十四話 言葉
「すまんな、うちの小人たちにどうやら手ひどくやられたみたいで。あいつら、いつもはそんなんじゃないんだけどな」
迎えに来たユアンに親方が報告する。迎えに来てくれた喜びよりもみじめさでいっぱいで、私はユアンの顔がまともに見られなかった。来た時よりも荷物が増えているところを見ると採集は成功したようだ。
ユアンはポシェットの口を開けて中に入るように促す。
「帰ろう、ミコト」
静かで優しい声。急いでポシェットの中に入ってから、声を上げずに泣いた。布越しのユアンの体温で段々と落ち着いてきたのか工房に着くころには落ち着いていた。
ユアンは工房に戻ると採集したものの処理を始めた。私はぼーっとそれを眺めるだけ。何にもしないで。ユアンの手伝いもしないで。
死にたい。いったい私は今まで何をしてきた。小人以下だ。体が小さいのを良い事にユアンを気遣う事もしないで。前世で一応成人してたのに。ぐるぐると思考が回る中、状況を良くしようと出した答えは一つだけ。
「ユアン、何か手伝えること、有りますか?」
一縷の望みを掛けて恐る恐る聞いてみる。自分で出来ることが一つも思いつかないので、相手に聞くのは仕方ない。必要ないなんて言われたら今度こそ本当に―――
「今日あった話を聞かせてほしい。単調な作業だから話し相手になってくれると助かるし、観察対象として何が有ったのか聞きたい」
微塵もぶれないユアンの態度に何だか笑ってしまった。拒絶ではなくて、ユアンにそれが必要だから言っただけという感じだ。
変に気づかいされるより余程良い。
「作業の手伝いじゃないんですね。……小人は、一人前にならないと名前がもらえないそうです」
今日あった出来事を一つ残さず話した。話ながら、自分で何とか状況を変えれなかったのか考えてみたけれどどう考えたって無理だ。親方に相談したところで、親方も私の事を小人と思っているのだからきっと困らせるだけだった。
小人の側からしてもなんか変な奴が来たと警戒していたのかもしれない。小人を恨むのは筋違いだと自分でもわかっているから、責めるようなことは口にしなかった。
結果、やりきれない思いの矛先は自分に向く。自分がきっとおかしいのだと、周囲に合わせられない自分が悪いのだと。ユアンの反応によっては一年も生きられないかもしれないと思ってしまった。
「何にもできませんでした。何もかも知らなくて、聞いても教えてもらえなくて本当に役立たずでした」
だけど。
「小人にそんな決まりがあるとは知らなかった。居づらかっただろう?そう言う物だと決めつけられるのは」
武家の生まれだから武術が得意なはずと先入観を持たれて接するのは辛かった。ユアンはそう言って苦い顔をする。
前世では全くなかった他人の反応に私は驚いた。驚きすぎて思わず敬語が抜けてしまう。
「責…めないの?私が何にも出来ないのが悪いって。子供じゃないんだから甘えるなって」
「何もできないのは仕方がない事だろう。ミコトは小人とは違う。小人が親なり誰かなりに学んで既に身に付けていることを同じようにミコトは学べない。学ぼうと思って聞いたのに拒絶されたならどうしようもない」
そこからユアンは持論を述べて行った。思う所が有ったのか語りに入ってしまって手が止まっている。
「常識が無いと顔をしかめることは出来るがそもそもその常識さえあやふやなものだ。全く同じように育てられたとしても性格や考え方は変わってくる。私が知らない事をミコトは知っているかもしれない。ミコトは私をこんなの常識だと責めるか?」
私はぶんぶんと頭を振った。
「私はそんなことしません」
「ああ、ミコトはしない。でも小人はした。大事なのは責める人間もいるという事を知っておく必要があること。意図的に意地悪をするものもいるが、小人はそれが普通なのだったら仕方がない。それを受けて小人たちを変えるより次に自分がどうするかを考えた方が有意義だ」
きっとそれはユアンも通ってきた道。生まれてから身に付けてきた常識の通用しない異国で、自分が変わろうとしたんだろう。
「取り敢えず、ミコトは何がしたいのか目的によって選ぶ手段も変わってくる」
「ユアンのお手伝いをする為に、まずは魔法を学んでみたいと思います。もしかしたら使えないかもしれないけど」
小人たちも使えるのを見て、思ったのだ。移動にすら苦労するけれどもし魔法が使えたらもう少し何とかなるんじゃないかと。生産性のある暮らしをしたい。生きているだけの状態から脱却したいとユアンに伝えると、ユアンは今度はそれを否定し始めた。
「例え体に欠損が有って生産性のあることが何もできなかったとしても、目や耳に障害があって外部の情報を受け入れにくくとも、言葉を話せずに意思の疎通が出来なくとも、生きていると言うのはそれだけで奇跡だ。何故ならそれは―――」
言葉を区切り、ようやく手が止まっていたことに気付いてまた動かし始めている。
「未来があるからだ。死んだ者には何もない」
「綺麗事じゃないですか。今言った物全部持っていたとしても、今日より明日がよくなるなんて思えませんでした」
自分の決心一つで誰かに気軽に話しかけられるなんてあり得なかった。顔色窺って、時間を割かせるのすら申し訳なくて、話している言葉も通じないような気がして。息ながらにして死んでいる状態は果たして生きていると言えるのか。
「何のために生まれて来たか、自分が生きる理由なんて本人にしか作られない。取り敢えず私はミコトを生かすために生まれさせたが、それで何をするかはミコトの自由だと思っている」
「突き放すのか励ますのかよく分からない言葉ですね」
「すまない、期待に押しつぶされるようなことにはなるなと言いたいだけだ。そもそもその状態で押しつぶしているのは自分の心だからな。―――言葉を変えよう、簡単に言ってしまえばミコトが生きようとしてくれるだけで私は嬉しい」
息が、止まる。もしかしたらそれはずっと私が欲しいと思っていた言葉だったのかもしれない。
ユアンは何てこと無いように乾燥状態になった物、或いは粉末状態になった採集物を引き出しにしまっていく。作業は一区切り終えたようで、漸くこちらを見てくれた。
違う、私がやっとユアンの顔を見る事が出来たんだ。言いたいことを吐き出して、ユアンはしっかりそれを聞いてくれた。
前世でもそんな人が身近にいたらよかったのに。ユアンはすごい。
「魔法か……。私が教えるのと専門家に教わるの、どちらが良い?」
「私の知っている人ですか。そのために知り合いが増えるのはちょっと……」
「せっかく前向きになったと思ったのに、その辺りはまだ後ろ向きか。まあ、あまり気負わず、無理せずに頑張ればいい」
ユアンはそう言って観察記録をつけ始めた。良い話でまとまるのかと思ったけれどやっぱりそれか。でも、なんだかとってもすっきりしたので気にならなかった。




