第6話 誘惑は魅力的で
アルベルトは、セルマの正面に座っていた。その細いが筋肉質な腰周りにはかわいいピンク色の毛布が巻かれている。衝撃的な一言を放ったセルマの目から隠すためだ。ちなみにこの毛布は色からも分かるように、セルマの部屋にあったものである。
「んー…ほんとにあるべるとさんなの?」
訝しげな目でアルベルトを見るセルマ。まだ理解できずにいるようだ。
足元にはうみうしのぬいぐるみが置いてある。
「本当にそうだと言っている。」
アルベルトはため息を吐いた。
「…そういえば、これだけ騒いでも誰もこの部屋に入って来ないのだな。」
もう諦めたようにセルマに話を振る。
考えてみれば、違和感があった。セルマ一人しかいないはずの部屋から、アルベルトが大きな声を出しても誰も来る気配がない。
セルマは頭の上にはてなマークを沢山浮かべている。なかなかのあほ面だ。
「ニコラスはこれをならさないとこないよ??」
そういってベッドの枕元から紐のついた鈴を持ってきた。銀色の鈴の表面は綺麗に磨かれている。
「えーっと、これをならすとね、ニコラスのもってるすずがなるんだよ。そしたらきてくれるんだー。」
アルベルトはまじまじと鈴を見つめる。小さく呪いの言葉が彫られてあるのを見つけた。これが、ニコラスの鈴と連動させる効果を持っているのだろう。この様子だと、この部屋のドアにも何かしらの呪いが施されている確率が高い。
「ニコラスとやら以外は誰も来ないのか?」
「うん」
セルマは何を当たり前の事を言っているのだろうかというような表情をしている。
実際、セルマは物心ついた時にはもうこの状態だったため、なんの違和感も抱かないのだった。
「あ、でもたまにせんせーがくるよ!」
「先生…?」
セルマはアルベルトの方に身を乗り出しながら言う。
「そうそう。せがたかくて、こーんなへんな4つのめのマスクに、ながーいコートをきてるんだよ!おべんきょうをおしえてくれるんだー。」
体全体で表現してくれているが、アルベルトはさっぱり分からなかった。
「お前は…外に行きたいと思わないのか?」
「そと?」
セルマはこてんと首を傾げる。
「そとは"おとな"にならないとでちゃダメっておしえてもらった。だから、いまどれだけそとにいきたくてもがまんしなきゃいけないの。」
そう言って、足元にあるうみうしのぬいぐるみを両手で持ち、ぼすっと遠くに投げる。…お気に入りだと言ってなかったか?
「だから、もうちょっとがまんする。」
すぐにセルマは投げられたうみうしのぬいぐるみを回収してくる。そして、今度はぎゅーっと抱きしめた。幸せなのか顔がにやけている。
「…なら、俺が連れ出してやろう。」
病の本質は病を広める事であり、この狭い空間だけでは限られた人間にしか広めることができない。ならば、宿主を説得して外に出たいと考えるのは、当然の事であった。
律儀なアルベルトは話を聞いていたが、彼からセルマへの情などと言うものは欠片も無かった。
「で、でも、せんせーとやくそくしたから。やくそくやぶるのよくないし…。それにまだ"おとな"じゃないよ!」
「…秘密のお出かけだ。誰にも見つからないようにする。…外に、行きたいであろう?」
セルマはまだぐずっている。
アルベルトは最後の一押しをする事にした。
「外にはお前の知らないものが沢山ある。気になりはしないか?」
好奇心旺盛なセルマは…
「いく!」
落ちた。楽なものである。
セルマちゃんのターンです。
書くのがすごく楽しいんですよ、この2人。