一話 転生
それは高校生活の何気ない日常の一コマ。昼休みも終わる頃のたった数分の出来事。
後ろの席のクラスメートと仲良しの子が、前の私の席に座っておしゃべりをしている。本当によくある他愛ない風景だ。けれど私にとっては数学のどんなに難しい問題よりも解決するのは困難である。
邪魔せずにどこかへ立ち去り、チャイムが鳴るまで時間を潰すか。それとも「ごめんね、いいかな?」と言ってどいてもらうか。
前者の場合、私の行き先となる場所は図書室くらいしかない。他のクラスの友達なんているわけがないから。私が今抱えているのは図書室の本だ。つまり、用もないのにまた戻ることになる。図書室にいる人たちは不審に思うだろう。
コミュ障だなんて思われたくない。一人でいるのが好きなだけで他人との意思疎通が出来ないわけでは無い筈。後者を選び、意を決して声を掛ける。ミッション、スタートだ。
「あの」
大丈夫、相手はおんなじ人間、しかも日本人だ。さりげなく……愛想よく……と思ってはいるのに私の口は変な方に歪んでいる気がする。血圧と心拍数が上がり、呼吸も苦しくなる。これはいかん、とっとと用事を済まして安住の地を手に入れるのだ。
「そこ、どいてくれる?」
言えた、言えた!偉いぞ私。ミッションコンプリート、後は相手の出方を待つのみだ。話しかけた子は私の顔を見上げ少し驚いたように慌てて立ち上がった。
「あ、はい。ごめんなさい」
後ろのクラスメートも一緒に立ちあがりどこかへ移動するようだ。私はほっとして自分の席に座り、話が出来たことで少しだけ自信がついた。まだ、大丈夫。まだ、私は人間だ。一般人だ。宇宙人や不思議ちゃんなんて呼ばれる人種では無い。
座って本を開こうとすると、去り際に二人の話している声が聞こえてくる。
「何あれ、感じ悪っ」
「そんなに怒らなくてもいーじゃんね」
ひそひそ話がばっちり私の耳に届く。怒ってないよ、緊張していただけなんだよ、と言えるはずもなく。後悔の念と共に手に入れた自分の席は決して安住の地などではなかった。周囲が私を見てい居る気がする。気のせいかもしれないが、居心地はすこぶる悪い。用事があるふりをして逃げ出してしまいたいけど、わざわざどいてもらった以上それも出来ない。借りてきた本に目を落とし読み始めるふりをするが、もやもやした気持ちで頭に内容が入って行かない。
涙が出そうだ。喉の奥から何かがこみあげてくるように苦しい。
そんな小さな出来事でも積もり積もれば私と言う人格に影響を及ぼしていく。私の一生懸命は他人にとっては極々些細な事で、私にとっての重大な出来事は他人にとって日常茶飯事だ。真剣に親に相談すれば笑い飛ばされ、徐々に他人に心を開かなくなっていくのは至極当然だと思う。
雨だれが石を穿つように心にぽっかりと穴をあけるには十分な、他人との意識の差。現実世界に居ながらにして私だけ別の世界を生きているような感じ。これが私の個性だと堂々と一人で生きられるほど強くは無くて、精神科に行くほど体に不調が出ているわけでもない。
けれどそんなことでも死を選ぶ理由になり得てしまう事を、周りはきっと理解できないだろう。
数年後、高校を卒業し就職もした。周囲を取り巻く環境が変われど私の性格は変わらない。話しかけるのすら苦労して、なぜ私は言葉を話さなければいけない人として生きているのだろうと、考え続け眠れない日も有った。
後ろの席の子だって自分がいなければ友達と楽しくおしゃべりを続けていた。会社の人達だって気を使っているのが見え見えだ。面倒くさそうな厄介者を扱うような気配がひしひしと感じられる。
自分がいなければみんな幸せになれる。自分がいなければ世界はもっとよくなる。自分がいなければ……。
同情してもらいたいんじゃない。分かった風な口を利かれ優しくされても、相手の優越感が透けて見えるだけだ。
注目してほしいんじゃない。人前に立てるような性格では決してないから。
ならばどうしたいのか、どうして欲しいのかとよくよく考えてみた結果、私の欲求は「この世から消えてしまいたい」の一言に尽きると思う。社会に適応できず引きこもりになって親に迷惑はかけたくない。それでは問題が先送りされるだけだ。だから、私は―――
「そなた、また自ら命を絶ったのか」
天国行きか地獄行きかを決める審判の場で、神様と思わしき人物が呆れるような声を出した。数人いる裁判官のうちの中央、豊かな白髪と長く白いひげのその人は高い場所から私を見下ろしている。
ドラマで見る裁判所のような空間だ。私が今立っている証言台と裁判官。弁護人や検事のいる場所は用意されて入るが無人の状態だ。ただ違うのは傍聴席と壁が無い事だ。だだっ広く真っ白な空間が私の背後に続いている。
人間が作り出した風景を創造主である神様が使っていることがとても滑稽に思えた。こういう空間は自然界にあるもので作り出せばいいのに。大体日本だったら閻魔様の筈だ。あれ、中国だったかな?
また、という事は生まれる前にも自殺したことが有るという事か。そんなの私の知ったことではない。「私」の人生は「私」の分しか生きていないのだから、前世の私の事まで責任は持てない。
「地獄へ行って罪を償い、せっかく生まれ変わると言うのになぜその度に自殺をするのだ?命に対する冒涜だとは思わんのか」
「えーっと……」
そんなこと言われても前世の記憶が有るわけでもないし、私にとっては今世で初めて自殺をした事しか覚えが無いのですが。それを言っても質問の答えになっていない気がする。
質問はどうして自殺をしたのか、という事だろうか。何を聞かれていて、どう答えればいいのか分からない。ふっと魔が差してしまったが、それまでは一生懸命に生きていたつもりだ。周りとの軋轢が生じようと光のない人生を取り敢えずでもいいからと歩んできた。
神様らしき人物が大きなため息をついた。私が黙っていることに業を煮やしたのだろうかと、焦る。何か答えなくてはと思うのに口は言葉を紡がない。代わりに動いていない筈の心臓がどくんどくんと大きな音を立てる。
苦しい、逃げたい。死んだ後までどうしてこんな思いをしなくてはならないのか。人の顔色窺って自分の感情を押し殺して生きるのに疲れ、楽になろうと逃げだしたのに。
「答えられぬか。ならば実験的に記憶を持ったまま生まれ変わらせよう。意識が変わってしっかりと悔いることが出来るやもしれん」
神様の周囲がざわざわとし始めた。静粛に!ってこちらが言いたいくらいだ。
「お待ちください、天国行きか地獄行きかを決める裁判で直に転生の判決は―――」
「仕方あるまい?このままこやつが同じことを繰り返せば、欠陥品であると認めねばならぬ。それはあってはならぬことだ。地獄に落とすばかりでなく導いてやるという、判断をより良き方へ改めなければならぬのは人だけでは無く我らも同じこと」
神様がそう言うと、皆納得したようにうなずいて静まった。つまり私が自殺を繰り返すと神様は欠陥品を作ったことになって万能ではないという事になってしまう。何とか私に行動を改めさせるために転生させるという事か。
生まれた時から死にたかったわけでは無いのにな。成長していく過程でうまく行かなくなってしまっただけで、本能として備わっている物でも何でもないと思う。神様が気にすることじゃないと言いたくても口は開かず、私は呆然と立っているのみだった。
どうせ、伝わらない。何を言ったって無駄だ。
「寿命が一年の人工生命体へ記憶所持のまま転生。以上を自殺という罪に対する罰とする」
裁判と言いながら弁護も何もできず、判決が下されて木槌が叩かれた。なんだか微妙にちぐはぐな感じがする。随分乱暴な裁判だなと思いながら両脇を抱えられて引きずられるように退場させられた。どうせ弁護したところで、誰も聞いてくれる人はいるはずもない。
神様とでさえうまくコミュニケーションが取れないのかと絶望しながら、私は転生と言う道を歩むために意識を手放した。
懲りずにまた始めてしまいました。よろしくお願いします。
自殺はダメですよ。明日誰かが面白い小説更新するかもしれないし。そう、誰かが!




