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五話 焼死

 ユアンがごりごりごりと乳鉢で何かをすりつぶしている。私の居場所は作業台の上に定着したので自然とそれを見る事になる。

 日中、ユアンは大半をここで過ごしていてドアベルがなると実験室とは別の扉の方へ向かっていく。私はまだこの部屋から出たことは無いが、扉が開く瞬間に見た感じだとどうやらお店のようだ。


「何を作っているんですか」

「この季節に流行する病気の薬を作っている。本来なら薬師の仕事だが、手が足りなくて依頼が回ってくることも多いからな」

「依頼、ですか」


 やはりお店で依頼を受けて何かを造り、金銭を稼いでいるのだろうか。私は生活の糧のことを聞きたかったのだがユアンは別の事ととらえたらしい。


「ああ、錬金術と言っても金を作り出すばかりではない。医学や化学、魔術と密接な繋がりがある。ミコトを造る際にも物質的な試みだけでは実験が進みそうもなかったから、ゴーレムづくりを参照にして核となる魔力を帯びた宝石を入れてみた。ルビーとダイアモンド、エメラルド。実験室の広さから取り敢えずその三種で実験を始めた」


 魔術や魔力と言う心躍る言葉が出てきた。ゴーレムの製造も技術としてあるらしい。それから、良く知る宝石の名前。魔石とかでは無くそう言った石が魔力を帯びるなら価値はとんでもなく高くなりそうだ。一介の錬金術師がそんなに稼げるとは思えない。

 やっぱりユアンの稼ぎ方が気になるな。


「エメラルドは硬いがもろいので候補に入れるべきか迷ったが、石言葉に安定が入っていることから健康な状態が続くように入れてみた。エメラルド・タブレットと言う錬金術に深く関わっているアイテムも有る。魔力的には木の属性で、美の女神を象徴する石でもあるのだが……いや、何でもない」


 ユアンは私を見て途中で言葉を切った。だったら最初から言わなければいいのに。まだ鏡を見ていないけれど私そんなに不細工なのかと不安になる。

 怖いな。鏡を見たらまた死にたくなるのだろうか。


「ユアンも魔術が使えるんですか?」

「最初に見せただろう?あれは魔法だがフラスコを切った時に火と水の力を使った。ミコトのいた世界では魔術や魔法は無かったのか」

「ありませんでした。科学がとても発達していて魔法みたいではありましたけど」


 考えてみれば仕組みのあまりよく分からない物でも普通に使っていた。説明書を見て誰でも使えるのが基本だったから。


「言葉を知っているという事はそう言った概念はあるのだな?」

「主に空想の世界で、です。あ、技術に優れた人を何とかの魔術師と例える事も有りました」

「今、話していたことは理解できたのか?」


 アルコールランプのような物を出してきた。


「これの仕組みは分かるか?」

「紐の先に火をつけると紐がエタノール……燃料となる液体を吸い上げ燃え続ける。学校の実験では使いましたが、日常生活で使う事は無かったです」


 ふむ、と言いながらユアンは指先でいきなり火をつけた。私は驚いて目をしぱしぱさせた。呪文も唱えず何か予備動作が有ったわけでもない。まるで手品のような様子に、前世では無かったものに思い当たるまで時間が掛かってしまった。


「今の、魔法ですか?」

「ミコトの世界ではどうやって火をつけていたのだ?」

「マッチやライターと言う道具を使っていました」

「マッチならこの世界にもある。魔法の使えない者たちが使うものだ……ふむ、世界の違いを知ることは実に興味深い」


 三脚や金網、先ほどすり潰していたものを準備の最中、ドアベルがチリリンと来客を告げる。ユアンが手を止めて店へ出ようとすると、いきなりこの部屋のドアが開いて男が入ってきた。


「やあ、ユアン。調子はどうだい?」

「勝手に入って来るなといつも言っているだろう、エドワード。危険な調合の途中だったらどうするつもりだ」

「悪い悪い」


 ユアン以外の人に初めてこの世界で会った私は硬直している。この部屋にいれば他の誰とも会わずに済むと思っていたのに、いきなりその事実が突き崩されて呆然とする。

 ―――まるで前世の私に戻ってしまったみたいだ。


 エドワードと呼ばれたその男は、癖のある金髪で人懐っこい笑みを浮かべていた。質の良さそうな外套を脱げば白シャツにベスト、リボンタイとユアンとは全く違った格好をしている。


「外は寒いぞ、めずらしく雪でも振りそうだ。多分予想がついていると思うが流行り病の薬の依頼だよ。ユアンのお蔭で予防が出来たとはいえ、念のために数を確保しておきたいって医者が言ってた」


 ユアンが返事をする間もなくべらべらと話し続ける。私が一番苦手なタイプだ。こちらが何か言う前に次の話へと移るのでただでさえ反応が遅い私はついて行けないのだ。穏やかに話すユアンとは正反対。


 怖い、怖い怖い。やっとここに慣れてきて自分の家にいるような気持ちになっていたのにいきなり人が入って来るなんてっ、まだ心の準備が―――


「あれ、なんかちっちゃいのがいるな。もしかしてホムンクルス?」

「ああ」

「へぇ!やっと成功したんだ。こんにちは、オレはエドワード・アイワス。ユアンの友人だよ」


 握手を求める様に大きな手が伸びてきた。小人サイズである私にとってユアン以外の人間は巨人でしかない。ただでさえコミュニケーションを取るのが苦手なのに余計に恐怖を煽る。

 エドワードを無視してユアンに助けを求める意味で見上げたが、二人して私を凝視しているだけだった。

 顔を背け、拒絶を示す。初対面の人間に最低な反応だと分かっていても、それが精一杯だった。


「あらら、嫌われちゃったかな」

「ミコト?私とは普通に話しているのにどうして―――」


 差し出された手から逃れようと物陰に隠れ、どんっとそれを押し倒した。パニックになった私は次から次へとモノを倒す。

 情けないと言う気持ちも有った。口惜しい気持ちも有った。生まれ変わって人と話せるようになったと思ったのに中身は変わらないままだった。


 狭い作業台の上に乗っている物の数は少なく、最後に倒したのは火のついたアルコールランプ。

 慌てるユアンの手が私を掴んで持ち上げた。その直後にアルコールがこぼれ火が付き、理科室の机のように加工のしてない作業台の上は一瞬で火の海になった―――と思ったら一瞬で消える。


 魔法と気付くのに、また時間が掛かった。手を机にかざしているところを見ると、今度はどうやらエドワードが使ったらしい。何度見ても慣れない。

 いつの間にか涙でぐしゃぐしゃになった顔を二人に覗き込まれたので、私は両手で顔を覆って指の隙間から覗いた。


「ごめん、驚かせたね。分かった、慣れるまで待つよ」


 表情豊かな顔がしょんぼりしていると罪悪感を覚える。何か言った方が良いかな。大丈夫とか気にしないで?ぐるぐる考えが巡る私をエドワードは全く気にせずユアンと話始めた。視線が外されたことで少しだけ落ち着く。

 

「どの石で成功したんだ?」

「エメラルドだ」 

「ふうん……知っているかい?エメラルドは浮気防止の効果もあるみたいだよ」

「は?」


 およそ錬金術とは関係のない要素が出てきて、ユアンにしては間抜けな返事をした。


「なんだ、浮気しない恋人がほしくてホムンクルスを造ったんじゃないのか」

「そんなわけあるかっ私を何だと思っているっ。それにホムンクルスに性別は無いっ」


 珍しくユアンが怒気をはらんだ声を出した。ちょっと怖い。反対にエドワードは無神経なくらいに笑っている。やっぱり慣れるのに時間が掛かりそうな人だ。


「ミコト、こいつは昔からトラブルを持ち込んで私を怒らせる天才だ。口を利かなくて正解かもしれない」

「あ、そういう事言うんだ。ミコトちゃん聞いて、前にユアンが手料理を振る合ってくれたと思ったらなんと刃物が入っていたんだよ」

「回復魔法を掛けてやっただろう」


 先ほどの事などなかったかのように変わらず私に話しかけるエドワード。精神的にタフな人なのかな。言葉を選べば相手を傷つける心配が無いと分かれば、もう少し勇気が出たら話も出来るかもしれない。

 それにしても……犠牲者はこの方でしたか。私は両手を合わせてエドワードを拝んだ。


「何のポーズ?」

「私の故郷では死者を弔うポーズだ。ミコト、えらいぞ」

「死んでない、死んでない。……ホムンクルスは造物主と同じ記憶を持っているのか?」

「いや、そんなはずはない。全くいらん所だけ鋭いな、お前は」


 ユアンが私の転生の話をする。エドワードもそれなりに知識を持っていて、ユアンの話を理解できているようだった。


「誰かが魂を故意に入れたという事だね。で、前世はユアンの故郷に似たところに住んでいた、と」


 ユアンははっとして私を見た。エドワードはそんなユアンを面白そうに見ながら外套を持って帰り支度をする。


「たくさん話をするといいよ。邪魔者は退散するからね」 

昔懐かしいアルコールランプ。今は使わない学校も多いのだとか。

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