八話
ちりりんとドアベルが鳴って「ユアン、いるか?」と聞き覚えのある声がした。どうやらエドワードが来たらしいが、いきなり工房へ入って来ずにユアンの出迎えを待っているようだった。
おそらくここまで入って来るであろうことを予測して私は深呼吸をする。身なりを整えようとも手櫛で髪を整える程度だ。自分の髪型がどんなものかもまだ知らないけれど。
覚悟を決めて待っているとユアンがエドワードともう一人、取っ手付きの箱を持った女性を連れて入ってきた。
―――誰?そこまでの覚悟は出来てないよ。
「この前ミコトちゃんの服を見た時に流石にその服はどうかと思ったからね。クレアさん連れてきた」
「そ、そうか」
「小人に贈る服を依頼されるなんて初めてよ」
既に怖気づいていた私はクレア、と聞いてはっとした。私の名付けで悩んだ時にユアンがポロリと零した名前だ。ここでうまく立ち回れば、私、ユアンのキューピッドに成れるかも?
クレアさんは清楚、清純と言った単語が似合う品の良い大人の女性と言った感じだ。男性が憧れの対象とするお姉さん的な感じ。
前世の私だったら劣等感の塊と化して挨拶もろくにできないと思うけれど、今の私はただのホムンクルス。小人、無力、容姿は不明。比べるべくもない。
大丈夫、多分この人は怖くない。頭では分かっていても手は服をぎゅっと握りしめている。
「初めまして、ミコトです」
「あれ、俺の時と態度が違う」
エドワードは無視。……と言うか私の対人能力では一人が限界だ。でも何とか挨拶出来た後は会話が続かない。取り敢えずにこにこしておこう。緊張で口が歪みそうだけど。
「すごい、挨拶も出来るのね!こんにちは私はクレアよ。服を贈られると家を出て行ってしまうと聞いたけれど、別の種類の小人かしら。レプラコーン、ブラウニー、……それにしても随分可愛いわね。小人と言うより妖精みたい。まあ小人も妖精の一種なんだけど」
怒涛のおしゃべりが始まった。この人もか。……逃げたら心象悪いよね。我慢我慢。
クレアさんは華やいだ声で頬を赤らめている。女性が小さくて可愛いものをめでるのは異世界でも同じらしい。
でも、可愛いって……?ユアンは微妙な言い方をしてたけど、どちらなんだろう。
「ユアン、お代は俺が払うから心配しなくてもいい。何着必要かはミコトと話し合って決めるとして、あと布団なんかも必要みたいだな」
「任せて下さい。さあさ、採寸を始めるので男性は出て行ってくださいな」
「ミコトに性別は無い」
「……見たの?女の子かも知れないのに?」
クレアさんのちょっと怖い顔にユアンは一瞬固まり、慌てて全力で自己弁護を始める。
「は、初めは服も来てなかったから不可抗力だ!」
「そうです!ユアンに変な趣味は有りません。針仕事は苦手なのに服を作ってくれましたっ」
私も慌てて必死で援護射撃。頑張った、頑張ったよ私。初めて会った人にこんな強い口調で話せるなんて思ってもみなかった。
ユアンもエドワードも驚いている。クレアさんはにっこり笑って私の頭を撫でた。いきなりのスキンシップに逃げる暇もなく固まっているといつの間にか男性陣はいなくなっていて、初対面の人と二人きりにされる恐怖を感じる暇もなく作業が始まった。
持って来た箱は裁縫箱で、開けると布地や針山や糸などがたくさん入っていた。
「こういうのが着たいと言うのはあるかしら?」
「自分の容姿がどのようなものか、鏡を見ていないので全く分からないのですが」
「そうなの?えーっと鏡かがみ」
クレアさんは箱の中から手鏡を出してきた。
色素の抜けたような白い髪にエメラルドの影響だろうか、緑色の瞳だった。頭と体の割合を見る限りは小学校低学年くらいの子供と言った感じ。真っ白な肌の色は普段から自分の手足で見ているが、こうして鏡で見ると一層際立つ。
可愛い、けれど表情が全くなくまるで作り物みたいだ。
「生きてるのに死んでいるみたい」
ぽそりと呟いた言葉はクレアさんに否定される。
「そんなことないわ。多分着る服によって大分印象が変わる顔立ちよ。ほら」
沢山の布の切れ端を鏡の前に立つ私の首元に充てられる。明るいパステルカラーを当てれば顔色がよく見え幼い感じに、暗い色を当てると少し大人びた印象に見えた。
しばらく鏡の前であーでもないこーでもないと布をとっかえひっかえしているクレアさん。見え方が変わるが全く変わらない表情の自分をつい前世と重ねてみてしまう。笑顔を絶やさず仕事をしているクレアさんと比べてひがみ根性たっぷりの言葉がつい口に出てしまい、深く後悔した。
「笑えば可愛いのにとか言わないんですね」
前世で言われた、ひどく傷ついた言葉。何度か言われたことがあるが、言う人は決まって笑顔がチャーミングで自分に自信を持っている人だ。
笑っているのに気づかれなかったこともあって、なんで笑わないのと指摘されたこともある。
生まれ変わったのに人見知りな事と言い、魂に染みついてしまっているのだろうか。いきなり初対面で言われた方は驚くかもしれないと思い直し謝ろうとするが、先に口を開いたのはクレアさんだった。
「笑わなくても可愛いもの。ユアンを必死に弁護している姿なんか一生懸命でいじらしくて可愛かったわよ」
凝った言葉では無く何気ない言葉なのにすとんと心に納まる。皮肉や嘲笑の混じっていない、優しい言葉。自分の取った行動が褒められるなんて今まで無かったから何だかくすぐったい。
前世であんなに生きにくかったのに何でこの世界はこんなにも優しいの。涙が出そうだよ。
クレアさんは今度はメジャーを裁縫箱から出して採寸を始めた。数値のメモを取りながらおしゃべりを続ける。
「好きな色は何色かしら?」
「青。深い海のような濃い青が好き」
「そう。では最初の服は青と私が着せたいピンクと、瞳の色に合わせた緑の三着のワンピースにしましょうか。様子を見ながら増やしていくとして、上に羽織るものと下着も必要ね」
手早く型紙を作り、体に当てていく。裁縫を職業としている人はこんなにも早く仕事をしてしまうのかと感心する。私もユアンに頼り切りではなくて何か仕事をしなければ。でもこの大きさで出来る事って何だろう。
作業をしているクレアさんの目を盗んでまち針を持ってみた。重たくは無いけど私が持つと何だか杖のようだ。縫い針にしてもこの大きさを自在に操るにしては……と、考えながら動かしていると手が滑って危うく足を串刺しにしてしまう所だった。危ない危ない。
持ち直して針山に戻す。うまく刺せなくて難儀しているところをクレアさんに手伝われてしまった。
「はい、おしまい。後は帰って作るわ。明日持って来るわね」
「そんなに早く出来るものなんですか」
「人間の物に比べれば小さなものだし、何より私のやる気がみなぎっているのよ。ミコトに早く可愛い服を着せたいってね」
目がキラキラしている。好きな事を仕事にしている人はとても生き生きしていて羨ましい。
翌日。ユアンが置くタイプのハンドミラーを用意してくれた。私にとっては姿見となる大きさ。クレアさんが持ってきてくれた服を着て覗き込むと、そこには妖精さんがいた。自意識過剰?でも自分とは思えない嬉しそうな顔をした女の子が鏡の中にいるのだ。
「やっぱり、良く似合ってる!」
クレアさんの言うとおり本当によく似合っていた。
群青色のワンピースは襟と裾に白いレースがあしらってあってお嬢様気分だ。腰部分には後ろで結べるリボンが付いていて、足には布を巻きつけてブーツのような靴をはいた。すごい。細かいのにこんなところまで造りこむなんて。
他の服もそれぞれ違った形で可愛く仕上がっていた。前世では着たことのないタイプだが、この姿なら恥ずかしいこともない。
鏡の前に立ってくるくる回っているとユアンが理不尽なことを言う。
「女の子だったのか……」
「中身は女の子だって言ったじゃないですか」
「いや、話は聞いていたが意識はしていなかったからな。乱暴な扱いはしていなかったつもりだが何か失態を犯してはいなかっただろうか」
「大丈夫ですよ」
現金なもので自分の容姿がそこそこ可愛いと分かったこと、服を作ってもらった事によってほんのちょっぴりだけ自信がついた。人見知り、治せるかな。
タイトル……合う物が見つかりませんでした。