1-13 何でも屋に依頼してはどうか、という話です
「あ、ジスさん! ジスさん大変で変態なんです!」
「どこに出たんですか?」
出勤して直ぐに、俺にペンステモンさんが駆け寄ってきた。この忙しいのに、変態が出た報告か。
深夜にでも出たのか?
「すみません、間違えました! 大変が大変なんです!」
「まだ直っていませんが……どうしました?」
どうも変態ではないらしい。せめて変態よりは安心出来る内容であればいいのだが。
「先程ヴルツェル支局から連絡があったんですよ」
嫌な予感しかしない。
「平たく言えば、精術師の調書を取れないからどうにかしてくれ、っていう事らしいんですけど」
「嘘だろ……」
俺は頭を抱えてその場に蹲りたくなった。
ヴルツェルの精術師と言えば、ベルンシュタイン一家。この家の夫妻は、昨日別の支局で調書を受理したという連絡が来ている。従って、今、夫妻は所用で家を空けていると推測される。
だが、今まで何の問題も無いと報告を受けていた。急に調書を取れなくなるほどの何か、とは何だ。
「何故かはわかりますか?」
「調査に応じて貰えないとかなんとか……です」
調査に応じて貰えない、となると、機嫌を損ねるような事をやらかしたのではないだろうか。その尻拭いで本局に泣きついてきた、としか思えない訳だが。
それが事実である裏付けは、直後にペンステモンさんから渡された「平たく言えば泣きついているお手紙」を受け取った事で出来た。読み終わった後に喉元まで出かかった、自業自得だという言葉は、寸でのところで飲み込む。
どうも今まで、本局の目が届かない支局でありがちな、上から目線管理官の増殖に成功し、精術師相手だからと馬鹿にしまくって調査してきたらしい。
何が問題って、精術師を見下している感情はそのまま変わっていない所。手紙だけで分かるって相当だぞ。
そりゃあ調書も取れなくなる。俺が精術師であったとしても、やっていられなくなるだろう。
「……今日からの予定はどうなっていますか?」
ため息交じりに尋ねれば、彼はやや考えた後に口を開いた。
「実は昨日の大捕り物とナスタチウム先輩バタンキュー事件の影響で、暫くほとんどのチームが二進も三進もいかなくなくなっているんです。無理やりどこかに隙間を作れる人はいるかもしれませんが……その寄せ集めのメンバーで、拗れている状態の精術師から穏便に調書を取れるかは、ちょっと」
ありがたい事に、俺が事を穏便に済ませたい事まで考慮して貰えている。
それにしても、タイミングが悪い。
ナスタチウムさんが倒れた影響でごたごたしているだけならまだしも、大捕り物が重なり、更にこの仕事。いっその事、この件だけでも外注してしまいたい。
「……ああ、なるほど。依頼出来ればいいのか」
「何か案が?」
素直に頷き、続ける。
「調書を取る件だけ、知り合いの何でも屋に依頼してはどうか、という話です」
「許可、出ますかね?」
「話してみても損は無いでしょう。最近その何でも屋に、精術師が入ったという話ですから」
「精術師同士なら上手くいくかもしれませんもんね!」
ペンステモンさんが明るく笑ったので、「そうですね」と相槌を打った。
そうと決まれば上に話をしてきたい。駄目なら駄目で、別の方法を考えるしかないのだから。
「あ、でもその前に、クレソンさんと話し合った方が良いですよ」
「そうですね」
ここは同僚とも話しておきたいのは確かだ。まして彼は、自分の順番を飛ばされるのを嫌う。
「おはようございます」
丁度いいタイミングで、クレソンさんが出勤してきた。
「クレソンさん、ちょっと」
「何ですか? ……面倒事でも?」
頷くと、僅かに顔を顰めながらも俺の傍にまで来てくれる。これまでの経緯と案を軽く話せば「うーん」と、表情をより厳しくさせた。
「他の人には頼めませんか?」
「関係が拗れている事が想定されますので、出来れば修復もしておきたいんです。今の内に」
「まぁ、放っておくわけにはいかないですが」
クレソンさんは眉間に出来た皺をほぐしつつ、大きな大きなため息を吐く。
「火種は小さなうちに消しておきたい、というお気持ちは分かりますが、外に恥を広げるのをどう捉えられるか」
ふむ。管理官としての外聞を気にしているのか。更に言えば、この外聞が悪くなる可能性の提案をクレソンさんからの物であると思われたくない、と。
問題がそれだけなら、話は簡単だ。
「あくまで私からの提案、という事で、バンクシアさんに話を通すのであればどうでしょうか?」
「……まぁ、いいでしょう。許可されなかった時に備え、他の案をいくつか考えておきますので、結果が出たらお知らせ下さい」
「はい」
俺の想像は当たっていたらしい。バンクシアさんに通してもいいと許可が出た上、他の案を考えていてもらえるのなら、それに越したことは無い。
少しだけ胸を撫で下ろし、その足でバンクシアさんの元へと向かった。
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