十八話
移動手段は空飛ぶ箒でかなり改善された。工房にある作業台から簡単に床へと降りることが出来たし、その逆も難なくできた。ひもを括りつけて上り下りする方法は、安全面でも問題があるしユアンの仕事に支障が出るので出来なかったのだ。
「扉を少し開けておくようにすれば、工房からも出られるだろう。店に続く方は安全の為に閉じておくが」
「何だか猫みたいな扱いですけどね」
「ああ、そう言えば家でも猫の為にふすまを少しだけ開けていたことが有ったな」
体が小さいと家の中を探索するのも大冒険だ。ユアンが小さな手帳とペンを持って何も言わずに後を付いて回るのは少し気になるけれど、きっと観察の為だろう。
作業台から降りられるようになっただけで一気に行動範囲が広がる。あちこち飛び回って、漸くこの家の構造が分かるようになってきた。
私が生活している工房には扉が二つ。片方は地下へ降りる階段があって私が生まれた実験室へ、もう片方は左右に続く廊下に面している。廊下の反対側は店舗部分へつながる扉、これはきっちり閉められるという事だ。廊下の左には二階へ続く階段と物置、右手には洗面所や台所等水回りがあった。結構きれいに掃除されている。
一階を箒にまたがったまま飛び回って移動しているとユアンに「すぐに魔力が切れるぞ」と言われてしまったので、降りてそのまま二階の階段の前まで歩くことにした。
階段をよじ登ってみようとしたけれど一段上がるだけでぜえはあと息が切れ、それを十二段くり返すのはとても無理だったので箒ですいーっと二階へ上る。
階段を上ると廊下が有り、右手に一部屋あるだけだった。扉はまだ開けられていないので後ろを振り返ってユアンに開けるよう促す。
「ユアン、ここを開けてください」
「ここは、私の部屋だ。入る必要ないだろう」
「ありますよ。自分の造り主がどんな生活をしているのか、ホムンクルスとして知る権利があると思います」
「断固拒否する」
ユアンは頑なに開けようとせず、かといって一階に降りるでもなく私を見張っているようだった。何だろう、エッチな本でも隠してあるとか。江戸時代くらいのそう言うの、何て言うんだっけかな……
「あ、わかった。春画だ」
「そんなものは無いっ。エドワードと一緒にするなっ」
ユアンは真っ赤になって否定する。エドワードは持っているんだ。さり気に暴露するユアンとの友情をちょっと疑う。最初は割と無表情だと思ってたのに最近は本当にいろいろな顔が見えて、とても面白い。
徐々に人に対して興味を持つようになってきた自分に気付く。やっぱりユアンはすごい人だ、とからかいながら思う。
「大丈夫です、理解はある方ですから。クレアさんにも内緒にしますよ」
「無いったら無い。どうしてそこでクレアが出てくるんだ」
からかうなんてことも以前の私からは考えられない事だ。口元がにやにやしてしまった。ユアンはやれやれという顔で盛大なため息をついた。
「そこまで言うなら、ほら、入れ」
扉こそ他の部屋と同じものの、中に広がっていたのは和室だった。土間では無く板張りの靴を脱ぐ部分が有り、段差があってその上に畳が敷き詰められている。
「すごい、床の間に掛け軸まである。何故開けるのを嫌がったんですか。てっきり片付けてないからかと思ってたのに」
「寝る場所でもあるが精神を落ち着かせる場所でもある。他人を入れたくないだけだ。それに結局故郷を捨てられない女々しいやつだと思われるのも嫌だ」
「そう言うのは捨てなくてもいいと思いますよ。いつか身に付いている文化が役に立つかもしれません」
現に私はユアンがいるおかげで全くの異文化に戸惑うことなく馴染んでいる。全てが洋風のものでは無く所々に和の息吹が感じられるのは現代日本も同じだ。ただでさえ精神が不安定な状態になりやすいのでどこか懐かしい感じにかなり助かっている。
下の階では履いたままだった靴を脱いで上がる。手に持った箒をどうしようか少し迷った挙句、入り口の壁に立てかけておくことにした。
「お邪魔します」
少し畳の上を歩いたところで正座して、青々としている井草の匂いを思いっきり吸い込んだ。今の大きさだと畳の目もくっきりはっきり見える。確かに少しだけ気が引き締まり、穏やかな気持ちにもなった。
「畳の需要はこの辺りでもあるのですか。新しいもののようですが」
「エドワードの父親がヒノクニ贔屓で屋敷にも和室が有るからな。客をここでもてなすことは無いので頻繁に換える必要はないと言ったのだが、一緒に輸入するついでだと言われて断ることが出来ない」
「持ち主に言われては仕方ありませんよね」
いろいろお世話になっている手前、強く出ることは出来ないのだろう。ああ、それにしても気持ちいいなぁ。小さな手で畳を撫でれば懐かしい感覚が蘇ってくる。
部屋にはふすまもあって、おそらく布団は押し入れにしまわれているのだろう。もしかしたら茶道具なんかが入っていたりして。抹茶が頂けることを少しだけ期待し、畳の上をたたたっと走って押し入れに近づいた。ふすまのような引き戸ならもしかして開けられるかもしれない。
縁に手を掛けて開けようとするが、びくともしない。もうちょっと力を入れないとダメかなと踏ん張って必死で開けようとしたところ、隣にぬっとユアンが立った。見ればふすまが開かない様に押さえている。
私を見下ろす様はまるで魔王のようだった。上から降りかかる、低い声。
「行儀が悪い。それとも家探しするのが趣味か」
「イエ、そんなことはアリマセン」
さっと目を反らす私を、ユアンはひょいっとつまみあげて部屋を出てしまう。私を廊下に下ろすと、他の部屋と違い扉はきっちりと閉められてしまった。残念。諦めて箒を手にする。
「後は実験室ですか。私が生まれたところですよね」
地下にある実験室は日の光や外の要因の影響を受けない様に作られた部屋らしい。作成に何日もかかるような錬金術の作業はここで行われる。
光源を弱くしてあるのか明かりが付いても薄暗い階段を下り、数か月前にいた場所へと戻ってきた。
見覚えのある台の上には、新たに三つのフラスコが置かれていた。うっすらと緑色をした液体の中にエメラルドといろいろなものが入っている。
傍には無造作にダイヤモンドとルビーが置いてあった。装飾用に磨かれていない原石に近い……おそらく、私の兄弟になるはずだったモノの成れの果て。一歩間違えれば、私も同じように置かれていたかもしれない。
そう思うとこの場所が一気に狂気じみたものに見えてくる。命を簡単に作り出せるようになったら、私は一体どのように扱われるのだろう。
この世界での倫理が少し気になったのでユアンに聞いてみた。将来的な不安を少しでも取り除きたいのもあるが、命に対してユアンがどのように考えているのか知りたかった。
「ユアンは、命を作り出すことに抵抗はないのですか」
「作られたお前まで私を批判するのか」
静かだけど珍しく厳しい声のユアン。怒鳴られていないからこその迫力とでもいうのか、冷たい拒絶が感じられる。何だか地雷を踏んでしまったようで、慌てて弁明をした。
「あ、えっと批判するわけでは無くて。聞き方を間違えました。この世界の倫理的にはどうなのかなって思ったのですけれど……」
先ほどの厳しい声が批判されるようなことなのだと答えているようなものだ。言っている途中でそれに気づいて尻すぼみになっていく。
まとまらなくて変な所で切ってしまいました。すみません。




