十七話 魔女
「魔術と魔法の違い?そんなもん気にする方がおかしいよ。大体魔女狩りなんてもんが有ったのは大昔の事だからね」
私は唖然とした。魔術を教わる前に魔法と魔術の違いをエリーに聞いたら返ってきた答えがこれだ。何だか盛大に笑われながら、頭をなでられた。
「ユアンが馬鹿真面目に説明しようとしたんだろう。そんなの何となくでいいんだよ、何となくで」
「いや、正しく理解しなければ今後何かしら支障が有るかもしれない。ミコトだって次に誰かに教える時に困るだろう」
そんなことがあるとは思えないけれども、ユアンがきっちりと教えてくれようとしているのは分かった。たった一年の命で誰かに受け継がせるものなんてないよ。自分が生きるのだけで精いっぱいだ。でもそんなことが言えるはずもなく、私は二人を見上げるばかり。
エリーは面倒臭そうにユアンの相手をしている。
「だったら単純に魔女が行ったり作ったりする物が魔術で、それ以外が魔法って事で良いじゃないか」
「それだとミコトが魔術を使えたら魔女という事になる」
「ホムンクルスの魔女か。いいね、それ。面白そうだ。錬金術と魔術の極みを持ち合わせた生命体ってね」
エリーは私を見てニイッと笑った。口調は優しいのに肉食獣のような目つき。目的が分からないけれどついうっかり誘いに乗ってしまいそうになる。
「ミコト、私に弟子入りするかい?魔女はいいよ~とっても気楽で」
「人と話すのに緊張しなくなりますか」
「ああ、なるね。度胸がつくし空を飛ぶことだってできるし、大きくなってユアンの手伝いだって出来る」
ユアンの手伝い……錬金術師の助手……なんかカッコいい。それだけでは無くてユアンに料理を作ってあげたりしたい。助手兼家政婦でユアンを支えてずっと一緒にいて……ってそれもう嫁みたいなものじゃない?
でも寿命一年なのにそんな状況になったらちょっと辛いかも。いや待って。自分の都合の良い妄想はダメだ。大きくなったら邪魔者扱いされるかもしれない。今だって話をきちんと聞いてもらえるのは生み出した責任があるからで、実験の対象として見られているからだ。
ふう、危ない危ない。うっかり希望と恋愛感情なんか持ったらそれこそ自殺の理由が増えるだけだ。
ユアンが渋い顔をしている。
「ミコトを誘惑しないでもらいたい。魔術が使えるかどうか、それだけ確かめに来ただけだ」
「それなんだけどね。生きる為に魔力を使っているなら魔術も使わない方が良いかもしれない。けれど、結局のところ、魔法や魔術が使えるようになりたいというよりもミコトは何か仕事がしたいという事なんじゃないか?」
的確すぎる指摘に面食らいながらも私は素直に答えた。
「ええ、そうなんですけど……何をするにもこの大きさでは使える道具が全く無くて」
「はっ、馬鹿じゃねェのかこいつ」
ユアンでもエリーでもない声がいきなり聞こえてきて、私は辺りを見回した。二人以外に人はいない。棚の方に黒猫がいるが他に声がしそうな生き物はいなかった。幻聴だろうか。
「道具が無いなら作ればいいだろ」
黒猫がタンっと私の傍に降りると、人語で話しかけてきた。驚いて何も言えないでいるとエリーが「使い魔だよ」と教えてくれる。
金色の瞳に黒く細い瞳孔で私を見る黒猫。そのまま食べられてしまいそうな恐怖感と、しゃべるにゃんこにときめく気持ちで何だかドキドキしてしまっている。
「掃除なら箒と塵取りを。洗濯なら自分サイズのたらいや洗濯板を。小人だってみんな自分で作っているだろうが。甘ったれてんじゃねェ」
姿と裏腹に口が悪くて可愛い。ちょっとにやけてしまいそうな口元を引き締めて会話をしようとした。動物と話すなんて滅多にない機会だもの。
「まず材料からして手に入らないよ」
「そこはユアンを頼ればいいだろうが」
「これ以上ユアンに迷惑かけたくないのに、ユアンの手を借りるの?それに道具を作るための道具もないんだよ?箒を作るなら木を削るからナイフが必要だけど私が使えるナイフはどうやって作るの。親方に注文する?そのお金は誰が払うの。移動もまともに出来ないのに」
いろいろ、たくさん考えた。考えた上でどうしようもない事に気付いてしまう。出来ないのなら他人の手を借りればいいというけれど、私にはそんな事できない。頼むことすら申し訳なくて、出来ない事は出来ないと諦める。転生したってそう言う生き方はなかなか変えられない。ずうずうしい生き方なんて出来ないよ。
「ミコト……猫が相手だと嫌に饒舌だな。問題がようやく見えてきた。お前は遠慮しすぎだ」
「取り敢えず箒なら用意できるよ」
私が呆気にとられている間にも、ユアンとエリーの間で話が勝手に進んで行く。エリーが奥から持って来た、柄の部分に光る石の埋め込まれた箒が呪文により目の前で小さくなった。
「ミコトが使いそうな道具を持っておいで。小さくする魔術を纏めて掛けてあげるから」
「でも、お代が」
「エドワードがいるから問題ない。無茶な願望を言うのはわがままだが、自分に手に入れられない必要なものを要求するのは我がままでは無い。対価を払うべきだと思うならいろんなことをして観察記録を書かせてくれ」
「まぁた小難しいこと言って。小っちゃいなりで何にも出来ないんだから遠慮するなって事だよ。ね?バステト」
黒猫はエリーに話しかけられるとふんっとそっぽを向いて別の部屋に行ってしまった。事態が好転したことを考えるとちょっとツンデレっぽいかもしれない。
「ほら、この箒はサービスの魔術具だ。魔力で空が飛べるようにしてあるから切れたらユアンに補給してもらうと良い。ちょっと飛んでごらん」
私のサイズに合わせた小さな箒にまたがってみた。途端にすーっと軽くなって足が離れていく。まるで昔から飛び方を知っていたようなその感覚がとても信じられなかった。思う方向に曲がり、着地もすんなりとできる。
「魔力は石の部分から補充するんだ。くれぐれも解体なんかするんじゃないよ、ユアン」
「そんなことはしない。それより、どのくらいの時間飛べるんだ」
「使っていたのが随分前だから、今は直ぐに切れると思う。見習の魔女に感覚を掴んでもらうためのものだから私には必要のないものだしね」
箒の扱い方の説明をユアンが受けている間、私はずっと店の中で飛んでいた。楽しい、ものすごく楽しい。これなら作業台の上からすっと降りられるし、出来る限り手元に持っていなくてはならないけれど、軽いので苦にならない。
ユアンとエリーの頭上を飛び回る。早くは無いので恐怖心もあまり無い。
「なんか虫が飛んでるみたいだな」
「ひどい、ユアン。え、あれれ?」
びゅんびゅん飛び回っていた箒は、まるで電池が切れたおもちゃのように速度と高度が少しずつ落ちて床に着地せざるを得なかった。それまで光ってた石がスイッチをオフにしたように暗くなっている。
「ユアン、電池……じゃなかった。魔力入れてください」
「おもちゃじゃないのだから、必要な時だけ使うようにしなさい」
子供みたいに叱られてしまった。エリーに教えてもらいながらユアンが箒に魔力を注ぐ。暗かった石に再び光が灯り始めた。
「ふふ、気に入ってもらえて何より。一度補充すれば数日は飛び続けることが出来るよ。あとは自分に何が必要かユアンと話し合って、またおいで」
「はいっ、有難うございました」




