プロローグ4
残酷な表現を含みます。
2人がマルティナの部屋に入った時には、全てが終わったあとだった。
赤ん坊の泣き声。ありえないほどの血が滴るベッド。ベッドの柵にもたれかかるマルティナは、自身も血で赤黒く汚れている。力ない手で毛布に包んだ我が子の頭を撫でている。素人目から見ても、死までの猶予はあまり残されていないという事が分かるだろう。
「奥様!?」
ニコラスは彼女の傍に駆け寄る。
「間に合わなかったか…」
ジルは自身の手首を握り締めた。爪が肌に食い込み、血が滴る。これだけは阻止しなければならなかった。…もう、遅い。
約束の子は危険な存在だ。病と人の間の子。殺すには多大なリスクが伴う。…が、生かしておいても彼らは、周りに病を広めていくだけ。必然的に、死ぬまで監禁されて終わるのがオチだ。しかも厄介なことに、彼らは物を食べなくても生きていける。なんの被害もなくやり過ごすには、歳を経て消滅するのを待つしかない。不気味なことに、彼らは死んでも死体は残らない。
「ごめんなさい、2人とも。…これはいけない事なのでしょう?」
マルティナの小さな唇から言葉が零れる。
「でも、一つだけ、私のわがままを…聞いてくれるかしら?」
2人は無言で先を促す。
「この子…セルマを、頼みたいの。美しい、世界を……見せてあげて………。」
ジルは、それは難しい…と言いかけてやめる。マルティナはもうすぐにでも死んでしまうだろう。それなら、少しでも安らかに死ねる方がいい。ジルは…苦い嘘をつく。
「わかった。」
ニコラスは、涙で顔をグチャグチャにしながら頷いた。自分がこの人にもうなにもしてあげれないのなら、今できる事をまっとうしよう。…彼女の意志を受け継ごう。
「…はい。必ずや。」
マルティナは淡く微笑み、息を引き取った。
ジルのコートの中から、家から持ってきた資料が落ちる。ジルに拾う気力はなかった。
開け放たれた窓から、涼しい風が吹いてくる。風は資料をパラパラとめくった。
セルマはいつの間にか泣き止んでいた。小さな身体で、過酷な運命を背負うセルマにマルティナの願いは通じるのか。
小さな赤子の中で、アルベルトは思う。
(人間というのは複雑でわけがわからん。だが、それが俺の興味を引き立てるのだろうな…さて、しばらく寝るとしようか。)
資料162ページ 6行目。
<病は条件が揃えば、稀に人格を持つようになる。やつらは親から子へと移り住んでいく。人格をもった病は厄介だ。厳重に警戒せよ。>
風はイタズラにページをめくる。
静かな夜が過ぎてゆく。
気づいていた方もいるでしょうが、まだ主人公ちゃんは出てきてなかったんですよね。
しかし、次話からはお待ちかね主人公ちゃんのターンです!乞うご期待ください。