1-25 退屈って事は気に入らないって事さ
「管理官さんに、13回目を見て欲しいのに、邪魔をしないでくれるかな? 為り損ないの悪魔さん」
残党を皮肉ったそいつは、俺に向き直る。いつの間にか、手には新たなナイフが握られている。
一体何本隠し持っているのか。底知れぬ不安は、こいつの存在だけではなく、こういった部分も含まれるのだろう。
「ねぇねぇ、見てる? ちゃんと注目してる?」
「はい、注目しています」
「ありがとう。いくよ、13回目!」
死を刻む悪魔は、はしゃいだような声を上げながら、今まで刺していたそいつを仰向けに寝かせ直し、大きくナイフを振り被った。虫の息とはいえ、まだ意識はあったのだろう。
絶望的な表情で、声を上げる事すら出来ない残党から……目を離したくなった。
いくら殺すべき相手とはいえ、見ていて気分の良いものではない。けれども、やり口をしっかりと見ておきたい。相反する感情の中、俺はその時を待った。
「ドライツェーン」
カウントが、された。同時に眉間にナイフが突き立てられ、骨とナイフが擦れる嫌な音が耳にこびりついた。
「な、なぁ、助けてくれよ!」
震えながら、最後の生き残りである残党が、俺により縋りついてくる。
「そうだ。そう言えば仲間がまだいた気がするんだ。その情報をさ、管理官にやる。いいだろ? だから助けてくれよ」
生を渇望した濁った瞳には、「情報」とやらは無いと書かれているようだ。
「嘘はよくないよ。君達は3にまつわる物を何も保有していない。君達の言う仲間とやらの中にいた魔法使いにすら、3枚も、6枚も9枚も、12枚も、13枚もいなかった。だから中途半端なんだよ」
死を刻む悪魔は、わざとらしく肩をすくめる。
「だったらせめて、誰か体重が33kgだとでも明言していればいいものを。それも居ない」
成人男性ばかりの集団の中に、33kgの奴がいてたまるか。
「つまらないのは、退屈って事だよ。退屈って事は気に入らないって事さ」
……このまま黙って見ていても、こいつは13回カウントして殺すだけか。
俺は剣を握る手に力を込める。
「貴方は、この場で三人殺す事が出来れば満足なんですよね?」
「……そうだね」
俺が視線も外さずに尋ねれば、そいつは警戒したように首を傾げる。
表情の見えない仮面をかぶっているせいか、リアクションだけはよく見えるようにしているらしい。そうでなかったとすれば、常日頃からの癖か、どちらかだ。
「三人目は、私なんてどうですか?」
俺にすがりつく残党を引き剥がし、死を刻む悪魔との距離を詰める。
まずは右、と、右手の剣を振り下ろせば、彼はナイフで受け止めて直ぐに下がった。止めている間に左の剣で腹でも斬ってやろうと思ったのだが、俺の力を小さなナイフで受け流し、そのまま自然に俺と距離を取ったのである。
俺が想定したよりも上で、しっかりと剣を受け止められた。……やはり見た目通り、とはいかないようだ。しかしこれだけでは、まだ相手との体格差までは知る事が出来ない。
もう何回か剣を交え、出来る事なら相手の身体的特徴を知りたい。更に望むのなら、この場で仕留める、あるいは捕縛したい。
「ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン」
俺から逃れた死を刻む悪魔は、走って残党の方へと向かい、懐から新たなナイフを取り出しては放り投げる。恐るべきはその命中率。
百発百中で四本のナイフは残党に刺さる。
「嫌だ……嫌だ、死にたくない!」
残党はといえば、泣きじゃくった顔でよろよろと立と上がると、自らに刺さったナイフを抜き、その内の一本を手に、死を刻む悪魔に向かう。
これじゃあ、勝てるはずもない。が、俺には間に入ってやる気はない。
むしろ勝機だとばかりに、死を刻む悪魔の気が逸れるのを、じりじりと距離を詰めながら待つ。
「ツェーン、エルフ、ツヴェルフ、ドライツェーン」
だが、死を刻む悪魔は早口にカウントし、一気に残党への攻撃を畳みかけて殺すと、俺に反撃されないように距離を取った。
「この場で警戒すべきは君だった。そう、最初から」
俺へと向き直ったそいつに、隙は無い。が、押せばあるいは――
「うっかりこの結界に入り込んでしまった。とんだ計算外だ」
剣を構え直した俺を目の前に、死を刻む悪魔は懐から魔陣符を取りだす。
見た事の無い魔法陣が描かれている。一体何の魔法だ。
「仕方がない、爪は諦めよう」
ピン、と、魔陣符が弾かれた。
もうもうと霧が立ち込め、目の前にガラガラと瓦礫が落ちてくる。慌てて下がって身を守るも――霧が晴れれば瓦礫すら見えない。
「幻影?」
あれが幻影だとすれば……。俺の周りには、残党の死体が三体。死を刻む悪魔は、見事に三人殺して行った。
普段は持ち帰る三枚の爪はそのままだが……。これは、逃げられた。
ここまで来て、残党を始末したのは俺ではなく、その上大物に逃げられた。
危険人物をそのままにしてしまった。
「……クソッ」
仲間は死んだ。
制服は血まみれで、何も好転しなかった。俺は乱暴に頭をかきむしる。
苛立ってしょうがない。どうしてこんなに苛立ちが押し寄せるのか。かと思えば、仲間の死への深い後悔、悲しみ、喪失感が押し寄せる。
苦しい。どうしたらいいのかが分からない。こんな風に感情に飲まれるのは、初めてだ。
俺は膝を折り、その場に崩れ落ちた。
徐々に喧騒が耳に入り込むようになってきた。これは一体何だったのか。いや、死を刻む悪魔の言葉を借りるのなら「結界」か。
こんな風に悪戯に狩りを楽しむためにあいつは……。
「クソッ!」
俺はもう一度毒づくと、地面を拳で打った。痛みは感じないが、血が滲んでいる。
これは俺の物なのか、それとも別の誰かの血なのか。全く判別も出来なくなっていた。
「ジギタリス、残党は」
肩を掴まれる。ああ、バンクシアさんか。そうか、追いついて来たのか。
「……死にました。しかし、死を刻む悪魔には逃げられました」
徐々に感情に飲み込まれている状態からはよくなってきている気がした。だが、どうも理路整然とした受け答えが出来ていない。
「そうか。戻るぞ」
腕を引かれる。そうだ、立たなくては。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「戻ったら、改めて報告して貰う」
「……はい」
バンクシアさんの命に、出来るだけ感情を表に出さずに答えるのが、今の俺に出来る、精いっぱいの事だった。
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