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二十二話 帰る場所

 籠の外から声をかけて来たのはユアンではなく、エドワードだった。魔法を教えてもらう時に屋敷で見かけたラフな格好で、少なくとも街を歩き回る時の格好ではない。いつもの余裕のありそうな笑みは消えて、息を切らし髪も乱れている。

 知り合いに見つけてもらえて嬉しい半面、一番会いたいと思っていた人ではなくてがっかりしたのを、顔に出さないように気を付けた。

 エドワードが何故か手を上げると、何処かでぴぃぃぃーっと笛の音が鳴る。そのまま私の入った籠に両手を伸ばしたところを、女性に咎められた。


「ちょっとあんた、勝手に売り物に触らないどくれよ」

「売り物?この町で小人の売買は禁止されている筈だが」


 エドワードの話し方に少し違和感がある。いつもは軽い調子なのに威圧感があると言うか物凄くまじめな感じ。声色も少し低くて、よく似た別人のようだ。


 女性は顔色を変えもせず、僅かに瞳を揺らしただけだった。先ほどの客とのやり取りから、小人の取引が違法だと知っているはず。なのに、しらばっくれるつもりのようだ。


「あたしはこの街に来たばかりでね。詳しい規則なんか知らないよ」

「おかしいな。ギルドで商売の許可を得る時に説明を受けている筈なんだが。もしかしてこの店自体が非合法か?」

「そう言えば聞いた事があるかもしれないねぇ。忘れちまったけど」


 ふと女性は何かに気付いたようにエドワードを上から下まで見た。


「あんた、お役人じゃあないよね?」

「いいや」

「だったらケチつけてないでどっかへ行っとくれ。商売の邪魔だよ」


 経験豊富な人なのか、はぐらかすのがうまい。追い払うように手を振ってから、わざとらしく商品にはたきを掛け始めた。


 小人の売買が禁止されているのなら、もしも買ってしまえばエドワードも罪に問われる。品物を勝手に持っていく行為はたとえ貴族でも窃盗になるだろうし……

 このままでは埒が明かず、いつまでたってもユアンの元へ帰れない。事態を覆す手助けになればいいと思いながら、私は籠の中から出来る限り大きな声で叫んだ。


「つ、捕まっちゃいました。助けて下さいっ」

「捕まったとは人聞きの悪い。外を飛んでるのを妖精と間違えたあたしの子供が捕まえて来たんだよ」

「私はユアンの言いつけどおり庭から出てません。子供が虫取り用の網でいきなりばさっと―――」

「あんたは黙ってなっ!」


 鼓膜がびりびりと震えそうなほどの大声で怒鳴られて、思わずぺたんと座り込んだ。涙目になって口をはくはくとさせるが声が出ない。

 中途半端な説明だったけれど、エドワードには理解できたようだ。


「……つまり、あなたのお子さんは敷地内で錬金術師の手伝いをしている小人を無理やりさらったと言うことになるな。挙句の果てに母親は売り物にしていた、と」

「知らなかったんだよ。あたしはてっきり野良小人だとばかり思ってた。だってこんなに立派な服を着ているんだから誰だって追い出されたと勘違いしても仕方ないだろう?」

「小人が服を与えられるのは一人前と認めた証で、服を与えられて出ていくのは妖精だ」

「どちらも似たようなもんじゃないか。役人で無いあんたにとやかく言われる筋合いはないね」


 エドワードの追及を女性はのらりくらりとかわすけれど……


 普段ニコニコ笑顔の人は、笑みを絶やすだけでもかなりの迫力になる。それに加えて徐々にまなじりを吊り上げ射殺さんばかりの鋭い目つきをむけるエドワードに、先程の威勢はどこへやら、女性はたじろぎながらも言い訳を始めた。


「こ、子供が捕まえて来たんだ。あたしの手伝いをしたかったらしいんだよ。これを売れば貧乏でなくなると思ったらしくてね。とても、とても健気な子なんだよ」


 今度はエドワードの情に訴えかけようと、指で流してもいない涙を拭いてさえ見せる。健気な子って…どこをどう見ても悪がきにしか見えなかった。小遣いを持って走り去った子は、もう真っ暗になってから時間もかなり経つのにまだ帰ってこない。


「父親は飲んだくれてアテにならないし、私が捕まったらあの子は一人になっちまう。小人は返すから見逃してもらえないかねぇ」

「それはそっちの事情でしかないな。ちなみにこの子は俺のお気に入りでもあってね。この子の主が血相変えてあちこちを探し回ってたから、自警団だけでなく衛兵も駆り出して捜索にあたる様に命じた」

「衛兵って、お、お貴族様―――!?」


 女性のお粗末な演技に引っかかることもなく、エドワードは淡々と伝える。

 その背後に、魔物退治の時に見た面々が集まりつつあった。それだけでなくエドワードが纏っていた鎧と同じようなものを身に着けた兵士たちが、ずらりと整列する。


 私はユアンが探してくれていると聞いて、それだけで勇気が出てきた。

 逆にすっかり怖気づいた女性は最後の悪あがきとばかりに言い訳を始める。


「か、帰る家が分からないと言っていたから預かっていただけだよ。やだねぇ。寧ろ世話してやった感謝をしてもらいたいもんだ」


 罪から逃れる算段と、貴族に取り入ろうとする下心が見え隠れしている。恐怖もすっかり消えた私は反論した。


「嘘です!私はユアンの家に帰りたいって言ったのに黙らないと犬のえさにするって脅されたんです」

「ほーう。小人を帰す気も無かったか」


 一段と低い声を出したエドワード。くるりと振り返り、後ろの集団に呼びかけた。


「皆、聞いての通りだ。この女は小人の売買は禁止されていると知っているにも拘わらず、主人から引き離して籠に閉じ込めた。まあ、売買はまだ行われていない様だが、然るべき刑が執行されるよう取り計らってくれ」

「エドワード様はどうなさるのですか?」

「オレは先にこの子をユアンの元へ連れて行く。後は頼んだ」


 女性は自警団と衛兵によって取り押さえられ、両手に縄をかけられて連れて行かれた。

 エドワードによって籠から出された私は、手のひらに乗せられる。壊れ物のように丁寧に扱われながら目の高さまで持ち上げられると、漸く硬い表情が崩れていつものエドワードに戻った。笑っているけれど、ちょっと泣き顔にも見える。

 

「無事で良かった。怖かったろう?」

「助けてくれて有難うございました。あの、男の子はどうなるんですか?」


 立ったままだと手のひらの上はバランスがとりにくいので、エドワードの指を背もたれにして座る。ほんの少し剣だこが出来ているけれど綺麗な手だった。


「既にこちらで保護して孤児院へと連れて行った。ミコトの情報を教えてくれたのも彼だ。よその街ではそうして稼いでいたから、やってはいけないことだとは知らなかったらしい」

「悪いのは全てお母さん」

「ああ。こんな遅くまで一人で歩かせているんだ。おそらく、厳重注意で釈放だろうが、放任主義にしても度が過ぎる。ユアン母さんを見習うべきだ」


 エドワードの最後の一言がツボに入って、私は思わず吹き出してしまった。




 既に連絡が行っていたのか、ユアンは家の前をうろうろしていた。エドワードを見つけて走ってきては、両手首をがしっと掴む。その上に乗っていた私は慌ててエドワードの指にしがみ付いた。


「おおっとぉ」

「ミコト、は……」

「ただいま、戻りました」


 指の上からひょこんと顔を出すと、ユアンは手を離して溜息とともにそのままがくんと崩れ落ちた。私はエドワードの手のひらから見下ろす形になる。


「ユアン?」

「箒だけがっ落ちていたからっ……犬にでも、っ食われたのかと」


 涙声で嗚咽混じりに語られた言葉に、どれだけ心配してくれたのかが分かる。もしかして要らない子かもなんて疑ってしまった私は、心底後悔した。胸の奥が熱くなって、涙が溢れてくる。


「エリーの占いで無事だと聞いたんだから、落ち着いて待ってろと言っただろ。ほら、受け取れ」


 エドワードもしゃがみ込んで、ユアンの顔に私を近づける。涙でぐちゃぐちゃになっているユアンの顔にピタリと張り付く。私の顔もやっぱりぐちゃぐちゃで、そして口から出た言葉は嗚咽混じりだった。


「いきなりっ、いなくなって…っく、ごめんなさい。っただいまっ」


 ふと、前世の両親を思い出した。もしかしたら小さな頃はこうしてユアンと同じように心配をしていたかもしれない。大きくなってからは、私の叫びも聞こえなくなってしまったようだけど。

 ―――死んだ時は、やっぱり泣いてくれたんだろうか。


女性の「小人を返す」とエドワードの「小人を帰す」の違いは意図的です。誤字ではありません。

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