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十九話

 どの程度で禁忌とされているのか私には分からないけれど、それを犯してまでユアンが目的も持たずに私を作ったというのは納得できない。生きてくれればそれでいいと言ってくれたけれど、もっと明確に私を作り出した目的が知りたかった。


 厳しい表情のユアン。今まで気軽に話せていたのに迂闊に声を掛けられない。

 ここで逃げるのは簡単だ。話を打ち切って、もやもやした気持ちを隠したまま寿命が終わるのを待てばいい。生まれた理由を知り得る人間なんてそうはいないのだから。


 だけど、ホムンクルスなんてものに生まれてしまった。生まれた明確な理由を授けられる生き物に生まれてきてしまった。理由も目的も分からず絶望して自ら消えてしまった前世と違って、今世ではユアンさえ答えてくれれば知ることが出来る。


 自分が生きる理由を人任せにするなんて、無責任だ。ユアンだって自分で作るものだと言っていた。

 それでも、手を伸ばせば届いてしまうものならば。欠片が少しでも見えているからこそ楽をしてしまいたくなる。


 お互いに無言の時間が続いたが、意を決して私は自分のいた世界の事を話し始めた。ユアンの態度からすると過去に何かあったのは間違いないと思う。どこで反発をするのか分からないのでこの世界では無く前世でのことを。厳密に言うと人のクローンに関しての話だけど、おおよそは間違っていないと言う記憶の元で。


「私のいた世界では医療の為に人の細胞を作ることはあっても人を作ることは禁止されていて、作られた人が自由を奪われたり奴隷のように扱われたりしてしまうからという理由でした。宗教的に禁忌とする声も有ります。神が作り出したもう人間を、人間が造るべきではないと……細胞は分かりますか」


 ユアンは静かに頷いた。良かった。細胞の説明は難しいけれど、部屋の中には顕微鏡らしきものも置いてあるので口に出してみた。


「ユアンは私を自由にさせてくれています。この大きさだと本当に出来ることは少ないのですが、強制的に何かをさせることはないですよね。造った人が他の人だったらひどい扱いを受けていたかもしれない。そう言う点でユアンが私を作り出したことは、私がいた世界のタブーには当てはまらないと思いました」


 余程ひどい親でない限り、生みの親を責めるのは筋違いだ。ユアンは親としても人間としても尊敬できる。言葉を選びながら慎重に話していく。何があったかは知らないけれどユアンが傷つくようなことはしたくない。


「この世界での宗教はまだ触れていないので分かりません。けれど私がユアンによって造られた以上、ユアンが責められるような悪いことをしたと思いません。―――私を造った理由を教えて下さい。生きるだけで良いというその理由を知りたいです」


 重たい沈黙が続く。少し俯きぎみのユアンを見ていると、本当は大した理由などないのではないかと不安になる。人間のプロトタイプとして造られただけかもしれないけれど、その理由を知りたかった。


 ユアンは私から目を反らして、まるで懺悔をするように苦しそうな顔で口を開いた。


「今までミコトが会ってきた人物はどれだけいる?」

「えっと、ユアン、エドワード、クレアさん、エリー、親方。それから魔物討伐でここに来た人達……」


 ユアンの意図するところが分からないまま、知り合いの名前を指折り上げていく。店の方に来ているお客さんは知らない。


「その中に人間はどれだけいると思う?」

「―――えっ、皆さん人間ではないのですか」


 自分はホムンクルス、他の人たちは人間という意識でずっといたから驚いた。見た目も人間と変わらず本当に違和感なく生活している。ただ、人間以外の種族は小人しか知らないだけから私には分からないかもしれない。

 それにしても、誰が人外なんだろう。


「親方は鍛冶の神だ。例えではなく本当の意味で。エドワードは霊的存在が肉体を持った者だ。彼の先祖がこの地に降りて長いから、もう天使とも悪魔とも言えない。魔物討伐で声を掛けられた者達も近いものだ。ただの人間よりは頑丈に出来ている。エリーは五百歳を超えているとあの黒猫が言っていた」

「それでは、純粋な人間はユアンとクレアさんだけ?」


 ユアンは首を振った。なんと、私が出会った人たちはユアンを除いて純粋な人間では無かった。


「この辺りの人間はいろいろな種族との混血が進んでいるから、それも明確には分からない。ヒノクニは人と神の住む境界がはっきりしているので私は人間だとはっきり言える」


 人に対しても神に対してもほとんど鎖国状態で、他の国から入ることが出来るのは出島のような一部の地域だけ。エドワードの一家とユアンが出会ったのもそんな場所だったそうだ。

 前に一家との交流を命じられたと聞いたから国が開かれていると思ったのは、どうやら私の勘違いだったみたい。


「本人に聞かなければ分からないほど人間に馴染んでいる。混血によって自分が人間とかけ離れていると気づかない者もいる。人間と目線を合わせてくれる者もいれば虫けらのように扱うものもいる」


 弱くて文明も中々進化しない人間の世界に降りたち、優越感に浸ったり知識や力を振りかざして自分の都合の良いように世界を改変する。ユアンはそれが許せないのだと言った。


 耳が痛い。せっかく異世界転生をしたのだから魔法が使えるようになりたいと思っていた自分が恥ずかしい。無双がしたいとは思わないけれど、人並み以上に使えたらいいなとはちょこっとだけ思っていた。


「混血によって子孫を残せなくなる可能性がある。現に神々が下界に降りてからの出生率は下がったとエドワードが言っていた」

「子どもが出来なくなる?」

「人に紛れて行動する神の一人にその考えを述べたことが有る。そいつはそれを知っていて『人間が滅びようが、また神々が作り出してやるから心配するな』と言った。そんなに簡単に滅んだり作られたりして堪るか。それに今の状態で戦争でも起きたらどうなるか」


 そんなに馴染んでいるのだったら戦争に全く参加しない神様なんていないだろう。エドワードや親方が、寧ろ身近にいる人たちの為に力を尽くす方が想像に容易い。国と国の争いでは無く神々の争いになったらこの国どころか世界が危うい。


 何だか規模の大きな話になってきたことにめまいがしてきた。私はてっきり誰かを蘇らせたかったとか、極々個人的な話だと思ったのに。

 特定の個人を蘇らせるなら私は反対した。その個人の価値を下げてしまうからだ。それに死を望んでいたかもしれないのに、蘇らせてくれなんて私は死んでも言わない。


 でもユアンのやろうとしていることは種の保存だ。人工的なもので代用するのは是非が問われるかもしれないけれど、その感覚は私でもわかる。


「勿論そんな予測は外れればいいと思っている。だが準備は早いうちの方が良い。親方のように驕ることなく人の世界に馴染んでいる神もいる。非道な方法を使って神々全てを敵に回すなんてしたくはない。だから―――」

「人間を作り出すための前段階として、私を作り出したと。もしそんなことになっても人間が生きられるように」


 ゴーレムのような造り方のホムンクルス。細胞を認識できる程度の科学が発展している世界でのファンタジーな人間の造り方。ひな形として一番良い方法を取った結果私が生まれたのかもしれない。


「自分が純粋な人間であるという劣等感からくるものだと言われれば反論は出来ない。どれだけ理屈を述べようとも、東の小国生まれを持ち出されるのと同じような感覚だ」


 ユアンの表情を見ていたら軽々しく「そんなことは無い」なんて言えなかった。


「すまなかった。生まれてきた後の事を考えることをしなかった。最初から人間の大きさで作れば無力に悩ませる事をしなくて済んだのに」

「それだと、嫁もいないのに子供が出来たと言われてご近所さんに邪推されませんか?」

「…………………………確かに」


 ユアンは想像力が豊かすぎるのか足りないのか分からない。

 細胞が発見されたのは1665年。ホムンクルスを造った錬金術師とされるパラケルススは1541年没。ファンタジー世界とはいえ、こういった事を出す基準は本当に迷います。

 うまくまとまらない上に少し重たい話になってしまいました。明るい話を目指している筈なのに……

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