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十話 観察記録

 三体のうちの一体だけが欠損も見られずに人の形を作っている。エメラルドの他は単なる物質のままで蒸留器の底に沈殿している。魔力によって光が揺らめく石以外は全て腐ってしまった。


 ルビー、ダイヤモンド、エメラルド。三つともエドワードが用意したものだ。錬金術師として店は開いているもののそこまでの稼ぎは無い。

 協力を仰いだときの様子を思い返す。


「ふんふん、ゴーレムづくりを参考にして魔力を帯びた石を入れてみたいと」

「ああ、大学で教わった人体の製造方法で成功したと言う話は、パラケルスス学長の報告だけだ」


 蒸留器に人間の精液とハーブや糞などを入れ、四十日密閉し腐敗させたものに毎日血液を与え四十週保存する。出来上がったホムンクルスは生まれながらにしてあらゆる知識を身に付けていると言う。


「馬鹿馬鹿しい。男尊女卑が顕著に表れている考え方だ」

「ああ、だから人間の成分とされる水、炭素、アンモニア等に加えて魔力の元となる石を入れたらどうかと思って」


 同じ大学を出たエドワード。在籍している学科は違うのに暇さえあれば私がいる研究室に入り浸っていて、なぜか知識はほぼ同等に有った。専門的なことを説明なしに言っても理解できている。


 ゴーレムの製造を実際に行った事は無いが知識はある。鉄、石、木など体を作る材質のものを、核となる石に魔力で回路を刻み込んでつなぎとめる。「何かを守れ」とか「侵入者を排除しろ」という単純な命令しかできないが、ホムンクルスの製造にまず望むのは「人の形を保つ」ことと「生きる」ことだ。そんな初期段階の技術さえ確立されていないのだから、多少邪道でもとっかかりにはなるだろう。


「質の悪いものなら粉末にして製品に練りこむことはあっても、人体の生成に使うならそれなりのものを使いたい?」


 長い付き合い、細かいことまで言わなくとも分かってもらえるのは利点だ。でも全てを見透かされているようで、エドワードの会話は時折緊張することが有る。


「出来上がるのは人間ではなく、石に宿った妖精かも知れなくても?」

「……間違っていたとしても成功すれば、本格的な人体製造の手がかりとなるかもしれない」

「なるほど。価値のある石なら貴族である俺の方が取り寄せには向いているか……予算は?借金がかさんでいくけどいいのか?」


 痛いところを付かれた。材料を自分で調達したりして経費を抑えているが稼ぎはかろうじて黒字と言ったところだ。

 著名な錬金術師なら本業以外にも大学の講師に招かれたり本を出版したりしてそれなりの稼ぎができるだろう。けれど町のはずれで依頼を待つだけの工房では、店舗を構えていられるだけで奇跡に近い。


「生きているうちに返せる範囲で頼む。成功した暁には連名の条件も付けよう」

「分かった。石の調達は任せてくれ」


 ―――ホムンクルスの目覚めは突然だった。人が生まれるのと同じ四十週を過ぎたところで、目が開いていることに気付いた時には気が動転していた。人間の赤子とは違うのだから言葉が話せてもおかしくは無いのに厳しく問い詰めてしまった。精霊ならそれでも構わないと自分が言っていたのに。


 武士に向かない育ち方をした私に父が放った「出来損ない」と言う言葉を思い出す。自分の想い通りに育たなかった子供は無価値だと言う考え方を否定するために家を出た。それなのにホムンクルスが喋っただけでああも取り乱すなんて。

 例えホムンクルスが何もできなかったとしても「出来損ない」と言う言葉だけは決して言うまい。


 主に名前を付けてもらえないから飛び降りるとは、意外に繊細なのか。それとも恐怖心を持っていないのか。受け止めようとして目測を誤った時には、あまりに運動神経が鈍くて自分が嫌になった。


 ミコト。命。まるで奇跡の様にピッタリな名前に、幸先がいいと感じた。


 生き物を育てたことが有るので食事などの世話はできると思ったが、至らない事がぼろぼろと出てくる。


 前世は人間だったというから意思の疎通はできていると思うのだが、時々分からなくなるときがある。猫と同じ行動を起こすあたり、もしかしたら頭は良くなかったのかもしれない。


 特に服のことは、エドワードに指摘されるまでそのまま過ごさせるつもりだった。当分は部屋から出さないつもりだったし、ミコトは何も文句を言わないので不満があるとは微塵も思わなかったのだ。


 クレアさんに服を作ってもらう事で女の子にしか見えなくなった。据置型の鏡を姿見にして、作ってもらった服を着るミコトはやっとここへ来て笑うようになった。感情が表現できるようになったと言う喜びよりも、単なる観察対象としか見ずに小さいながらも人として扱えと言われているようだ。


「それからこれ、一緒にお出かけするときに肩に乗せるだけではミコトが落ちてしまうかもしれませんから」


 そう言って渡されたのは、紐の長い花柄の小さな巾着だった。


「ミコトを中に入れて首から下げるんです。この大きさならミコトも苦しくないでしょう?」


 確かに有り難い。有り難いが男性が持つものではない。私にこれを首から下げて歩けと言うのかと、花のように綻ぶ笑顔を前にして文句が言えるわけでもなく。


「お気遣い、有難うございます」


 そう言って受けとるより他は無かった。エドワードがクレア嬢の見えないところで壁に手をついて笑っている。


 焼け死にそうになった事と言い、本に潰されそうになった事と言い、一歩間違えれば死ぬような危険に何度もあっている。もしかしてミコトは死にたがっているのだろうか。

 少しだけ気を付けて接した方が良いかもしれない。


 そう思っていた矢先、奇跡を目の当たりにした。死に至るほどのけがを負ったエドワードを一瞬にして治してしまったのだ。魔術の無い世界から来たはずのミコトが魔術とは別の力を使っていた。「死神が……」と言っていたから、もしかしたら私達とは別の次元で生きているかもしれない。


 製造方法はでたらめだったもののホムンクルスが生まれながらにしてあらゆる知識を身に付けていると言う情報は、要検証すべきだ。

 地理について知らなかったようだが、別の世界で生きていたなら無理もない。

 この世界に合わせようとして知識をひけらかすことを抑えていることも考えられる。自分が生きる為に馴染もうとするのは私も覚えがあることだ。


 生き物について差異がある世界だったかどうかは今のミコトの反応ではわからない。けれどもしも人間がここと同じような種族で、人体についての知識を持っているならいつか教えてもらえないだろうか。


 ―――いや、ミコトは生きているだけで良い。知識を貪欲に求めるのは抵抗が無いが、その行動でミコトを追い詰めずに済むとは思えない。他者を犠牲にして知識を得るなど愚者のすることだ。


「日記ですか?」

「観察記録だ」


 ミコトが私を見ながら聞いてきた。春が来たので色味の柔らかい服を着ている。薄紅と白は着物の春のかさねと同じだ。ふうんと頷く様子をじっと見つめていると、ミコトはハッとしてこちらを見返してきた。


「わっ、私の観察記録ですかっ?」

「本当は日ごとの身長体重から食事量排泄物抜けた髪の毛や垢まですべて記録したいのだが」

「いーやーぁああああ何てこと言うんですかっ!ただでさえ人見知りなのにそんな変体臭い人に造られたなんて」

「生物を観察するなら当たり前の事だ。すまない、気を悪くしたか」


 珍しく大声を出した後、口を閉じて観察するようにこちらを見てくる。何か言おうとしたが飲み込んだようだ。表情が少しずつ豊かになってきたのは特筆すべき変化だろう。

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