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二話 誕生

 こぽこぽと水の中で空気の浮かび上がるような音が聞こえる。目蓋を閉ざしているので周りの状況は分からない。神様は確かに転生と言っていたが、まさかの胎内から始まる流れだろうか。誕生の瞬間から前世の意識が有るって今回の人生は斬新な始まりだなぁなんて思っていると男性の声が聞こえてきた。どうやら違ったらしい。


「白銀の月、三日。ホムンクルスが未だ目覚める兆しは見えず。形状、生命反応、ともに安定。良いところまで言っていると思うのだが……」


 液体の中にいるからか、くぐもったように聞こえてくる。最初の言葉は日付だろうか。だとすると異世界かもしれない。聞こえてくる言葉は不思議と理解できている。

 手足の感覚も有る。ゆらゆら揺れているような、ふわふわ浮いているような曖昧な感覚はまるで麻酔から覚めていく時のような状態だ。


 ゆっくりと目を開いてみると、男性の顔が見えた。やけに大きく見えるのはガラスと液体を通してみているからだろうか。ばっちり視線が合うと少しだけ驚いた顔をしながら指を一本私の方に向けた。左へ、右へと動かすのでつられてそれを目で追ってしまう。まるで私が猫で、遊ばれているような感じ。


 指を下ろすと今度はじーっと観察するように私を見はじめた。液体がうっすらと緑色なので髪や瞳の色ははっきりとは分からない。長い髪を後ろでゆるく結んでいる様子から、それほど神経質な人ではないかもしれないと思った。


 それにしても、この中からだと周りが歪んで見えて仕方がない。多分真面目な顔をしてみているこの人も。腹を抱えて笑うほどのものでもないけれど、このままずっと見上げているのはちょっと―――我慢できるかどうか……


「成功、か。しかし出してもいいものか……フラスコの中でしか生きられないと別の書物に書かれているからな。作り方はまるっきり違っていたが」


 独り言の多い人だ。けれどその言葉から今私が置かれている状況が何となく分かった。フラスコの中にいて、たった今誕生したばかりの人工生命体―――ホムンクルス。神様の言葉を少しずつ思い出していく。


 神様は寿命が一年の人工生命体として転生だと言っていた。確かに人でないのならそれなりに生きることが出来るのかもしれない。上手に話せなくても相手をがっかりさせることもないだろう。

 どうせ一年しか生きられない命、あっという間に尽きてしまうから将来の事を考える必要もない。恥を掻かないよう自分を取り繕う必要もないなら、前世より少しだけ肩の力を抜いて生きよう。

 

 錬金術師を見上げて言葉を発する。液体の中だからうまくしゃべれないかもしれないが物は試しだ。


「ここから出してください」


 思っていたよりもきれいに発音できた。がぼがぼと言葉として聞こえない事を想像していたのにとても不思議。フラスコの中に響いたのは控えめだけれど少し高めの声だった。


 何にもないこの中では、死を選びたくなってもそれが出来そうにない。今も苦しくないのだから、息を止めて果たして死ねるかどうか。その前にどうやってこのフラスコの中から出られるのか。丸底で、上部に細い口のついた科学の実験で使うような一般的なものだ。少し大きいかもしれない。

 男は目を見開いて驚いている。話が通じなかったのかと、不安になった。私のコミュニケーション、ここでも通じない?


「この世界のもので作ったからまるきり発音が聞き取れないという事は無いにしても、教えてないのにどうして言葉が分かる」

「えっと」


 簡潔な言葉で理解してもらうにはどのように説明すればいい?信じてもらえるのかどうかも分からないのに。うまく話せなかった前世の記憶がこの時ばかりと蘇る。

 睨みつけられて何を言えばいいのか分からなくなる。質問に対する答えを早く考えなければ。せっかく生まれ変わったのにまた失敗作として人生を終えてしまうのか。


 どのようにしたのか分からなかったが男はフラスコの上部をスパンと切り、私をむんずとわし掴みにした。そうされて初めて体格差に気付く。相手が巨人……では無く私が小人なのだ。


 一応言っておきますが、凹凸の少ない幼児体型ですけど勿論素っ裸ですよ?羞恥心を感じる間もない……と言うか、この人にとっては単なる実験体だから気にしていないのだろう。

 表情に乏しい人のようなので動いていなければ絵画や彫刻のように思えてしまう程整った顔立ち。髪の色は真っ黒で瞳の色は藤色だ。


「書物にはもともと知識を持った生き物だと書かれていたが、そもそも作り方からして違っていたから信じられん。妖精や悪魔の類が乗り移ったのか?答えろ」


 肺呼吸の準備をする間もなく、強制的に液体から出されげほげほと咽る。最後にひとつ、へっくしと色気のないくしゃみをした。結構寒い。

 ふうっと落ち着いて前を見ると、私の唾液まみれになった錬金術師の顔が間近に有った。


「うあ、ごめんなさい」

「問題ない。人間と同じように風邪を引く可能性があるという事だ。少し待ってろ」


 怒って怒鳴り散らされるのを想像していたのになんて寛大なんだろう。男は私を持ったまま、小部屋を出て広めの部屋に移動する。自分の顔を拭きながらもう一枚手に持ったタオルで体をグルグル巻きにされた。


「むう。生み出せたのはいいがその後の事をあまり考えてなかったな。服と布団が必要か。そもそもフラスコの中から出すつもりは―――」


 男はそこまで言ってからはたと思い出したように動きを止める。顔の動きが少ない分、行動が表情豊かな人だと思った。


「まだ質問に答えてもらってなかったな。言葉を教える前から何故話せる?」


 先ほど質問してきた時と違って険が消えている。科学者のように興味を引かれて尋ねているような、好奇心に満ちた子供のような態度。だから私も落ち着いて答えることが出来た。くるまれたタオルの端をギュッと握って答える。最悪、この人とだけでも話が出来る様にならなかったら生きていけないかもしれない。

 

「生まれ変わってこの姿になりました。前に生きて居た頃の記憶が有ります。言葉が通じる理由は分かりません」


 正直に、出来るだけ簡潔に。隠し事をして齟齬があっても命にかかわる事もあるかもしれない。死ぬかもしれないのにあっさりとフラスコから出されてしまった。きっと私が死ぬことなんてこの人にとっては些細な事なんだろう。けれど、生まれてしまった以上少しでも長く生きなければ転生した意味が無い。


「前世は人間だったのか?」

「はい」

「どの国で暮らしていた?今自分たちがいるレトナーク、北にある大国アンクロット、南のフィノイ……まさか新興国エリスティアか」


 前世と言う言葉がすんなり出てくるあたり、輪廻転生の概念が存在している世界らしい。でも、どれも聞いた事のない国名だ。ちょっとファンタジーな響きの名前ばかり。私は首を振って否定した。


「いえ、どれも聞いた事が有りません。どうやら異世界から来たようです」

「この世界にはたくさんの国が有る。近隣諸国は聞いた事なくてもどこかに知っている国が有るかもしれないな。私の故郷、ヒノクニはどうだ」


 日本ぽい響きの国名が出てきたがもう一度首を振る。


「私のいた国では国民全員が一定の水準の教育を受ける義務が有ります。世界地図も学びました。その中に今聞いた国は有りません」


 説明しながら私はどうしてこうも口が回るんだろうと驚いていた。殺される覚悟も生きる覚悟も出来たから?命令を忠実に実行できるように作られたから?いろいろな考えが浮かぶが明確な答えが出るわけもなく。私は考えることを放棄して男に意識を向けた。


 緊張せずに話が出来るのならそちらの方が良いに決まっている。


 男はふむと言って考え込んでいる。顎に手を当てていかにも考えていると言った仕草に私ははっとした。もし前世で仕草で意思表示できていたらうまく話が出来なくても何とかなったのではないか。困った時に使える様に真似をしてみる。

 タオルにくるまれながらも顎に手を当て、いかにも考えていますと言うポーズをとる。ロダンの彫刻のように座った方が良いかもしれない。首を傾げればそれらしく見えるだろうか。


「意思の疎通に難儀することは無いという事だな。言葉を一から教える手間が省けてよかっ……何をやっている?」

「いえ、何でもありません」


 考えるポーズは通じなかった。ごめんなさい。意思の疎通、難儀するかもしれないです。



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