四話 餓死
この世界でも朝は来る。天動説だの地動説だのが存在するのか、はたまた神様が動かしているのか分からない。前世と同じように窓の外から差し込んだ日の光が、ユアンに作ってもらった私の寝床を照らした。
「ふわ~ぁ、良く寝た」
不安に駆られることもなく、皮肉なことに前世よりもよく眠れた。寝床は作業台とは別の小さな台に置いてある、小さなかごにタオルを敷いただけの物。同じくタオルをかぶって寝たのだが、夢を見る事もなく朝まであっという間だった。
先に起きていたユアンが私に気付くと、これを着る様にと服を渡された。前身頃と後身頃を縫い合わせただけの本当に簡単なもの。サイズは合わなくだぼだぼで、形はまるで幼稚園児が着るスモックのよう。首回りが広すぎて激しく動くと肩からずり落ちそうだ。
「裁縫はあまり得意ではない。猫を飼った経験はあるんだが服を着せるなんてしなかったからな」
室温が適度に保たれている為、簡素な服でも寒さは感じない。けれど下着や靴など細かいものを要求できるほどユアンの裁縫技術のレベルは高くなさそうだ。錬金術師だから手先も器用そうなんだけどなぁ。
「食事は必要か」
「もちろんですとも」
生まれたばかりだと言うのに栄養を全く取ってなかった事に気づき、私は勢いよく答えた。どんな動物も生まれたら最初にまずお乳を探すのに、一晩経ってしまった私のお腹はぺこぺこだ。
それに、異世界の食事は生きる楽しみの一つじゃない?もし口に合わないものだとしてもユアンに調理法を知識として教えることが出来る、役に立ついい機会だ。
期待に胸を躍らせる私の前に出されたものは三つ。蝉と蠅を足して二で割ったような羽の生えた虫の死骸。何の生物のものか分からない目玉。半分腐っているんじゃないかと思うような強烈なにおいのする、落花生程度の大きさの木の実。
これ、いわゆるゲテ物なんじゃないかと思いながらユアンを見上げると、じっと観察するように私を見続けている。瞳の奥には子供の様に無邪気な好奇心が見て取れ、私は耐え切れずに要された食事―――と言うよりむしろエサ―――に目を戻し何とか妥協できるものを考える。
虫は、生理的に無理。日本でもイナゴの佃煮なんて食べる気しなかった。まず口に入れるところからして遠慮したい。次に目玉。マグロなんかはコラーゲンたっぷりだと好んで食べる人もいるようだが、これもちょっと無理かな。
最後に木の実。匂いからして本能が危険だと告げている。臭い食べ物と言えばドリアン、くさや、シュールストレミング等があげられるがこれは食べ物の匂いですら無い。シンナーなど、長時間嗅いでいたらトリップしそうな化学薬品系の匂い。無理だ。
しびれを切らしたユアンが声を掛けてきた。
「食べないのか?」
「……これがこの世界の人の食べ物ですか。私の口にはどれも合いそうもないものばかりです」
「いや、人の食べ物では無い。飼っていた猫が生前好んで食べたものだ」
無言の状態が続く。どういう意図でユアンはこれらを出したか考える。
その一、私に愛猫の姿を重ねて生前を偲んで出した。鏡を見てはいないが手足を見る限り私は十分人間の姿をしている筈。
その二、只の実験的好奇心。ホムンクルスが何を食べるか分からないとしても、人の姿をしているのだからまずは人の食べるものからだろう。
その三、嫌がらせ。または歪んだ愛情。反応を楽しむためだとしたらとんでもない性癖の持ち主だ。
いずれにしても理解しがたい答えを出した私は自分を押し通すことにした。
「だ、断固拒否します。これ以外の食事を与えられずに餓死したとしてもかまいません!」
だんっと地面を踏みつけ、ユアンを睨んで怒りを全身で表す。言えた、頑張って大きな声で言えた。
ユアンは素知らぬ顔でふむ、と言いながら顎に手を当てた。私の決死の覚悟が通じたのかどうか、ユアンは代替案を出す。
「ならば血か。先ほど使った裁縫道具から針を持ってくるから待っていろ」
「私は蚊でも吸血鬼でもありません!人間と同じ食べ物を下さい」
わざと?わざとなの?やっぱり怒らせて嫌がる様子を楽しむ性癖の持ち主なの?それともいじめか。ここまであからさまないじめは前世でもされなかった。そこまで深く誰かと関わりを持つことすらできなかったから。
ユアンは動じることなく、冷静に私を見ながら指摘する。
「その大きさで人間の食べ物が消化できるのか?」
「え……えっと」
私は思わず自分のポッコリ幼児体型なお腹を見たが、見たって分かる物でもない。けれどさっきの三つは絶対に嫌だ。
「食べてみなければ分からないと思います」
「とりあえず粥のような物から始めてみるか。生態がよく分からない上に予備がいない以上、腹を開いて内臓が人間と同じか確かめることも躊躇われるからな」
別室へと移動するユアンの言葉に、安堵するよりも思わず口元が引きつった。完全に実験動物扱いだ。こんな造り主とやって行けるかなぁ。メンタル弱いのには自信があるし、今はまだ何とか話せているけれどこの先どうなることやら……。
しばらくするとお椀程度の大きさの木の器をお盆に乗せてユアンが戻ってきた。湯気が立っている器から料理を一掬いした木の匙が口元に近づけられる。巨大な食器を使いこなす自信が無いので仕方ないと自分に言い聞かせ、餌をもらう雛になった気分でパクリと食いついた。
「美味しい」
塩気がとってもいい感じ。お米によく似た黄色い粒がゆるめに炊いてあって、生まれたばかりの私の胃にも優しく入っていく。温度も熱すぎず、するすると喉元を通っていった。
「味覚は体に有益なものか判断するためのものだから、これを美味しいと感じるならやはり人と食事は同じで良いという事か」
世話をし慣れているのか、とてもタイミングよく匙が出される。焦ることなく食事ができるのは嬉しい。お椀の半分ほどが減ったところでお腹いっぱいになってしまった。
「ユアンは料理が上手ですね」
「いや、これしか作れない。普段は買って済ますか店で食べている」
「錬金術も料理に似ているものだと思いますが、ダメですか」
「作っているうちにいつの間にか実験になっていて、食べられない物が出来上がる」
あれか、カレーの隠し味にこだわりすぎて結局まずくなるパターンか。チョコレートだのコーヒーだのワインだのを隠せないほどに入れて何だかよく分からない物が出来上がると言う、あれか。
「最近だと金箔が食べられるなら他の金属も薄くすれば食べられるのではないかと思って、鉄を薄く」
「死にますよ!刃物じゃないですか!」
もっとひどかった。ユアンが言いきる前に突っ込む私。下手したら口の中スプラッタだよ。鉄分は人体に必要だけど、人工的に摂取するなら鉄器で調理するって程度なのに。
「うむ、あれはまさしく刃物を食べたようだったな」
「まさか食べたんですか?」
「私の友人が。やはり鉄の味がすると言っていた」
それって、血の味じゃ……あまりにひどいユアンの所業に私は震えあがった。その実験対象が私にならない事を祈ろうとしたが、先ほど出された物を思い出し私も既に犠牲者であることを自覚する。
拒否出来て良かった。友人さんはちゃんと生きているのだろうか。
料理を教えるどころじゃなかった。教えている間に実験と称して変なものを入れられそうだから、出来合いのもので我慢しよう。
お腹いっぱいになって眠たくなった私は、ゲテ物皿を片付けるユアンの呟きを聞いていなかった。
「もったいない……美味しいのに」




