怖くない。
「あの、調書を進めても?」
俺は、兄妹喧嘩の一つであるのなら安心だ、と、口を挟んだ。
俺の意見は取り入れられ、何でも屋の中は定員いっぱいだろうから、という事で、ここでこのまま調書の続きをする事になった。
そして殆ど完成させた後、お馴染みの質問をした。
「現在のお仕事で問題などはありませんか?」
俺の質問に、クルトさんとスティアさんは顔を見合わせてから、満面の笑みを浮かべる。
「所長はだらしないけどいい人だし、ベルの食事は旨いし、アリアさんは麗しいぞ!」
「シアも、慣れてしまえば可愛いものだし、仕事も無茶な事はさせられていない」
これは、二人にとっては良い事だったのだろう。
「だから、問題なんかありません。精術師の誇りにかけて」
声をそろえて出た言葉に、俺は僅かに笑みを浮かべた。
精術師が安心して仕事を出来る環境。それがあの場所にあるのだと思うと、嬉しかった。
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