1-29 上げて落とすとは、これいかに……
「連れて来たぞ」
唐突にドアが開く。今度はノックなしで、スティアさんがネメシアさんに肩を貸しながら入ってきた。そしてネメシアさんを椅子に座らせ、彼女自身は壁に凭れる。
「スティア、座る?」
「馬鹿か貴様。黙って座っていろ。プリンを詰め込んで、無駄口を叩けないようにしてやるぞ」
「立ちたい!」
「馬鹿か貴様。ここにプリンがあるわけがないだろう」
「上げて落とすとは、これいかに……」
この部屋には椅子が一脚しかない。
ネメシアさんは肩を貸してもらいながら入って来たと言うのに、呑気にスティアさんに椅子を進めた。馬鹿か、とまでは言わないが……心の中で馬鹿かな、と少し思う程度は許されるだろう。
「あ、あの、スティアさん、これ……」
「ああ、ありがとう」
次に入ってきたのは、フルールさんと、推定アーニストさん。二人とも椅子を二脚ずつ持っており、フルールさんはその内の一つをスティアさんに勧めた。
彼女は受け取ると、ネメシアさんの隣に置き、どっかりと腰を下ろした。どうも、一々態度が大きい。
「良かったら、こちらをお使い下さい」
「ありがとうございます」
スティアさんの後に声を掛けられたのは俺だった。フルールさんに勧められるがままに、ありがたく椅子をお借りした。
残り二つはアーニストさんの持ってきた椅子。これには、フルールさんとアーニストさんが腰を下ろす。これで、全員そろった。
「まず、こちらから謝罪させて頂きます」
俺は今しがた腰かけたばかりの椅子から立ち上がると、全員を見回し、頭を下げた。
「この度は、大変な事に巻き込んでしまい本当に申し訳ありませんでした」
「巻き込んだ、っていう事は、管理官が取り逃した誘拐事件の犯人か何かだったの?」
誘拐事件での取り逃がしは、少なくとも本局ではない。取り逃がしたのは、死を刻む悪魔だ。
いや、こんな所でそんな話をする必要はないな。俺はゆるゆると首を振り、主犯の二人が何者であったのかを語る。
すると支局側からの非礼が露見した。アーニストさんの、誘拐されたときに支局に言いに行かなかった、という言葉に続いた物が、まさにそれだ。
「ま、この村の管理官に言ったって、多分無視されたんだろうけどね」
「そういった点、また昨日の聞き取りでの態度も含め、深くお詫び申し上げます」
クルトさんが、「あー……」という表情を浮かべている。これは、聞き取り調査を含めて、相当横着をしたのだろう。
特に、小さな町や村の支局に多いのだが、管理官と言う立場に胡坐をかき、横暴な態度をとる者がいる。このヴルツェル支局もまた、そういった環境だったのだろう。
王都に居ると耳に入ってこない横暴さの数々だが、ここに俺が来たのは丁度いい。折角なので、「素晴らしい支局」へ変える為に、少し手を入れ、問題を本局に持ち帰ってやる。
どんなに小さな町や村であったとしても、国民は大切な存在。俺達は、彼らの為の存在なのだ。
支局長という立場の者も、王都に連れ帰ればナチと同じ、六枚の管理官相当。確かに階級持ちではあるが、驕ってもらっては困る。
俺はヴルツェル支局の職員に変わって頭を下げながら、あの支局を立て直す算段を立て、それぞれの怪我の状態の確認、それから保障の面の話を済ませた。
そして新たな書類を出すと、今度は昨日の管理官を殺害したものについての情報を得るために口を開いた。
おおよその目途は立っている。
顔に13枚の入れ墨を彫った男など、そうそういないだろう。たまにある目撃情報と一致するそれは、五年前に起こった「カタストローフェ家、及びアオスブルフ家夫妻殺害事件」の犯人――アイゼア・カタストローフェのものだ。
これは精術師の夫妻が二組殺害された事件で、犯人はカタストローフェ家の長男。彼はその後失踪しているのだが、顔に13枚の痣をモチーフにした入れ墨をして、あちこちに出没しているらしい。
生き残ったのは、カタストローフェ家の長女、及び次男。アオスブルフ家の一人娘の三人。彼らは事件後暫く、管理局のヴニヴェルズム兄妹の実家に厄介になっていたが、これまた失踪している。
「昨日犯人二人を護送中に、顔に13枚の入れ墨を彫った男に襲撃され、管理官は六人中一人を除き全員死亡しました。犯人にお心辺りはありませんか?」
「ちょ! な、なんだよ、死亡って!?」
クルトさんが慌てて上体を起こし、苦悶の表情を浮かべる。どうやらこの件は知らなかったらしい。
「落ち着けバカ兄。寝てろ」
「シュバルチ!」
「シュヴェルツェだ」
すかさずスティアさんがクルトさんをベッドに寝かしつけ直し、途中で口を挟んだネメシアさんの言葉を訂正した。
「そう、その黒い蛇さんの使いで、ルルちゃんを引き渡す相手って言ってたよ。顔に13枚の痣の入れ墨がある精術師」
「は、はい。確かにブッドレアさんがそう言っていました」
「……こちらで、より調査を進めておきます」
そうか。シュヴェルツェ――未曽有の厄災を振り撒く蛇が出ていたか。
二十二年前に世の中を引っ掻きまわした、人の負の感情に付け入る悪魔のような存在。これが、アイゼア・カタストローフェと組んでいる可能性が出て来たとなると、不味い事になっている……。
俺自身、その事件を知っている訳ではないが、相当大変な事が起きたらしい、という程度には聞き及んでいた。詳しくは管理局に帰ってから調べよう。
「それ、オレ達が情報貰う訳にはいかねーのか!?」
「いや、クルトさん、風の精霊の精術師でしょ? 自分で探せば、管理官よりも多い情報が手に入るんじゃないの?」
アーニストさんの指摘にクルトさんが「うっ」と呻いた。全くの同意見だ。
何故情報に強い筈の精術師が、俺から情報を得ようとするのか。
とはいえ、人には得手不得手がある。
「こちらはこちらで、そちらはそちらで調べましょう。ある程度の情報がたまった暁には、各々の情報を交換、という事で」
「まあいいだろう。吹っかけても構わないのだろう?」
「こちらで調べの付かなかった情報であれば、言い値で買えるように交渉しておきます」
またスティアさんが値段交渉をしてきた。なんなんだこの子は。
「それと、これも謝るべき内容の内の一つなのですが」
俺は少し迷ったが、やはり言うべきだろうと、直ぐに口を開いた。
「皆さんで捕まえて下さった犯罪者二人は、その入れ墨の男によって逃がされてしまいました。現在、総力を挙げて探しております」
「早めに捕まえてね、ジッキー」
「ジッキーとは、私の事でしょうか?」
「そうだよ。ジッキー」
「……はい、ジッキーです」
軽い。俺、結構責められても仕方がない事を言った気がするんだが。
いや、罵られたいわけではないのだが、どうにも調子が狂う。
こほん、と咳払い一つ。
気を取り直して、ここに来たついでだから、と、ベルンシュタイン姉弟の調書を完成させると、スティアさんから投函を頼まれた手紙を片手に、ベルンシュタイン家を後にした。
何しろ仕事は立て込んでいる上に、支局の立て直しまで必要となったのだ。
時間は有限。相手を急かすように見えないようにしながら別れ、大慌てで山を下りる。
気がつけば、あまりの忙しさに俺の気は幾分紛れていた。これも、何でも屋の所員たちが無事だったからこそ、なのだろう。
誰にも死んでほしくない。
確かな願いを胸に、様々な手続きをして、汽車に乗り込んで王都を目指した。
***




