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六話 客死

 薬の件、よろしくと言ってエドワードはそのまま帰って行った。つまみあげられたままだった私はゆっくりと作業台の上へ降ろされる。話をすると言ってもどこから話せば良いのかと、ユアンを見上げる。


「死者の冥福を祈るときは手を合わせる。食事の前にも同じような仕草で命に対して感謝を表す。人に頼みごとをする時もそうだな。合掌と言って両の手のひらを合わせる。故郷では当たり前にしていたことだがこの辺りでは通じない」


 ユアンはそう言っていただきますのポーズをした。宗教から来ていると説明しようとしたが、考えてみれば神社の前でもお墓の前でも手は合わせる。細かい由来を説明できない歯がゆさを残したまま私は同じ仕草をした。


「前世でも同じです。私のいた世界も様々な国が有っていろいろな挨拶が有りましたが、住んでいた国では基本はこれでした」


 人に馴染むためには挨拶やマナーが大切だと教わってきた。人間関係を円滑にするための第一歩なのだと。けれどそれだけではダメだと今更ながらに思う。礼節がなっていないのに楽しそうに笑う人達を見ながらどうしてと何度も思って来たが、それを補えるほどの何かがその人達には有ったのだろう。


 思えば、少し見下していたのかもしれない自分が恥ずかしい。まともに話せない事で見下されていることは十分に感じていたのに、自分がしていたことは気付かなかった。


「他にもこの辺りとは全く違う文化や風習の国から来た……と言ってもミコトはまだわからないか」

「あ、えっと、エドワードとユアンの服装も違うと思ってましたが、どちらがこの辺りでは一般的ですか?」

「私の服装は故郷の着物に近い。エドワードも一応貴族だから一般的と言われると微妙だが、概ねあのような感じだ」

「私の国は着物は正装で特別な時にしか着ません。普段はこちらの服をもっと簡略化したものを着ています。……ユアンの国には武士はいますか?」


 文化の進み具合を知るために基準となるものを出せば探りやすいと思って、武士を出した。存在する時代は長いけれども、有り方で何となく時代考証が出来るのではないかと思ったからだ。


「私の家は武家で、私は武術はからっきしだったが兄上たちは剣も弓も優れていて……」


 静かに自分のことを語り始めるユアン。聞く限りでは江戸時代のような感じだった。士農工商の身分制度があってユアンの家は地方大名の家に仕えていたと。ただ、外様や譜代と言った単語は理解してもらえなかったことから関ヶ原の合戦にあたるようなものは無かったらしいと推測する。将軍がいて幕府があって天皇がいた。大きな戦は無かったが盗賊などの犯罪者、稀に悪さをする妖怪などもいたらしい。和風ファンタジーな感じだろうか。


 旅行に来た異国の客人の護衛ともてなしをユアンの父が命じられたことからも、鎖国状態ではない事が分かる。エドワードの一家とはそれで知り合ったそうだ。

 当時のユアンは武術がからっきしなことに劣等感を持っていて、何度か交流のあった一家の手助けを借りて逃げる様に留学を決めた。卒業した後も故郷に戻らずここで錬金術師をしているのは、エドワードの父に借金と恩を返すためだと言う。


「ユアンと言うのは雅号を幽庵としていたことからエドワードにそう名乗るよう提案された。雅号は分かるか?」

「書や歌で使う時の偽名ですよね」


 ユアンは頷いた。本名は、とは聞かない。わざわざ偽名を名乗るのには理由があるのだから。


「本名は古の武将から取った名前で、見るのも聞くのも呼ばれるのも嫌だ。家名も口に出したくない」


 言葉の端々に劣等感が見て取れる。表情の無さが逆にどれだけ生きづらかったのかが伝わってくるほどだ。

 同じレベルで語るなと言われそうだが、私は親しみを感じていた。ユアンは家や故郷から、私は生きることから逃げたと言う違いはあるけれど。

 ユアンみたいに錬金術師を生業としている賢い人でも、逃げることはあるんだ。私以外の人は皆強い人ばかりだと思っていた。だから弱い私を理解できなくて、話がまともに通じないんだと決めつけていた。


「こうして話せるという事は、ある程度乗り切れたという事ですね」

「まあ、流石に十年以上も経てばな。戻るつもりは無い。この地に骨をうずめる覚悟で来たけれど、懐かしくはある」


 私は、まだまだだ。劣等感を乗りこえられたらユアンに全部話せるだろうか。

 今度はそちらの番だと言われる。


「私の国は身分制度が廃止されて百五十年ほどが経ちます。それまではユアンの国と本当に似た社会で……」


 流石に縄文時代から話すつもりは無いので鎖国や開国など幕末を軽く説明し、外国文化の流入や選挙制度などの政治面での説明をした。


 歴史の違いをすり合わせるのは難しい。そう思って私は話を身近なものに切り替えた。一番わかりやすいのは食べ物関係。


「お茶は緑茶やほうじ茶、抹茶などが有りますが紅茶やコーヒーも好まれます。ジュースや炭酸水……って分かりますか?」

「ああ、こちらに来てから初めて知ったが。ふむ、ではかなり多様な文化が融合している状態だということか」


 技術が進んでいることを説明しようとしたがそもそもこの国の文化レベルをあまりよくは知らない。この世界には魔術が有る。


 車や電車や飛行機。家電では冷蔵庫や洗濯機やテレビ、エアコン。仕組みについて細かく突っ込まれたけれど普段何となく使っていたから簡単な説明しか出来なかった。異世界に行った人で工業系に詳しくない人でも説明できるのだろうか。知識の乏しさにちょっと反省。


「地震や台風などの自然災害は有りますけれど、戦争もなく数年で目まぐるしく技術が発達していくので開発に携わっていない限り細かいところはちょっと理解できないです」


 と、言い訳をしてみる。

 工業系の話に前のめりで聞いていたユアンはため息とともに体勢を崩した。魔術の無い世界で魔力を必要とするものがどのような仕組みなのか知りたかったそうだ。乗り物や家電自体は似たようなものが存在するらしい。冬なのにこの部屋が快適に過ごせるのも火属性のルビーを埋め込んだ空調設備が設置されているからという事だ。


「魔力の無い者でも使用できる設備が造られると思ったのだが、そうか。服を着ることは出来ても型紙をどのように作ったらいいのか、私が知らないのとおなじか」


 がっかり感がひしひしと伝わってくる。……うう、申し訳ない。

 

「随分と平和で発展している国なのに若くして死ぬこともあるのだな」

「え?」

「違うのか。言葉遣いはそれなりにしているが高齢と言う程ではないだろう」


 隠そうとしていることを見透かされたようでどきりとした。

 逃げた先の異国で頑張っているユアンを見るとどうしても自分が卑小なものに見えてしまう。あの時は本当にいっぱいいっぱいで、一生懸命頑張っても周りに理解してもらえずに生きる意味を見失っていた。

 簡単にユアンに話せるようなことではない。話せるようなことだと思っているなら私は死を選ばなかった。


 黙ってしまった私をしばらく待っていたユアン。十分な間を置いてから口を開いた。


「自分の全てを話すことはしなくていい。ただ、文化の違いを知りたかっただけだ。良ければまた話をしてくれないか」


 本当にユアンは何も知らないのかと思う程、私の歩く速度を慮ってくれる。理解者がたった一人いるだけで世界がこんなにも違って見えるのかと思う程だ。


 ―――持ち上げて落とすとか、ないよね。そんな事されたら自殺歴更新しちゃうかもしれない。

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