1-21 故に、僕はジスさんは信用に値すると考えます
必死に仕事をこなし、午後に助っ人として参上したリリウムさんと、ライリーさんの手助けを受け、何とか円滑に仕事を回せるようになった。引っ掻き回す担当のネモフィラ様を、リリウムさんが押さえていてくれたのも大きいだろう。
そうして、夕方には少し休憩が取れる運びとなった。
もしも夜にまた仕事が入ると敵わない、と、俺は、少し早いがナスタチウムさんの様子を見に行くことにした。
「お加減はいかがですか?」
ナスタチウムさんの部屋を訪ねると、彼はぼんやりとした様子で起き上がった。
「……もう、夜ですか?」
「夕方ですが、少し時間が空いたので様子を見に来ました」
「様子、ですか」
ぼんやりと目をこする彼に近づくと、ゆっくりと俺のほうを見る。怖がってはいないようだ。
「昼食は食べましたか?」
「あーんしてもらっていないので、食べていません」
「……一人でも食べて下さい」
何? あーんにはまったのか?
俺は複雑な感情を抱きながらも、キッチンから、昨日テロペアさんに持って来て頂いた残りのスープを運ぶ。これは今朝、保温の役目を終えた容器ごと、保冷室に入れておいたものだ。
一応温め直した方がいいか、とも考えたが、飲ませた反応を見てからでもいいか、と思い直してそのままにした。
スプーンで一口分掬うと、「冷たいですが」と前置きをして「あーん」とナスタチウムさんの口元へ。彼は「あーん」と、今までの努力がなんだったのかと思うほど素直に、簡単に、スープを口にした。
そしてまた、もぐもぐと口を動かし、俺の「ごっくん」の合図で飲み込む。子供か。
「もしも、夜に私が来るのが遅くなっても、テロペアさんからスープを受け取って、お一人で飲んでいて下さいね」
「何故ですか?」
「遅くなるからです」
「何故ですか」
何故って……。
「ナスタチウムさんに十分な休息をとって欲しいからです」
「何故ですか?」
何故って。
「寧ろ何故、私がここにくる必要が? 怖かったのでしょう?」
「それは、そうですが……」
ナスタチウムさんはしばし考え込んだようだったが、やがて真っ直ぐに俺の顔を見た。こんな風に見てくるのは、初めての事だ。
「ジギタリスさんは、それほど怖くなかったからです」
あ、傷つかない。寧ろ有難い。
どこでそんな風に思い直してくれたのかは不明だが。
「今まで、何らかの体調不良があっても、利益もないのにこれほどしてくれる方はいませんでしたから」
「お父様がいらっしゃるのでは?」
「父は仕事が忙しいので。実家にいる頃はお手伝いさんが全てやってくれていましたが、それも仕事ですから」
そりゃあ、まぁ。
「よくよく考えたら、ジギタリスさんには特に利益もないのに、あーんしてくれましたし」
そんなにあーんは重要か。
「母がいれば、こんな感じだったのかな、と。昔読んだ本に、あーん、ってしているものがありましたし」
あーんは重要だな。
そういえば、ナスタチウムさんには母がいない。詳しい話は聞いたことがないが、少なくとも彼に物心がつく前にはすでにいなかったはずだ。俺にも、彼の母を見た覚えはない。
「故に、僕はジスさんは信用に値すると考えます」
「……ありがとうございます」
そしてジスさん。あーんの力は偉大だ。
「しかし、私を待っていて、ナスタチウムさんがしっかり休めないのであれば本末転倒です。私は、貴方の回復を望んでいるので」
「その為には、一人でスープを飲まなくてはいけませんか?」
「そうですね。様子は見に来ますので、どうかご自分でスープを口にし、薬を飲み、休んでいて下さい」
俺が頼むと、彼は「むむむ」と小さく呻いた。こんなに子供っぽかったっけ、この人って。
俺のイメージでは、無表情でクール、俺のことは苦手だが仕事は完璧。生真面目で、どちらかといえば取っ付き難い。そういった人だと思っていた。
「じゃあ、ナチって呼ぶようになったら我慢します」
「……まるで幼馴染か友人のようですね」
彼の交換条件は、まったく考えもしていない事だった。
「幼馴染で友人ではいけませんか、お母さん」
「お母さんは止めて下さい。ナチ」
名前を愛称にすれば、彼は口元をもにょもにょと動かす。嬉しい、のか?
「ジスさん、帰ってくるのを待ってます」
「待たなくてもいいので休んで下さい」
話が通じたんだか、通じてないんだか。俺はわずかにため息をついて、そして、スープをもう一口分掬って、「あーん」と食事を促した。
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