1-14 ホットコーヒー、ブラック一つ入りまーす
思いの外、簡単に許可は得られた。
俺は仕事の合間を縫って『何でも屋アルベルト』へと向かうと、直ぐに中に通される。
「ジスさん、久しぶり」
所員であり、ここの所長――フリチラリア・ドライツェーン・アルベルトさんの義理の息子に当たるベルさんは、微笑みを向けてくれた。
どうにも、このあまり表情の変わらない顔と、職業的にはありがたい恵まれ過ぎた体格のせいで、幼馴染まないナスタチウムさん然り、人を怯えさせてしまう事が多いのだが、 彼との付き合いも、何だかんだでもう二年だ。
最初こそ警戒心をむき出しにしていたが、今ではすっかり慣れてくれていてありがたい。
「今、コーヒー淹れてくる。座って待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
好意には素直に甘え、適当な席に腰かけて、持ってきたもろもろの物品の入った鞄を床に置いてから、帽子を取った。
人の増えた何でも屋のテーブルには、椅子が増えている。例の新人が面接に来る前にでも増やしたのだろうか。
「ホットコーヒー、ブラック一つ入りまーす」
「いつからここは喫茶店に?」
ベルさんは、俺のツッコミにニッコリと笑うと、そのまま何も答えずにキッチンへと向かった。
彼は男の俺から見ても非常に美しい顔立ちで、いつもニコニコしていれば、物語の王子様のようにも見えるかもしれない。その実それなりに警戒心もあるようで、慣れるまではあまり笑顔を向けては貰えない。
俺はひそかに、彼に笑顔を向けて貰えると、安心していた。
よかった、まだ嫌われてはいない。怯えられてはいない、と。
存外小心者なのは、一体誰に似たのか。もしもこれがバンクシアさんに似ているのだとすれば、俺はきっと、もう少しだけ歩み寄る希望を捨てずにいられるだろう。
あくまで、それを知る機会があれば、だが。
それほど待たずに、コーヒーが運ばれてきた。添えられているお菓子は、さくらんぼが入ったバターケーキか。詳しくは分からないが、キルシュヴァッサー特有のさくらんぼの香りが鼻孔を擽る。
「ありがとうございます」
「いや、いいよ。折角だから食べてくれ」
「はい、それでは遠慮なく」
ベルさんは、お菓子作りが得意だ。お菓子だけではなく、料理も、か。
フォークで切り分けて口に運べば、程ほどの甘さと果実感が楽しめた。もう少し造詣が深ければ、色々と細かい部分が分かった上で賛辞を口に出来たのだろうが、俺は色々考えて、「美味しいです」としか言えない。
が、ベルさんは嬉しそうに顔を綻ばせ、「今日の用事は?」と上機嫌に尋ねてくれた。
「今回は、管理局からの依頼がありまして……」
「わかった。所長を呼んでくる」
「お願いします」
ベルさんは、スキップするのではないかというほどの軽い足取りで、所長さんの元へと向かった。
待っている間の俺と言えば、バターケーキにすっかり夢中になり、コーヒーをちびちび啜りながらも、バターケーキは大口で頬張る。
そうしてケーキが無くなった頃に、新メンバーを含めた何でも屋の面々と対峙する事になったのだった。