1-17 いらっしゃいましぇー
何でも屋での依頼を終えたその足で、レストランへと向かう。
ヴァイスハイト、という、精霊の名前を付けているその店は、値段と味が比例しているような店。おいそれと使いまくる事は出来ないのだが、今回は別だ。
「いらっしゃいましぇー」
ドアをくぐれば、ふざけた口調の男が挨拶のような物を口にした。
「こんにちは、テロペアさん。少々お願いがあって参りました」
「にゃににゃに? ジシュしゃんのお願いにゃら、出来るだけ叶えてあげゆよー」
聞けば聞くほどふざけている。が、本人はいたって真面目だ。
既に何年も「俺って噛みやすいんだよね」キャラを通しているせいか、しっかりと噛み方も板についている。
これが良いかどうかはさておくとしよう。頼みたい事に口調は関係ないのだから。
「実は、熱を出して倒れてしまった上司がいまして」
「ふんふん」
「夕食にスープを持って来ていただく事は出来ませんか?」
「シュープだけ?」
「……とりあえずは。どうも私のスープだと、飲むんだか飲まないんだか微妙で……」
今朝だって、ちょっとは口をつけたが、様子を見に行った頃には殆ど残っている可能性もある。普段は、昼以外は自炊しているが、今まで自分の料理を不味いと思ったことは無いのだが……。
「私は怖がられてはいますが、私が世話を焼かなければ、誰も何も……本人すら構わない可能性が高いんです」
「そりゃ、また……」
続く言葉こそ濁されているが、分かる。「そりゃまた、困ったな」だ。事実、俺はそれなりに困っている。
「せめて沢山栄養の入った美味しいスープを差し出せば飲んでもらえるのではないか、と」
「配達すゆのはいいよー」
よかった。これで食事の問題は解決だ。
プロが作った栄養満点の美味しいスープなら、飲んでくれるかもしれない。飲まなかったら俺が飲む。いや、明らかに俺も忙しいのだから、最初から俺の分も含めて頼もう。
「では、とりあえず三日。夜に配達をお願いします」
「はーい」
「交通機関は列車を使って下さい。そちらの運賃も含めてお支払いしますので」
「わかったー」
テロペアさんは手を上げて締まりのない笑みを浮かべた後で、厨房の方へと振り返る。
「ってわけらしいけど、異論はにゃいよね? ジジィ」
厨房の祖父へと話し掛けたらしい。
俺は自らの祖父にジジィと口にした事は無いので、彼の心中はよくわからない。
「……特別だ。ただし、テロペアが配達をしろ」
「はーい」
許可が出たのを喜んだらしいテロペアさんは、右手を上げてくるっと一回転してから、俺に笑顔を向けた。
華麗なるターンだった。
「じゃあね、ジシュしゃん。夜にシュープ持っていくね」
「はい、お願いします」
「今はお腹すいてにゃい?」
「ベルさんにお弁当を頂きましたので」
「おお、じゃあおれからはいらにゃいね。ベユのご飯があれば、にゃんでも出来ゆようににゃるし」
ベルさんの幼馴染らしい、愛のこもった評価は、お弁当に向けられたもの。俺は僅かに頷いてから、「お代は」と財布を出しながら尋ねたのだった。
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