プロローグ3
ジルは自室でランタンを机の上に置き、過去の資料を読んでいた。読み終わった資料や本は、乱雑に机の横に積み重ねられている。
真剣な表情をしていることは分かるが、帽子が作り出す影が顔半分を覆い、顔の作りはよく分からない。目にかかる麦色の前髪を、うっとおしそうに横に流す。
この部屋は、広いが半分以上を本棚が陣取っているため、見た目よりも狭く感じる。家具は簡素な机と椅子が1脚づつ。窓はあるが、一日中カーテンを開ける事はないため、本来の役割を果たせていない。
夜も半ば、何冊目かの資料に目を通す。
その記述を見つけたのと、ニコラスが息を切らせてジルの自室に入ってきたのはほぼ同時だった。
「これか…!」
「ジル様!!」
ジルは嫌な汗を流す。
「まさかな…」
帰ってからすぐにこの作業に取り掛かったため、服は着替えていない。目の前の資料と、椅子にかけておいたペストマスクをとり、ニコラスと共に家を出る。
「事情は行きながら聞く!急いでいるんだろう?」
「話が早くて助かります。ジル様こちらへ、馬車を呼んであります!」
ニコラスはよく出来た執事だ。時間のロスが最小限で済む。
急いで馬車に乗り込むと、ニコラスが御者に声をかける。
「急いで下さい、時間がありません!」
初老の御者は1つ頷き、馬車を走らせる。
焦る心を落ち着かせ、ニコラスに状況を聞く。
「ついさっきの事なのです。奥様がまた灯りを付けたまま寝ていらしたので、消しておかなくてはと思い部屋に入ったのです。」
ニコラスは真っ青な顔で、状況を伝えていく。
部屋に入ると、マルティナがゆっくりと目を開けて、虚ろな表情で震える手を天井に向かって伸ばしたこと。声をかけても全く反応がないこと。突然呻き声を上げ、気を失ったあと、謎の水音が絶え間なく響いていたこと。
それを見て、慌てて主治医であるジルの元へとかけていったのだと言う。
「…まずいな。」
最後の資料の内容と、マルティナから聞いた夢の内容を思い返す。共通する点がいくつも浮かび上がる。噂では聞いた事があるが、まさかこの目で見ることになるとは…
「何か悪い事でも…?」
ぽつりと呟いた言葉が、ニコラスの耳に入ったらしい。恐る恐るといった風に聞いてくる。
ニコラスは、マルティナに恩義があった。彼女に仕えてなお、まだ返せきれていない。彼女が病気にかかって周りが離れていく中、ニコラスだけはずっと傍にいた。彼女が、他人には見せない一面も知ってしまった。このまま死んでしまうのではないかと思うと、辛かった。
だからジルの次の一言に、頭を鈍器で叩かれたかのような、強い衝撃を受けた。
「…………約束の子が産まれる。」
ストックがあるので日に何度も更新したり(暇な時とかに)していますが、ストックが切れれば更新ペースは落ちますので悪しからず。