二十話 観察記録2
ケーキを食べて窒息死しそうになった。精神は繊細と思いきや、食べ物に対しては貪欲。特に甘味を好む。
エリーの店にミコトを連れて行った。蜘蛛やカエルは苦手らしい。
親方の工房へ預けてみた。小人に馴染めず迎えに行った時は泣いていた。
それでも働きたがるミコト。何をさせればいいのか分からない。
エドワードに魔法を習う。無理だと知ってとても落ち込んでいるようだった。
エリーに相談しに行く。小さな箒に乗って空を飛ぶようになったミコトはとてもご機嫌だ。
「予想通りだが身長体重が増えることは無いな。何かをしようと意気込みだけはあるが空回りしてしまっている。何とかしてやりたいのは山々だが……」
「あのなりで魔法も使えないんじゃ、ちょっとお手上げだなぁ」
研究の出資者でもあるエドワードにもミコトの様子は定期的に報告している。ミコトに聞かれたくない話もあるので屋敷の方へと出向いている。
エドワードは知識も持ち合わせている為相談も兼ねてのことだが、やはり解決策は見当たらない。
例えば料理。包丁やまな板をミコトサイズにしたところで野菜の大きさはそのままだ。芋一つを切るのに岩を切るような労働をしなければならない。
ミコトが食べる分量だけ作るにしても火加減も出来ず、下手をすれば鍋の中に身を投じて自分を料理する様子が安易に予想できる。
「火を扱わない作業ならできそうなものだけどな。ヒノクニの剣術、たしかイアイだったか?でスパーンと切れないか?」
「居合は抜刀術だ。エドワードはヒノクニを誤解している」
例えば掃除。手に入れた箒で部屋の隅から隅まで掃くだけでも時間が掛かる。拭き掃除などもってのほかで、私がやった方が早い。物を片付けることも出来ず、空いている部分を拭くだけというかなり大雑把な掃除にも拘らずだ。
「小人は集団で労働するのが基本だから何とかできるんだろうが、ミコトは一人だからなぁ」
例えば勉強。字を書けるようになってもらおうとエリーに頼んで筆記用具を小さくしてもらったが、ミコトが描いた字は小さくて読めない。一文字ずつ全身を使って大きく書かなくてはならないので時間が掛かる。そんな状態で書いた字が、綺麗なわけがない。
「代筆が頼めると思ったのに」
「ラブレターか?」
「実験の記録を書くためだ!」
ついムキになって反論するとエドワードは腹を抱えて笑った。ミコトが文字を書けたとしても、恋文など書かせるわけがない。
それにしても、エリーのお陰で解決できそうな兆しが出て来たと思ったのに、ミコトが出来そうな仕事が見つからない。
「社交性もあまりないらしい。この辺りは宿った魂に問題があるのだろうな」
「……それ、あの子の前では絶対に言うなよ。他の被験体はどうなんだ」
私は首を振るとエドワードはため息をついた。ルビーとダイヤモンドを取りやめ、エメラルドで同じ条件を整えているのにフラスコの中には臓器の欠片どころか細胞すらも発生しない。
「奇跡のホムンクルス、か。次の段階に進むことも出来ないな」
最終的には人間を作ることが目的だ。簡単にミコトを作ることが出来てしまったから、次は本格的に有機物から作り出す方法を考えている。
本人に目的を持たせてやることも出来ない今の自分に、果たしてそれが許されるのか、わからない。
「ミコトに、ホムンクルスを造る目的を話した。その上で人間の大きさで造らなかったことを謝ってみた」
「ミコトは、何だって?」
「嫁もいないのにいきなり子供がいたらご近所さんにいろいろ疑われませんか、と」
エドワードは吹き出した。腹を抱えるどころかバンバンとテーブルを叩き出す。ついに頭でもおかしくなってしまったか。
「確かに。誘拐…はないか。お前は真面目なのは知られているからな。誰かに騙されて押し付けられたとか言われそうだ。赤ん坊ではなくお前の心配をされそうだな。けどそういう事を言いたいんじゃないだろう?」
エドワードに指摘されて、天を仰ぐ。ミコトが生まれる前までは、単純に命を作り出す事だけを考えていた。けれど作るのは人間であって、犬や猫ではない。意思を持ち、感情を持ち、学び、知識を持ち、人権を持つ。
それらの配慮を怠って済まなかったと謝るつもりだったが、反対にこちらの心配をされてしまった。
「どうしてこんな状態で造り出したとなじられても良さそうなものなのに」
「一人で悩んで解決しようとしているところがまた、こっちが辛くなる、か?」
どこまで手を出せばいいのかもわからないのがまた、悩みの種となる。このままではミコトに掛かり切りで前に進めそうにもない。ただ、切り捨てられたと感じてしまわないか心配だ。
「そろそろ別の製造方法を考えてみる時期だと思うのだが……」
「あの子の誕生が本当に無意味になってしまうけれど、良いのか?」
長い付き合いだと頭の隅にある葛藤を言い当てられて、嫌になる時がある。
「ミコトは、きっと理解してくれる」
「社交性が無いのは創造主であるお前にも似てると思うぞ。面倒臭がるな。きちんと話しておいた方が良い」
「余計なお世話だ。だが話しておくのに異論はない」
「……というわけで次の実験に入ろうかと思う」
ミコトは私を見上げ、何故か隣にいるエドワードを見た。
「私は別にかまいませんが、兄弟を作るって事ですか」
「いいのかい?君を作った製造方法が全くの無駄になると言うことだよ」
「ひとつの方法にこだわり過ぎると目的は果たせませんよ?」
こちらの心配とミコトの心配はやはりずれているらしい。通じないようなので、包み隠さずにはっきりと聞いてみた。
「もしも別の方法で出来上がった個体がミコトと違って成長したりいろいろな作業が出来たとしても、嫉妬しないのか?」
ミコトは漸く理解したようで目を見開いた後、自分の小さな両手を見て泣きそうな声で言った。
「私が失敗作になる―――?」
「失敗作などではない。ミコトにはずっと生きてもらわねば困る」
はっきりと言葉にされると、罪悪感がずしりとのしかかる。それを否定するように強く言ったのに何故かミコトは俯いたままだった。
元気を出してくれると思ったのに、扱いが非常に難しい。こんなに迷っている状態で本当に次を造っても良いものか。
不意にミコトが顔を上げる。
「そう言えば、エリーさんに私を見てもらった時、本当にエメラルドで作ったのか?と言ってましたよね」
私とエドワードは顔を見合わせた。そう言えばエリーがそんなことを言っていた気がする。エメラルドとは違う石が原因でミコトが出来上がったのなら、今の研究をもっと掘り下げなければならない。
「念のために出荷元を確認してみる。エメラルドによく似た別の石が混じっていたかもしれない」
「ああ、次を造るのはそれが判明した後にしよう。ミコト、お手柄だ」
人差し指で頭を撫でてやったら、ミコトはとろけそうな笑顔になった。猫ののどを撫でた時の様に、ほんの少し、癖になりそうだ。
不定期ですがぼちぼち復活させようかと思います。お待たせして済みませんでした。




