十三話 親方の工房
私が落ち込んでいる事すらユアンにとってはきっと研究材料なんだろう。あれから特に失言を謝ることもなく買い物を済ませて工房に戻ってきた。
気にしていないだけかもしれない。ユアンにとっては取るに足らぬことなのかもしれない。謝ってもらっても私が何もできない事に変わりは無いのだからユアンの言っていることももっともなのかもしれないと、本当にいろいろな事を考えてしまう。
これじゃ、前世と同じだ。後ろ向きスパイラルに陥って自殺行きまっしぐらだ。エリーの言うとおり気にしない方が良いのかもしれない。
日が沈み夜が明けて、何事もなかったかのようにユアンが話しかけてくる。食事の世話をしながら、私を見る目はやっぱり観察者のもののように感じた。
「昨日だけでなく、ずっと思っていた事なんだが」
「はい?」
何だろう、改まって。ずっとという事は昨日の一件に関してでは無いのが分かる
「ミコト、他人同士の会話を聞くだけでほとんど人と話してないだろう」
「え、そ、そんなことないですよ。クレアさんとはちゃんとお話ししてましたしっ」
ばれた。会話に参加しているふりをして実質ユアンとしか話していない事がばれてしまった。私なりの馴染む方法として取っていた事がユアンはお見通しだったらしい。
「ふむ、一対一なら話が出来るという事か。それとも私がいることで努力を怠っているという事か」
ぎくり。ユアンがいると人と話をしなくて済むから楽だなあなんてそんなことはしっかり思っていたけれども。ついーっとユアンから目を反らして明後日の方を向く。
「という事で今日は親方の工房に預けることにする。ミコトは少し話す修行をするべきだ」
「うえっ、嫌だ。なんでよりにも寄って」
「駄々をこねるな、中身は立派な大人だろう」
「この世界に生まれてからまだ二か月も経ってません。まだまだ不安がいっぱいです。御理解して頂けると有り難いのですが」
内気な私はどこへ行った。両手を組んで祈る様にし、あざといと思いながらもユアンを見上げた。盛大なため息をついた後、ユアンはむんずと私を掴んでポシェットに入れてしまう。
「ぎゃぁあああーユアンの馬鹿~!鬼ー、人でなしー」
「なんだか子育てしてる気分になってきたな。結婚もまだだというのに何でこんな思いをしなければならないのだ」
袋の中でじたばた暴れるという必死の抵抗もむなしく、親方の工房に連れて行かれてしまった。クレアさんやエドワードなんかもいるのに何で親方の所なんだろう。
火を取り扱っているせいか、工房の中は熱気が漂っている。修行中なのか、まだ年若い少年から親方と同じくらいの男性もいた。
「ここなら鍛冶を手伝っている小人がいるし、友達を作ったり小人がどんな作業をしているのかも見てみると良い。自分と同じサイズだから怖いということもないだろう。親方、よろしく頼む」
「そういう事か、社会勉強ってことだな。ユアンの工房で嬢ちゃんが何をしているかも知らねぇが取り敢えず小人たちに付いてくれ。火のそばだけは気を付けろ」
ユアンは心配する素振りすら見せず、そのまま外へ出て行ってしまった。一声かけてくれないのは少しだけ、寂しい。
人間の大人たちが作業している中、隅の方に小人専用のスペースが有った。親方が私を手のひらにのせながらそこへ案内する。怖いので出来るだけ親方の顔を見ないように気を付けた。
「良い工房には小人が住みつくとされている。人目に付かないよう作業するのが普通なんだがうちは増えすぎてな。人間の方が驚いて支障が出始めたからこうやって専用の場所を用意してやったんだ」
見るといろんな道具や窯が小人の使いやすいサイズだ。七人の小人が忙しそうに働いている。白雪姫はいない。
親方が声を掛けると小人は手を止めて集まった。石の床に降ろされて皆に紹介される。
「ユアンの所にいるミコトだ。皆、仲良くしてやってくれ」
「親方、新入りか」
「いーや、今日一日だけ預かることになった。簡単な作業だけさせてやってくれ」
「ああ、わかった。俺が、教える」
「よろしくね」
小人たちの話す言葉はとても短くて簡潔だ。だから私も短い返事で済むのは少しだけ気が楽だった。大きさも同じくらいなので見上げなくて済むのは嬉しい。
皆お揃いの服を着ている。髪の色や眼の色がそれぞれ違っていてとても個性的な顔立ちをしていた。古い外国の絵本に出てくるような、鼻が大きかったり目がぎょろりとしている決して可愛いとは言えないあの感じ。
「あなた、お名前は何て言うの?」
「まだ、もらって、いない」
教えてくれると言った小人に名前を尋ねたがむっとした顔をされた。その様子を見ていた親方が代わりに答えてくれた。
「名前を与えると一人前として認めたことになるんだ。なんだ、ミコトは小人の決まりを知らんのか」
「生まれ……じゃなかった、ユアンの家に行って直ぐに名前をもらいました。それより前は務めたことが無かったので」
親方は私を小人だと思っている。危うくユアンの家で生まれたなんて言ってしまう所だった。名前の決まりをユアンは一言も言わなかったから、もしかして私は一人前だと思われてしまっているかもしれない。
錬金術師と鍛冶師の工房では仕事は全く違う。勿論ユアンがやっていることも厳密には分からないのだけれども、傍に居て作業を見ているうちに薬を作っているな、石を組み合わせて原料を作っているな、位は分かってきた。
だけど正直言って、小人たちが何をしているのかさっぱりわからない。鍛冶と言えば鉄を溶かして型に入れたり、熱した鉄を叩いたり冷やしたりして鍛えたりするのを想像していたのだが、もう少し進んだ文明を持っているようだった。下町の工場にありそうな機械も使っている。
「火力を上げてくれ」
「どうやって?」
私がそう言うと小人は驚いたような顔をした。ふいごらしき道具も全く見当たらない。小人は返事をせずに黙って火の傍に行って何かをすると、火の勢いが増した。―――魔法だ。やっぱり理解できないや。
別の小人が小さな窯に鉄の棒を突っ込み、とんてんかんとハンマーでたたいて釘を作っていく。なるほど、釘だったら小人でも作れる大きさだからか。
うん、何となく分かるところまで来た。と思っていたら先生小人が来て私に用事を言いつける。
「ここを片付けてくれ」
「えっと、これはどこへしまえばいいの?」
他人の家で片づけなんてしたことないよ。物をしまう場所を聞いたところでおかしくは無いと思うんだけど、また変な顔をした。むすっとしながら荷物を自分で持って運んで行ってしまう。持ちきれないものがあれば私も手伝うのに残っている物は何もなかった。
うまく行かないな。聞き方や答え方が悪いのだろうか。
「バケツの穴、塞いでくれ」
「はい、やり方を教えてください」
「小人なら、出来るはず」
「ユアンの工房でやったことないもの。教えてもらえなくちゃ、頑張ることも出来ないよ?」
少しイラついてしまっていたが、表に出ない様に注意しながら聞いた。間違った事は言っていないつもりなのに、小人はガンっとバケツを叩いた。
それを合図に周りで作業していた小人たちが集まってくる。皆、怒ったような顔をしている。
「な、なに?」
怖い。七対の視線がしっかりと私を捕らえ、口々に不満を言い始めた。殴られることは無かったが、小人たちの言葉がまるでナイフのように心に刺さる。
「お前、なんにも出来ないんだな。一人前の筈なのに」
「ユアンの家、何してる」
「仕事できない、いる意味がない」
「ごはん、もらう、おかしい」
「名前と服、もらってずるい」
「親に、何を、教わった」
「こらこら、何をやっている。ミコトをいじめたらダメだぞ」
ぎゃいぎゃい言っているのが聞こえたのか、親方が声を掛けてくれた。小人たちはささーっと作業に戻っていくのを見て親方もその場を離れる。一人取り残された私はしばらくショックを受けていた。せっかく生まれ変わったのに、人間じゃなくなったのに、同じような事を体験するなんて。
おかしいよ。見ず知らずの職場で右も左も分からないのに、やり方を聞くだけで精神異常者扱いされた。
ここは一日だけだけど、前世では働き続けなければならなかったからぐっと我慢するしかなかった。その内心がどうにかなって、自分で終わらせることを選んでしまったけれど。
ユアンが迎えに来た時に、出来れば明るい報告をしたい。今日一日頑張れたよって胸を張りたい。
私は泣きそうになっていた顔を上げて先生小人に近づいた。
「あの、何をすれば……」
「邪魔、あっち行け」
仕方なく今度は他の小人に声を掛ける。
「何か手伝えることは」
「ないっ!」
取りつく島もなく、しばらくうろうろしながら声をかけまくった。でも結局ユアンが迎えに来るまで私は親方の工房の隅っこで一人で丸まっていることしかできなかった。




