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管理官と問題児  作者: 二ノ宮芝桜
第一章
16/83

1-16 本日は、当事務所をご利用頂き、誠にありがとうございます

「あー、私からはお答えできかねますが、信用して依頼した身としては貴方の行動制限は出来ませんからね。依頼を受けた後に口外する可能性もありますよね。それをどうにか制限してくれるのは、ヴルツェル村支局の方だと私は信じていますよ」

 暗に、向こうで好きなだけ搾り取ってもいいのだ、と匂わせる。

「それから、今の質問を私は聞いていません。私の与り知れぬ所で、もしかしたら金銭を絡む何らかの取引があるかもしれませんが、私の耳には入っていませんし、なんとも言えませんね」

「ふむ、いいだろう。中々美味しい依頼のようだ」

 スティアさんがニタァっと笑った。

 俺の意図はしっかりと伝わったらしい。よかった。

「この依頼、受けよう!」

「あ、君が決めちゃうわけね。いや、いいんだけどさ」

 スティアさんは活き活きとした顔で、俺の手をガッチリと握る。

 所長さんには悪いがこの件を頼む事が出来て、俺は助かった。後は無事、この人たちが仕事をこなしてきてくれるのを祈るだけだ。

「では、明日から向かって頂きます。その為の書類を今作成しますので、テーブルをお借りしますね。それと、精霊石を武器に変えた時の形状も、前回と比較しますので写真に収めてきて下さい。カメラはこちらで支給します」

 胸のポケットから写真を二枚出してテーブルに置くと、クルトさんが興味津々とばかりに覗き込んでいた。確かにまだ「カメラ」自体が珍しい。したがって、写真を見ることも少なかったのかもしれない。

 わずかに「すっげー紙」という呟きが聞こえた。すっげー紙って。

 つい笑ってしまいそうになる自分を律しながら、俺は平静を装って続ける。

 写真は、杖が写っているものと、銃とその弾丸が写っている物。これらは、これから調査に行って貰う精術師の姉弟の武器だ。

「精術師の姉弟の調書を完成させて下さい。ご両親の分は昨日受理したと報告を受けておりますので」

 説明をした後に、この場で書類を作る為に、床に置いていた鞄から紙とカメラを取りだしてテーブルに置く。書類作りを開始した俺の視界の端には、クルトさんがカメラに並々ならぬ興味と興奮を抱いている様がチラチラと映った。

「じゃ、三人組とベルは明日の準備をしてね」

 所長さん含む何でも屋の面々は慣れっこなのか、いつも通りに動き出しそうな気配だ。

「あ、その前にジスさんにお弁当作ってくる。ジスさん、疲れてそうだし」

「すみません、ありがとうございます」

 俺は書類から目も離さずに返事をする。普段であればしっかり顔を上げるのだが、今回は時間がない。ベルさんも分かっていてくれるのか、頷き一つでキッチンへと向かったのが気配で分かった。

 顔を上げていない分、気配で各々の行動を探りながらの作業だ。

 それ故に、当然クルトさんが未だにカメラを気にしている事もよくわかっていた。

「あの、カメラ、触っても……?」

 ついには、カメラを触るチャンスを自ら作り出す。

 触っても、も何も、今後触って貰って仕事をしてきてもらう訳だが……ここで一度慣れて貰おうか。

「では、動作チェックをしておいて下さい。不備があれば言って頂ければ、直ぐに別の物を持ってきます」

「い、一枚、撮ってもいいか?」

「どうぞ」

 今の内に慣れて貰って、しっかり仕事をして貰う。その為ならば、別に一枚くらい惜しくは無い。

 俺は書類から顔も上げずに答えた。

 クルトさんはといえば、恐る恐るといった様子でカメラに手を伸ばし、形を確認するようにペタペタと触っているようだ。

 満足すれば、誰か――おそらくアルメリアさんに向けて、シャッターをきった。

「おおお……」

「ちゃんと撮れていますか?」

「問題ない」

 問題なく撮れたらしい。よかった。彼が、ちゃんとカメラを扱う事が出来て。

「そうですか。ではその写真は差し上げます」

「マジか!」

「クルト君、気が済んだら準備ー」

「わ、分かってますよ!」

 所長さんに促され、クルトさんはカメラを置いて部屋を出て行った。

「ジギタリスさん」

「はい」

 今度はアルメリアさんだ。

「危ない依頼ではないんですよね?」

「はい。対象の精術師との仲が拗れているので、難しさはあるかもしれませんが、危険な物ではないはずです」

「よかった」

 アルメリアさんが、ホッと胸を撫で下ろした。

「本日は、当事務所をご利用頂き、誠にありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、お引き受けして頂き助かりました」

 もうすぐ書類は作り終えそうだ。

「出来ればあまり危なくない依頼で、あの子達が試用期間で切られないようにしてあげたかったので、助かりました」

「……ああ、それで」

「はい」

 先程の助け船は、この意図があっての物だったのか。

「わたし、クルトくんも、スティアちゃんも、シアちゃんも好きです。ベル君も同じだと思うんです」

 彼女がそう言うのだから、新入所員は悪い人ではないのだろう。仕事が出来るかどうかは別として。

「だから、実は挽回のチャンスは無いかと考えていたんですよ」

 書類を作り終えて顔を上げると、丁度良かった、と、人好きする笑顔を浮かべていた。

「一番危ういのはクルト君なんですけど、きっと彼には彼の得意な事がある筈。それを見付けられもしない内に一緒に過ごせなくなるのは、寂しいな、って」

 おっとりしているようだが、彼女には彼女の考えがある。

「わたしも、ここに拾って貰えなければお仕事なんて出来ない身の上だったので」

「……そうでしたね」

 美しく穏やかなだけの女性ではない。アルメリアさんは芯の強い女性。見かけほど周りに流されるタイプではないのだ。

 一応事務仕事担当ということにはなっているが、本当に依頼が無くギリギリの状態になった時に、どこからか依頼をとってくるのは、彼女なのである。

 腹黒いとは思わないが、甘く見ていい相手ではない。彼女と話すと、いつもそう思う。

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